世界の敵となる人物は処分!
ワタシは黙ったまま、四人の様子を観察する。
ワイルドな騎士団長の顔は、厳しいまま。
大神官長のおじいちゃんは、ソワソワと落ち着きがない。
いかにもやり手な宰相は、今にもワタシを断罪しそうな勢いでこちらを睨んでいる。
宰相と目が合うと、にっこりと笑われた。表情は笑顔だが、目は笑っていない。
「勇者様は……お気に召しませんか?」
「いやそういうわけでは……」
異世界の見慣れない食べ物だ。
なんでもかんでも口にするような図太い神経を、ワタシは持ち合わせてはいない。
ワタシは枕が変わったら、眠れないくらい繊細なんだよ……。
それに、異世界の食べ物を口にしたら、元の世界に戻れなくなるという設定もあるので、ここは慎重に対応すべきシーンだと思う。
そもそも上位の魔族である魔王のワタシに食事は必要ない。
空気中に含まれている魔素を体内に取り入れることによって、生存のためのエネルギーはまかなえる。
この世界にも魔素はあるし、元の世界で、限界のぱっつんぱっつんまで魔素を取り込んでいたので、当分の間は、魔素を摂取しなくても生きていける。
食事を摂らないと飢えて死ぬニンゲンと
は、こういうところが違うのだ。
食べなくても大丈夫だが、仮に食べても不都合はない。
……ということをコイツラに説明してやる義理はワタシにない。
「……困りましたね」
宰相がわざとらしいため息をつく。なにか企んでいるのがまるわかりなため息だ。
「困りました。勇者様のお口に合わない菓子と茶を用意したシェフと侍従は、処分いたしましょう……」
「そうだな。そのようにしろ。そして、新たな菓子と茶の準備を……」
宰相の意見に、エルドリア王太子が大きくうなずく。
騎士団長と大神官長は無反応。
(な、なんだって――!)
ワタシはソファの上で、飛び上がるほど驚いていた。
ふたりとも目がマジだ。
「ちょ、ちょ、ちょっと、宰相さん!」
「はい? 勇者様? いかがいたしましたか?」
宰相の反応が白々しい。
が、そんなことを気にしている場合ではない。
「い、今、しょ、処分とか? なんとか言って……たよね?」
「はい」
ゆっくりとにこやかにうなずく宰相さん。でも、目が全くにこやかじゃないから怖い。
それだけでも怖いのに、さらに真顔で、ワタシの方をじっと見つめてくる。
お願い。怖いからそんなに睨まないで。
「勇者様の機嫌をそこなうことは、すなわち、世界の危機。勇者様のお口に合わないモノを用意したシェフと侍従は、我ら、いえ、世界の敵となる人物です。処分いたすのが最適かと……」
「ちょっと! 待ちないさい! そのわけのわからない論法! 処分は待って! そんな、短絡的な思考はダメぇ!」
慌ててワタシは菓子を口の中に入れ、紅茶を飲み込む。
勢いに任せて飲んだ紅茶はちょっと熱くて舌を火傷したが、我慢する。
熱い紅茶を用意した侍従は処分! となっても困る!
ワタシのせいで、シェフと侍従が処分されるなんて……寝覚めが悪い。あまりにも悪すぎる!
処分にも色々な意味がある。
クビ……解雇なのか、本当に、首が胴から離れるのか……どちらかはわからないけど、どちらであっても、恨んで化けて出てこられたら困る!
菓子はほろりと口のなかで溶け、甘く広がる。どうやら、色によって味が違うようだ。
甘かったり、甘酸っぱかったり、果物の味がしたりと……なかなかに面白い。
紅茶はすっきりとした味わいで、とても香り高いものだった。洗練された味がする。
どちらも素晴らしい。
はい。素晴らしく優秀なシェフと侍従です!
「さすがは勇者様です。慈悲のお心をお持ちですね」
美形な宰相がニヤリと笑う。
(おのれ……)
魔王のワタシよりも、ずっと悪者っぽい笑みだ。
コイツはチョロいと思われたに違いない。
それにしても、慈悲もなにも……。
ワタシが持っているのは常識だ!
宰相に慈悲がないだけだ!
菓子や紅茶を口にしなかったからって、簡単にヒトを処分したらダメだろう。
それにあっさりと同意してしまう王太子も王太子だ!
異世界、怖すぎるよ!
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