運命の出会い?

 目の前の若者は、魔王のワタシと並んでも遜色ない出で立ちだった。

 王族か、それに近しい身分だろう。 


 この金髪の若者が、この部屋の中では、一番偉い存在のようだった。


 若者はワタシの眼前まで近づくと、いきなり跪いた。

 美しい両手で、ワタシの右手を恭しくすくいあげる。

 その瞬間、ワタシの全身に、説明し難い衝撃が走った。


 深い翠色の瞳が、食い入るように、ワタシを見つめてくる。


 視線を逸らすことができない。

 心臓がドッキン、ドッキンと高鳴る。

 勇者と目があったときと同じくらいドキドキしてしまう。

 どうしよう。ワタシの心拍数が大変なことになっている。

 

 頭の中がぼ――っとして、若者に触れられている右手が妙に熱い。


 キラキラと眩しい青年は、ワタシを見つめながら、にっこりと極上の微笑みを浮かべた。


 その微笑みは、花が咲き誇るような、可憐で、艶やかなものだった。あまりの眩しさに直視できない。


 自分の魅力をわかった上でやっているというのなら、相当なワルに違いない。


「はじめまして。勇者様。我が名は、エルドリア・リュールシュタイン。リュールシュタイン王国の王太子です。病身の父王に代わり、お願い申し上げます。どうか、どうか……勇者様のお力をもって、この世界を魔王の手から救ってください」


 長いセリフを一気に言い切ると、リュールシュタイン王国の王太子は、ワタシの手にそっと口づけを落とす。


「ふっにぁ…………!」


 い、色々な驚きのため、なんか、変な、悲鳴のような……妙に上ずった声が、ワタシの口から漏れた。


 手の甲への口づけなど、今までに嫌というほど経験しているので慣れているはずだが……どういうことだろう。


 しかもなぜか、まだ、エルドリア王太子はワタシの手をぎゅっと握ったまま、離そうともしない。


 なにやら、期待の籠もった熱い目で、ワタシを見上げている。


 ドッキン! ドッキン! ドッキン!


 ちょっと鎮まれ! ワタシの心臓!


「い、い……いや。ワタシが魔王だけど?」


 乱れる呼吸を落ち着かせながら、なんとか、それだけは言う。


「違います。あなた様は、偉大なる神のお力をお借りして、我々が異世界より召喚した勇者様です」

「えっ? 異世界ですって!」


 ワタシのとろけた意識が一気に覚醒する。


「だ、だったら、ココは勇者がいた方の世界なの? ニホンなのね! もしかして、トーキョーだったりする? あ、アキバは近いの?」

「……? ニホン? トーキョー? そのような場所に心当たりはございません」

「…………え?」

「勇者様、ここはリュールシュタイン王国の王城にある儀式の間です」


 ワタシの過剰反応に若干とまどいながらも、エルドリア王太子は、美しい笑みを崩さない。

 で、なぜか、手も握ったままだ。


 ワタシが逃げ出すとでも思ったのか、さらに指を絡めるように強く握られてしまう。


「勇者様、落ち着いてください。よろしければ、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


 跪いたまま、手はワタシの手に絡めたまま、エルドリア王太子はワタシの名前を聞いてくる。


「いや、だから、ワタシは魔王だっていうの!」

「……ま、マオ・ウ様ですね。素晴らしいお名前ですね」


 再びにっこりと笑われるが、違う!

 わざとなのか?


「違う、ワタシは魔王だ! マ・オ・ウ!」

「マオ・ウゥゥ……様ですか?」


 エルドリア王太子は、こてり、と首を傾ける。

 ……わざとではなさそうだ。


 その仕草が、意外にもあどけなく目に映って、なんだか……胸のあたりがキュンとくる。


(な、なに? なんなの? この『キュン』っていうのは……)


 心臓がバクバクしすぎて破裂しそうだ。


 気づけは、ワタシの手はエルドリア王太子の胸に引き寄せられている。

 ワタシを引き寄せるだけでなく、自分の方からも、ぐいぐいワタシに近寄ってくる。


(な、なんなの? この王太子は!)


 ワタシは焦って身を引くが、後退したぶん、王太子がワタシのほうににじり寄ってくる。


(近い! 近いっ! これ以上、近寄らないで!)


 王太子のパーソナルスペースって、どうなってるのよ!


「違う! 何度言ったらわかるんだ! ワタシは勇者じゃなくて、勇者に倒される魔王だ!」


 じりじりと距離を寄せてくる王太子を懸命に押しのけながら、ワタシは叫ぶ。

 怖いよ!

 この王太子!


 まさか、異世界ということで、ワタシの言葉が通じていないのか?


「御冗談を。勇者様」


 あ、ちゃんと言葉が通じている。

 よかった……。

 いや、いや、安心するのはそこじゃな――い!

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