理想的な距離感を考える
まずはゆっくり話をしよう……ということで、応接室らしき場所にワタシは案内された。
いや、エルドリア王太子に連行された。
召喚したのが勇者じゃなかったかもしれない疑惑があるなか、いきなり牢屋送りとかにならずにほっとした。
若い侍従が紅茶と、なにやら不思議な形と色をした一口サイズの菓子っぽいものを用意して、部屋から退出する。
豪華な応接室らしき部屋の中央には、お茶の用意がされた卓を挟んで、三人がけのソファが、向かい合わせに置かれていた。
元の世界でいうところの上座には、ワタシと王太子が座る。
三人がけのソファにふたりしか座っていないのだから、普通はひとり分の余裕があるはず。
なのに、ワタシたちは、互いの身体がぴったりとくっついた状態で座っている。
なぜだろう……?
なんだか、距離が近い。
不思議なくらいにとっても近い。
太腿と太腿が隙間なく、ぴたっとくっついている……。
しかも、エルドリア王太子は、相変わらず、ワタシの手をしっかりと握ったままだ。
あまりにも王太子と密接しているので、離れようとすると、逆に腕をぐいと引っ張られて、さらに引き寄せられてしまった。
負けるもんかと、王太子の腕を振り払おうとするが、がっちりと指まで絡められて振りほどけない。
魔王であるワタシを拘束しようなど、怖れを知らぬ王太子だ。
このぴったり密着状態が異世界の常識なのかと思ったが、向かい側に座った大神官長のおじいちゃんと、この王国の宰相と、騎士団長の三人には、ほどよい隙間ができている。
理想的な距離感だ。
こっちは、二人しか座っていないのに、狭苦しい思いをしなければならないのは、なぜだろう?
誰か説明してほしいかな。
「まずはお茶をいただこう……」
王太子の言葉が終わると、真っ先に騎士団長が手を伸ばし、皿の上に盛られた菓子をつまむ。穴が開くのでは? と思うくらいパステルな菓子を観察した後に、ようやく食べ始める。
口のなかのものがきれいになくなると、騎士団長は黙って紅茶に口をつける。
がっしりとした体躯の、いかめしい顔つきのおじさんが、パステルカラーの可愛いお菓子をもぐもぐと食べているのは、なんとも妙な光景だ。
眼光鋭い顔なのだが、威圧感はない。
野性味のある、魅力的な男性だ。ワイルド系の懐が深い、包容力がありそうな人だった。
しばらくの間をおいて、今度は大神官長のおじいちゃんが、同じように、菓子を食べてから紅茶を飲む。
みるからにご高齢なので、菓子を喉に詰まらせないか、ちょっと心配だ。
ワタシがドキドキしながら、菓子を食べるおじいちゃんを見守っていると、今度は、三人の中では、一番若そうな宰相が、菓子を手に取った。
このヒト、鋭利なナイフのような美貌の人物である。
ある意味、騎士団長よりも危険で、殺傷力が高そうだ。
冷徹という表現がぴったりな美形。
とても仕事ができそうで、かつ、人使いが荒そうな男だ。
ぼーっとしてたらとことん利用され、追い詰められ、身ぐるみはがされそうで怖い。敵に回したくないタイプだ。
三人が菓子と紅茶に手をつけたことを確認してから、最後に王太子が右手で菓子を取り、上品な仕草でぱくりと食べると、右手で紅茶のカップを手にする。
左手は……やっぱり、ワタシの手を握ったままだ。
身分が低い者から順番に、時間差で菓子と紅茶に手をつけるのは、こちらの世界のマナーのようだ。
いわゆる、毒味……。
王太子にか、ワタシにかはわからないが、目の前のものは、口にしても大丈夫ですよと命を張ってアピールしているのだ。
異世界のティータイム怖いよ……。
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