勇者様のお世話係はミルクの香り

 ワタシはエルドリア王太子にエスコートされ…….。

 そう、王太子は手を握ったまま、もう片方の手をさりげなくワタシの腰に添えて、ワタシを客室へと案内する。

 とても自然でさりげないが、拒否することが許されない強引なエスコートだった。


 途中、色々な人とすれ違った。

 みな、ぎょっとしたような顔をするが、王太子の登場に道をあけ、頭を垂れる。


 エルドリア王太子が案内してくれた部屋は、要人用の客間のようで、とても豪奢で広く、キラキラしていて……正直、身の置き場に困るくらい、落ち着くことができない。


 心身ともに落ち着くどころか、よけいに疲れてしまいそうな部屋だった。


 家具類も装飾類も細々した小物も、花瓶に活けられた花すらも、豪華絢爛で、異世界からやってきたワタシでも、これらの品々が高価なものだとすぐにわかる。


 ワタシのいた世界とあまりかわらないように見えるが、料理の質とか、細工の精度とかは、召喚元の世界よりも、こちらの世界の方が上かもしれない。


 豪華だし、派手だし……装飾過多というか、ゴテゴテしい。

 すべてにおいて贅沢すぎる。


 勇者たちの世界のような、ロクジョーヒトマとか、ウサギゴヤとか、シンプルライフとか、ミニマリストとかにちょっぴり憧れていたワタシには、がっかりな部屋だった。


 こんな立派な部屋に通されて「魔王が誕生して困ってます」って言われても、実感がわかない。この部屋には悲壮感のカケラもなかった。


 そんな豪華な客室の中では、ひとりの小姓がワタシの到着を待ち構えていた。


 エルドリア王太子は、部屋の入り口付近で立ち止まると、ワタシを小姓に引き合わせる。


 貴族の子息の行儀見習いといったような風体の、金髪碧眼の可愛らしい小姓だ。

 立ち姿からして、行儀教育の行き届いた、品の良さが滲み出ている。


 それにしても……ここの世界はやたら美形が多い。


 ガチムチの騎士団長も、ワイルドな大人の男の魅力に溢れ、とことん甘えさせてくれそうな感じがある。


 油断ならない宰相も知的なハンサムおじさんだった。こっちはツンデレじゃないだろうか?


 きっと、あの大神官長のおじいちゃんも、若い頃は罪作りな美形だったに違いない。さぞかしモテただろう。

 シワだらけだが、優しい目元に上品そうな整った顔をしていた。


 ワタシの目の前にいる小姓も、まだミルクの匂いがしそうな子どもだが、美形の片鱗が見え隠れしている。

 もう少し成長したら、妖艶な美青年になりそうだ。


 この小姓……どこかで見たことがある顔である。

 誰かに似ているのだが、それが誰だったのか思い出せない。


「勇者様、今後は、この者が勇者様の身の回りのお世話をいたします」


 なんと、贅沢にも世話係をつけてくれるのか。それはとても助かる。


 ぱっと見た感じは、ワタシのいた世界とあまり違いはないようだが、やはり、異世界は異世界である。


 身の回りの世話というか、常識を教えてくれる存在はありがたいよ。


 できれば、容姿だけでなく、性格も可愛ければ申し分ないのだけどね……。


「は、はじめ、っして。ゆ、、勇者しゃま」


 噛みまくっている。

 ずいぶんと緊張しているようだ。


 小姓の顔が羞恥のため、一気に真っ赤になる。

 それこそ、ぼふっと音をたてて、顔から湯気がでてきそうだった。


「し、し、失礼しましたあっ」


 ペコリと頭を下げる。

 なんというか、あどけなくて微笑ましい。

 うん、一生懸命なのは、好感がもてるね。


「リニーと……お呼びください!」


 リニーと名乗った小姓は、もう一度、勢いよくお辞儀をする。


「よろしく。リニー」

「はい。不肖の身ではありますが、誠心誠意、この生命にかけて、お仕えいたします!」


 キラキラした目で見上げられる。

 眩しい……。


 ……っていうか、この世界のヒトたちホイホイと生命のやりとり、やりすぎじゃない?


 生命をかけるほどワタシの世話を頑張らなくてもいいと思うのだが、ここで下手に口走って「勇者様のお気に召さなければ、処分いたします」とかになっても困る。


「……期待しているよ」


 無難そうな答えをする。


「はいっ!」


 ぱあぁ……っ!


 ……という効果音が聞こえるくらいの、純真で眩しい笑顔をワタシに向けてくる。

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