魔王様流される!

 その子どもの無垢な笑みにつられて、ワタシの表情もほころぶ。


「――――!」


 リニー少年の顔がますます赤くなる。

 そして、なぜか、エルドリア王太子の顔も赤い?


「ようやく、微笑んでくださいましたね」


 うっとりとした表情と声で、ワタシに語りかけるエルドリア王太子。


(…………?)


 なんだろう?

 背中がゾワゾワしてきた。


「足りないものがございましたら、リニーにお申し付けください。では、また」


 と言うと、エルドリア王太子はワタシの手の甲に「チュッ」と口付けを落とす。

 

 よく響く派手なリップ音に、ワタシは内心驚き慌てた。


 これがこの世界の常識か……と思ったのだが、側にいたリニー少年を盗み見ると、そうでもないようである。


 金髪碧眼の小姓は呼吸も忘れた状態で、硬直している。顔が真っ赤だ。くりくりっとした目を、めいいっぱい大きく見開き、ワタシと王太子を忙しく見比べていた。


 エルドリア王太子は上目遣いで、熱っぽい視線をワタシに注ぐ。


 こういう視線には記憶があるよ。

 魂がワタシに警告を発する。


 硬直しているワタシと小姓を残し、王太子は悠然と部屋を立ち去った。



 手の甲がなにやらムズムズするのが気になるが、強引なエルドリア王太子からようやく解放され、ワタシは胸をなでおろす。


 金髪碧眼の小姓がじっと、ワタシを見つめている。

 可愛い。

 ものすごく可愛い。

 異世界にはこんなに可愛い少年がいるのか! すごすぎる!


「…………」

「…………」


 部屋の中にはワタシと可愛い小姓しかいない。

 困った。どう接してよいのかわからないぞ。


「勇者様、お茶はいかがでしょうか?」

「いや。さきほど頂いたので、喉は渇いていないよ」

「そうですか……」


 しゅん、とうなだれる小姓のリニー少年。

 いや! そんな! お茶を断っただけで、この世の終わりみたいな顔をしないで!

 なんだか、すごくワタシが悪いことをしたような気分になってしまう。

 あんな傷ついた顔を見せられた後で、「勇者様って呼ぶな! ワタシは魔王だ! 魔王様とお呼び」……とは言えない。


「あの……できれば、疲れたので、少し休みたいのだけど?」


 勇者が魔王城近辺に現れたという緊急情報が入ってから、勇者が謁見の間にやってくるまでのこの三日間、その対応で寝ていなかったことを思い出す。


「わかりました。入浴の準備もできております。温かなお湯に浸かって、おくつろぎください!」


 キラキラした笑顔を向けられる。

 いや、もう、それだけで疲れがふっとびそうな癒しの笑顔だ。

 リニー少年すごすぎる。


 本当は連日の徹夜でヘトヘトだったので、ベッドでゴロンと横になりたかったんだけど、あんな笑顔をされたら、風呂に入るしかないだろう。


 ということで、ワタシは風呂に入ることにした。

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