勇者が消えた……?
予告も予兆もなく、突然現れた謎の魔法陣。
魔法陣のあまりの眩しさに、勇者との『接客中』にもかかわらず、ワタシは不覚にも目を閉じてしまった。
それは一瞬。
……エロフな魔法使いが唱えていたのは、氷撃の最高位呪文だったはずで、光の柱が出現するものではない。
聖女が唱えた呪文でもなかった。
身体に痛みはない。
目くらましにしては派手すぎる呪文だ。
三十五人の勇者に倒された豊富な経歴をもつワタシでも知らない魔法だった。
勇者の攻撃を受け止めるために、ワタシは急いで目を開ける。
「…………?」
光は消えていた。
(消えている?)
ワタシの頭の中が、疑問符でいっぱいになった。
消えたのは光だけではない。
(勇者が消えた……?)
視覚的な意味だけではない。
勇者の存在自体、感じることができなくなっていた。
呆然と、ワタシはその場に立ち尽くす。
(ええ? ワタシの勇者が消えただと!)
そのかわりとでもいうように、騎士や貴族、魔術師……いや、神官っぽい服装をした老若男女が、ワタシの目の前にわらわらといた。
(な、なんだ……これは? いや……なんだここは? ワタシの謁見の間はどこにいったの!)
目に映ったものが情報として次々と流れ込んでくると同時に、疑問と違和感が、ワタシの中をいっぱいにしていく。
(ワタシの勇者はどこにいった!)
慌てて周囲を見渡すが……やっぱりいない。
そういえば、勇者のオプションたちもいない。
おあずけをくらった不満……というより、半身をもぎ取られたような不安が、じわじわとワタシの心の中を侵食していく。
(トラブル発生? ワタシは幻術でも見せられているのか?)
ここは先ほどまでいた……謁見の間ではなかった。
狭い……石造りの小部屋に、大勢の人間がぎゅうぎゅうに押し込められている。
ワタシの足元には、使用済みとなった手描きの魔法陣があった。
わずかではあったが、そこから魔力の残滓を感じることができる。
コレにワタシの魔力を流して再稼働したらどうなるのか……。
魔王城の謁見の間に戻る……確率はかなり低い。という結論に達した。
魔法陣を読み解くと、矛盾した不完全な部分がある。
通常なら発動しない魔法陣が、なんらかの事象が偶発的にかさなって発動成功したみたいだ。
むしろ、この不完全な魔法陣だけを発動させると、事態はさらに悪化しそうだ。
なにが起こるのか全く予測できない。
恐ろしいので、そういう危険行為はやめておこう。
ワタシは慎重派な魔王なので、そのような冒険はしたくない。冒険は冒険者の領分だ。
とりあえず、魔法陣の形状だけは覚えた。
小さな部屋の中は、押し殺したざわめきと、興奮に満ちていた。「成功した」とかいう言葉があちこちで囁かれている。
全員の食い入るような視線が、ワタシに向いている。
(うわあ……っ)
大勢のニンゲンに見られたことがないワタシは、それだけで狼狽えてしまった。
見世物になってしまったようで、いたたまれない。
(幻術にしては、妙にリアル……すぎる。空気感とか、気配とか……)
嫌な予感がする。
こういうときのワタシの予感は必ず当たるのだ。
固まった状態のまま、キョロキョロと視線だけを動かしているワタシの前に、いきなりひとりの若者が進み出た。
たったそれだけのことで、ざわついていた室内が静寂に包まれる。
部屋にいる全員が、青年の行動を息を殺して見守っていた。
キラキラと輝く眩しい金髪。深く、吸い込まれそうな翠の瞳。整った鼻梁。背は高く、均整のとれた体つきをしている。
武芸を嗜んでいるのか、引き締まった体躯は、鋼のようにしなやかで、程よい厚みがある。無駄な肉は一切ついていない。
翠の瞳には知性のきらめきが宿っており、何気ないひとつ、ひとつの所作には品があった。
青年は青いマントを羽織り、腰のベルトには宝玉が散りばめられた細身の剣を吊り下げている。
纏っている衣装は、白と金を基調とした綺羅びやかなもので、ひと目で高価なものだとわかる。それを引き立てる豪奢な飾緒や宝玉がとても美しい。
容姿も装いもすごく豪華で眩しいが、それだけではない。滲み出ているオーラが圧倒的に違う。
勇者と同等、いや、それ以上の存在感があった。
ワタシも思わずその美しさに心を奪われ、魅入ってしまったほどである。
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