勇者の役割。魔王の役目。

「ああ。ありすぎるくらいにあったぞ」

「差し支えがないようでしたら、後学のためにご教授頂けませんでしょうか?」


 宰相らしい誘導尋問に、ワタシは苦笑しながらも、ワタシのいた世界のルールをざくっと説明する。


 なにをするにしても、双方に情報が少なすぎる。

 話し合うというのは、大事なことだからね……。


「こちらの世界にもあるようだが、ワタシのいた世界にも、『魔素』というものがある」


 『魔素』とは、魔法を発動するための動力源のようなもので、世界を形成するちからそのものであった。

 万物に内在している。


 その『魔素』は、魔法を使うときに消費される。

 さらに、魔族が存在するための『ちから』であり、生きるための『糧』であった。


 あらゆる植物が実るためにも、様々な動物が世界に生きるためにも、魔素は必要なものとされている。


「魔素は、世界を形成するうえで、必要不可欠なものだ。ワタシのいた世界では、困ったことに、ヒトや魔族が日々消費する量よりも、魔素が発生する量の方が、圧倒的に多い。溜まっていく一方だ」

「そうなのですね……」


 宰相が顎に手をやり考え込む。


「消費されきれずに、残ってしまう魔素は、自然消滅することはない……ということですか?」

「そうだ。魔素は時間がたつと澱んで、世界へ害を為す毒素へと変わってしまう」

「魔素が毒素になるのか?」


 エルドリア王太子がワタシの説明に驚いている。

 ということは、こちらの世界は魔素の供給と需要のバランスが保たれているのか、消滅してしまうのか、毒素に変換されない魔素なのだろう。

 さすがは異世界だ。


「放置していたら、魔素はすぐに、毒素となって、世界を蝕む。だから、魔素を大量に消費できる存在が必要になってくる」

「その存在が……魔王様なのですか?」


 宰相さんの理解が速い。キレッキレな頭脳だ。


「そうだ。魔王が世界に顕現し、君臨することによって、魔素は大量に消費される」


 ワタシは魔素でできている、というか、魔素がヒトの形をとったものに魂が宿っている、とほぼ同義の存在だった。


「魔王の君臨が、ワタシのいる世界の魔素過多を防いでいるのだが、それも永久効果があるわけではないんだ」

「…………」

「ワタシが成熟し、魔素を完全に取り込んでしまうと、しばらくの間、ワタシは魔素を必要としなくなる。そうなると、世界はすぐに魔素オーバーになる。毒素が害悪となって、世界中に災厄をもたらすようになるんだ」


 そこまで話すと、ワタシはぬるくなった紅茶を口に含む。


「魔素をとりこめない魔王は、世界には不要だ。そこで、勇者に『成熟した魔王』を討伐してもらう必要がでてくるんだ」


 エルドリア王太子の表情から笑顔が消えた。強い眼差しがワタシに注がれる。


「神の加護を受けた勇者は、魔王の肉体を滅ぼし、魂だけの存在になるまで抹殺する力がある。魂の欠片となってしまった魔王は、復活するために、世界に溢れかえっている魔素を消費しはじめる……」

「魂の欠片……」


 わざと器となっていた肉体を勇者に破壊させ、新たにワタシの魂を宿した肉体を生成する。

 それをワタシは三十五回、飽きもせずに繰り返してきた。


「ワタシの世界は、そうすることによって、秩序を保ち続けている。勇者はそのために、魔王を討伐しなければならない」

「…………」


 応接室の空気が凍った。


(あ……。まずい。やってしまった……)

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