理由が欲しい

 みんなの視線が痛い。


(そういう目で見てほしくて、こんな説明をしたわけじゃないんだけど……)


 居心地は悪い。

 でも、討伐されるには討伐される理由がなくては、魔王などやってられないだろう。


 大神官長のおじいちゃんは、ワタシが見てられないほどへこんでる。

 心労でぽっくり逝ってしまわないか、とても心配だ。


「ということは……我々は、その……三十六回目のその……儀式……の最中に、魔王様をこちらにお招きしてしまった……というわけでしょうか?」

「そういうことだ」


 さすが、頭の切れる宰相だ。『儀式』とは、なかなか粋な表現である。


 ちなみに、ワタシは『勇者を接待中』という表現を使った。


「それで……魔王様が……ご不在……になりますと、あちらの世界は……どうなるのでしょうか?」


 一同を代表して、宰相が質問する。


「……魔素の毒素化が進行して、世界は荒れるだろうな。魔素を大量消費できる者が不在で、そのままなにもしなければ、遅かれ早かれ滅びることになるだろう」


 働き者のミスッターナがなにか代替策をたてるかもしれないが、期待はあまりしていない。


 自分の世界を救うために、異世界から救世主を召喚したら、救世主の帰るべき世界を滅ぼしてしまいました……って、なんか、歴代の勇者たちの愛読書にありそうなタイトルだ。


「……というわけだから、理由もなくではなく、理由が不明確な状態では、ワタシは魔王討伐はやらない」


 ワタシははっきりと宣言する。

 理由もわからず、ただ、召喚者の言いなりになって、盲目的に行動するのは嫌だからね。


「では、魔王討伐理由が明確になれば、勇者様は、わたしたちを助けて頂けるのですね?」


 真剣な表情で、エルドリア王太子はワタシに迫ってくる。


「……状況次第によっては……だな」


 曇りのない純粋な視線に耐えかねて、ワタシは思わず目をそらした。

 また心臓がドキドキしてきた。

 この王太子……ちょっと苦手だ。


 ワタシのは詭弁。問題の先送りともいえる。


 なぜなら、「はい。喜んで」と、すぐさま魔王討伐に出立できるほど、ワタシの思考は単純でも素直でもない。

 世界は違えど、同族、いや、同業者殺しはできるだけ避けたい。


 なんっていたって、ワタシは三十五回も勇者に討伐されているんだ。


 正直、討伐されるときは、叫び声をあげるくらい痛い……。

 死ぬんじゃないかってくらい、痛いんだよ。


 召喚された勇者は、ワタシを殺すつもりで挑んでくるんだ。痛くて当然だ。


 でもまあ、この頃、ちょっと、その痛さが……いい感じに思えるようになってきて……慣れって怖いよね。

 同じスキルなはずなのに、勇者によって微妙に痛みが違うから、面白いというか。興味深いというか。


 ワタシには討伐される理由もあったし、復活可能なスキルを所持している。ワタシにしかできないことを、ワタシはやっているんだよ。


 それに、勇者に討伐されたら討伐されたで、相応の『見返り』があるからね。

 だからこそ、ワタシはその役目を甘んじて受けることができるんだよ。


 ……であるから、理由もはっきりわからないまま討伐されるのは、同じ魔王として納得できない。


 でも、魔王が悪逆非道の数々をやらかすどうしようもないクズであるならば、そのときは、お仕置きしてもいいかなと思う。

 それは今、この場で発言することではないけどね。


「王太子殿下。突然の召喚に勇者様もお疲れでしょう。混乱もされているようです。まずは、勇者様にはゆっくりとお休みになって頂いて、心身ともに落ち着いていただきましょう。詳しい話は後日……ということでいかがでしょうか?」


 宰相の発言は、確認という形をとっているようだが、これは決定事項だ。


 このどんよりとした空気のままでは、まとまる話もまとまらない、と宰相さんは判断したようだ。


 勇者召喚の責任者だと王太子は名乗ったが、それはあくまでもお飾りみたいだ。


 実際の権限、決定権は宰相にあるようである。宰相さんは、王太子のお目付け役といったところかな? 

 エルドリア王太子は、宰相の提案に素直に頷く。


「そうですね。コトを急ぎすぎたようです。勇者様のお部屋をご用意させていますので、まずはそちらでゆっくりとお休みください」


 ご案内いたします、と声をかけながら、エルドリア王太子が、なめらかな動作で立ち上がった。

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