勇者オーラ

 聖なる善神ミスッターナによって召喚された三十六番目の勇者は、近年の勇者にしては、珍しくやる気のある子だった。


 立ちはだかるワタシの優秀な部下たちを、サクサクと躊躇なく倒し、他の誘惑や突発イベントには脇目も振らず、最短ルートでココにやってきたんだ。


 へーセー勇者に実装されている、初期からチート無双設定を有効活用したんだろうが、到着があまりにも早すぎる。

 それこそ、魔王と対峙した恐怖も、苦難の道程の情緒もあったものじゃない。


 恐るべし、チートだ。


 異世界を堪能せずに一直線でここまで来たということは、さっさとワタシを討伐して、とっとと元の世界に戻りたいんだろう。


 早く元の世界に戻りたがっている勇者は、直立不動のまま、ワタシをじっと見つめている。


(いや! 怖い! そんなに見つめないで!)


 ……大きくてかわいい目をしているのに、目線がキツくて、正直、怖い。

 可愛い子が怒ったら、ものすごく怖い。といういい例だ。

 全身から冷や汗が流れ出る。


(なんで、そんなに、睨まれなくちゃいけないのよ! ワタシそんなに悪いことしてないのに!)


 目ヂカラだけで、弱い魔族なら昇天してしまいそうだ。威圧がハンパない。


 さすがに、ワタシはそれくらいでは死なないが、いくらワタシが魔王だからって、そんなに食い入るように見なくてもいいだろう、と思ってしまう。


 なにやらブツブツと呟いている。呪いの呪文だろうか?

 ちょっと、怖すぎる。


 ワタシがなにか……勇者個人から恨みを買うようなことでもしたのだろうか?


 いや、それはない。

 絶対にない。

 そういう接点をつくる暇もなく、三十六番目の勇者は一直線でここにやってきたのだ。

 脇目もふらずに、立ちはだかるワタシの部下を、無慈悲にもサクサクと切り捨て、最速でやってきた勇者だ。


 どっちかっていうと、部下を失ったワタシの方が、勇者を恨みたいくらいだ。


 し・か・し!


 この勇者は、初見でいきなり、めっちゃものすごい眼力でガンを飛ばしてくる。


 今までにはないパターンだ。


(こ、この展開が、刺激なの……?)


 いやいや、これは、刺激じゃなくて殺気だ。


(勇者……怒ってる? 怒ってる……よね? めちゃくちゃ怒ってる……ように見えるけど?)


 視線だけではなく、ついには、闘気までが溢れ出てきた。

 いわゆる、勇者オーラだが、それもまた、見事なまでの怒り一色だ。


(やだ。怖い。この勇者、めちゃくちゃ怖い……)


 ずっと睨みつけられることに耐えられなくなったワタシは、勇者からそっと視線を反らす。


 ワタシのその反応が気に入らなかったのか、勇者の闘気がさらに威力を増した。そこに威圧も加わる。


(ひ、ひえええええ……っっっ)


 魔王のセリフが陳腐すぎて気に入らなかったのだろうか?

 勇者召喚が納得できなかったのだろうか?

 あの、ノーテンキなミスッターナが、勇者の逆鱗にふれ、機嫌を損ねたのだろうか?


 目が合わないように注意しながらも、ワタシは眼下にいる勇者をチラチラと観察する。


 ふと、勇者の黒ずくめの装備に目が止まった。


 剣は立派なものだったが、ゴテゴテしい勇者の装備ではない。

 控えめな肩当てに、胸当て、籠手と、勇者にしては軽装備だ。しかも、意匠も簡素で、装飾らしいものは全くない。


(もしかして、しょ、初期装備でここまで来ちゃったの! この勇者、どれだけ強いの!)


 シンプルな勇者の装備を見ていると、自分の魔王の衣装が、派手すぎるように思えてきた。


 (なるほど……。原因はこれね!)


 勇者はワタシの派手すぎる衣装が気に入らなかったというわけだ。

 オオミソカに勇者の国の民が視聴するというステージ衣裳を参考にデザインしたのだが、もう少しコーディネート……勇者の嗜好に気を配るべきだった。


 といっても、勇者の情報を集めるために放った暗部の連中は、ことごとく勇者に殺られ、帰ってきた者は、残念ながら誰ひとりいなかった……。

 勇者のリサーチを完了する前に、勇者がココまでやってきたからね……。

 勇者の嗜好なんてわかるはずがない……。


(もう、これは、事故よ! 残念な事故よ! 不幸な事故として処理! そうするべき!)


 最初の掴みの部分では滑ってしまったけど、ここは三十五回の経験者がしっかりとリードして、仕切り直すしかない。

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