世界を救ってくださる勇者様

「こんなときに、冗談なんか言ってられるか! ワタシは魔王だ! ワタシの勇者はどこだ!」


 まだ接待の途中……いや、接待は始まったばかりなのだ。


 勇者放置なんて、ありえない。


「なにをおっしゃっているのですか? マオ様が勇者です。マオ様は魔王などではありません。女神の加護を受け、世界を救ってくださる勇者様がマオ様です」


「神って、ミスッターナか?」


 ワタシは、悲鳴に近い叫び声をあげていた。


 舌をだして、「テへっ」とかなんとか言いながら、コツンと拳骨を額に当てている少年神が脳裏に浮かんだ。


(あの……ポンコツ神がっ!)


 心のなかで吠えまくる。


(これが、ミスッターナのいう『刺激』なのか! 『アバンチュール』なのか!)


 刺激が欲しいと言ったのはワタシだ。


 だが、ここまで捻くれた展開にしてくれ、とは頼んでいない。

 異世界――己の管轄外――にワタシを飛ばしてどうするつもりだ!

 なんか、仕事が雑すぎ!

 それとも、勇者世界である、サセンとかいうやつか!


(ワタシが対処しきれないようなことをやらかしてくれて、どうするのよ!)


 ワタシが欲しいのは、あくまでも『刺激』だ。

 トラブルを増やせとは、ひとことも言ってない。


「ミ、ミス……ター……ナ様? という神様は存じ上げません。我が国を導き給う神は、至高神アナスペア様です」


(アナスペア? 誰ソレ……? そんな名前の神様、ワタシは知らないよ……)


「マオ様は突然の勇者召喚に戸惑われていらっしゃるご様子ですね」

「そ、そ。そのようですなぁ……」


 エルドリア王太子が後ろを向き、長いひげを生やした神官風のおじいちゃんに語りかける。


(オイコラ! ワタシの話を聞け!)


 っていうか、ワタシの呼び名は、マオ様確定なのか!


 それに、いつまでこの王太子はワタシの手を握っているつもりなんだ!


 ご高齢な神官のおじいちゃんの手には、杖代わりの錫杖なのか、錫杖代わりの杖なのか……が握られている。


 手が震えているようで、錫杖の先端の飾りがふるふると小刻みに揺れている。


 チョロイン聖女が手にしていた杖とよく似ているが、注意してみると微妙に違うデザインの杖だ。


 おじいちゃんはシワシワのヨボヨボで、生きているのが奇跡のようだった。


 勇者召喚よりも、このおじいちゃんがこうして生きていることの方が、奇跡ではなかろうか。


 この部屋の中に老人は他にもいたが、このおじいちゃんが最高齢だろう。


 ちょっと突いたら、ぽっくりと逝ってしまいそうである。


 取り扱い注意だ。


 きっと、このおじいちゃん神官が、主軸となって、この魔法陣を発動させたのだろう。

 おじいちゃんの気配と、魔法陣に残っている魔力の気配が一致する。


 魔法陣を発動させるために寿命を削り、かなりの無理をしたに違いない。


 なのに、やって来たのは勇者じゃなくて、勇者に倒される宿命の魔王とは……魔王のワタシでも同情してしまう。


 このおじいちゃんは、というか、王太子以外の人々は、勇者召喚が失敗したのでは? と思い始めているようだった。


 ワタシを見る沢山の目が、期待のこもったキラキラしたものから、不審人物を眺めるような冷ややかなものにかわりつつある。


 不穏な空気が漂うなか、王太子はゆっくりと立ち上がった。


 目がくらむほどの、眩しいまでの微笑みをワタシに向ける。


「いつまでもここで話し込んでいてもしかたがありません。マオ様、どうぞこちらへ」


 王太子が動き出す。


 と、人垣がざっと左右に別れ、部屋の出入り口までの道ができあがる。


「…………」

「さ、マオ様、こちらですよ」


 王太子に握られた手を引っ張られる形で、ワタシはなすがなされるままに、ずるずるとひきずられていく。


 柔らかな笑みと言葉に反して、なかなか強引な王太子様だ。


 かくして、ワタシは、異世界から召喚された勇者との対決途中で、異世界に召喚され、異世界の王太子に捕獲されて拉致されることとなったのである。

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