怖くない。怖くない。怖くない……

 ワタシは魔王。


 ラスボスだ。


 今、ここで、がんばらないと、ラスボスとしての存在意味がない!


 心臓に悪い『勇者の睨みつける』攻撃は『無視する』で懸命に防御する。


「俺は……俺は……世界の平和……を……取り戻す!」


 勇者の定番の科白だ。


 (いい。すごくいい……)


 何度聞いても聞き飽きない。


 ……ワタシも、一度くらいは、そっち側の決め台詞を言ってみたい。


 いつ聞いても、ワタシの心をドキドキさせてくれる。背中がゾクゾクして、身体の芯が熱くなってとろけそうになる。


 三十六回体験しても、この瞬間は飽きない。至福の瞬間だ。

 勇者のセリフを聞くために、ワタシは生きているといってもいいかもしれない。


 ワタシはこれからどんなふうに勇者に討伐されるのか……アレコレ考えただけでもゾクゾク、ワクワクしてくる。


 部下たちをためらうことなく、サクサク殺しまくった勇者だ。ラストのワタシは、今までにない、残虐非道な方法で討伐されるのだろう。


(これが刺激……)


 もうすこしヒネリが欲しいところだったが、あの神様にそこまで求めるのは、やっぱり無理難題だったんだろう。


 興奮のあまり頬が紅潮し、ワタシの赤い目がさらに赤く染まるのが感じられた。

 これからのことを想像して、恍惚とした笑みが漏れる。


 ワタシの魔王めいた残虐な笑みに驚いたのか、勇者が身体を震わせながら、二、三歩後退する。


(いけない、いけない)


 ワタシが威圧的に振る舞って、萎縮させては勇者が気の毒。もてなす側としては、失格行為だ。


 魔王として、勇者をしっかりもてなし、誠心誠意対応しよう。


 勇者の鋭い視線には驚いたけど、基本は可愛い顔なので、慣れてしまえば大丈夫だ。

 怖くない。怖くない。怖くない……。

 うん、ちっとも怖くない……と思い込むようにしよう。信じる心は大いなる力になるからね。


 怖いけど、頑張っている子には好感が持てる。応援したくなるし、ネチネチと虐めたくもなる。


 ワタシは頑張っている子には、とことん弱いのだ。


 この健気な勇者のためにも、魔王としての役割をきっちり、ぬかりなく、つつがなく、務めさせてもらおうではないか……。





 聖女らしき聖職者が、手にしていた錫杖『聖女の杖』を天に掲げ、高らかに宣言する。


「レイナ様に聖なる善神ミスッターナ様の加護を!」


(あ、三十六番目の勇者の名前はレイナというのか……)


 薄暗い謁見の間が、ぺかーっとした光にあふれかえる。


(レイナ……? あれ? う――ん。聞いたことがある響きだな。過去の勇者と名前が被ってるのかな?)


 今回は勇者の名前を調べるヒマすらなかったんだな……と、神々しい光を眺めながら、ワタシはぼんやりとそんなことを考えていた。


 あの光は神様の加護で、それをまとうことができるのは勇者だけだ。

 その光の力を借りて、勇者は魔王であるワタシを討伐することができるのだ。


 それにしても、聖女というのは、聖職者だよね? 神様に仕える聖なる乙女だったよね?


 聖職者というわりには、キラキラしたビミョーに露出している……光の加減で肌が透けて見えてしまいそうな薄――い衣をまとった、チョロインが、手にしていた『聖女の杖』をさらに高く掲げている。

 聖女の杖は持ち回りらしく、毎回、同じものである。


 ちょ、ちょ……そんなに思いっきりバンザイしたら、色々なところが見えちゃったりするんだけど、大丈夫なの?

 光の効果でスケスケだよ?

 それに、見て欲しい勇者は、全く聖女の方を見ていないけどそれでいいの?


 エロフな魔法使いの……これまたチョロインが、最終魔法を唱え始める。衣装は魔法使いなのに、なぜか、肌色部分が無意味に多い。

 長めのスカートには、ばっちりスリットがはいっていて、絶妙なぐあいでスラリとした生足がのぞいている。


 ああ、そんなに足を踏み出したら、ダメ! ばっちり見えちゃっていますよ!

 オトナな雰囲気に反して、下着はカワイイデザインが好きなのね。


 魔法使いが唱えているその呪文は、残念ながらワタシには全く効果がない。

 しかし、困ったことに威力だけは無駄にある!


 それが炸裂したら城の修繕が大変になるから、できれば辞めてほしいんだけどなぁ……。


 グラマラスな弓使いが、魔力を帯びた矢がを次々と放つ。

 これがまた飛んでいる虫のように鬱陶しい。

 弓使いもチョロインみたいだ。こっちはハーフエルフ。

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