勇者の旅の仲間はチョロイン
立ち止まった勇者の背後に、冒険者風の格好をした女性たちが、わらわらと駆け寄ってくる。
「もうっ! 勇者ってば、歩くの早いよおっ」
「ちょ、ちょっと、もうちょっと、警戒しないと……」
「勇者。これ以上、魔王に近づいてはだめヨ!」
勇者の旅の仲間――チョロイン――たちが口々に警告を発する。
彼女たちの警告はスルー。聞く耳持たずといったかんじだ。表情が全く変わらない。
可愛らしい見た目に反して、三十六番目の勇者はマイペースというか、俺様的な性格のようである。
いや、なんか、いま「チッ」とかいう、勇者の舌打ちが聞こえたような気がしたんですが……?
チョロインも勇者の行動に慌てているが、それ以上に、ワタシは勇者の行動の早さに慌てふためいていた。
普通はジリジリとした緊迫感というものがあって、だんだんと盛り上がっていく場面が、今回は、淡々とコトがすすんでいる。いや、すすみすぎている!
正直なところ……想像していた以上に早い勇者の到着に、ワタシはとても焦っていた。
あまりの急展開に、心の準備がまだできていなかったりする。
だって、これから目の前の勇者に討伐されるわけだし……。
枕が変わっただけで眠れない繊細な神経の持ち主であるワタシは、扉が開いた瞬間から動揺しまくりなのだ。
(ポーカーフェイスよ! ポーカーフェイス! ワタシは女優!)
遠方からはるばる召喚された勇者に粗相があってはならない。
召喚された勇者の最後の試練。
『魔王との最終決戦』
魔族の総力をもってして、華々しく演出する必要がある。
(なんていったって、ここが、ストーリーで一番盛り上がるところだからね!)
魔王の正装、いや、盛装にも長時間耐えうるだけの気力と根性もみなぎっているから大丈夫。
(今回も、完璧に勇者に討伐される魔王を演じてみせるわよ! ワタシは女優よ!)
目に力をこめて、勇者をにらみつける。
「オマエが魔王なのか?」
「そうだ!」
「本当に魔王なのか?」
「そうだ。我が魔王だ! この世界を支配する唯一、絶対の存在だ!」
「本当に魔王?」
(しつこい!)
なんだか妙に疑り深い勇者だ。
しかも、言葉に鋭い棘がある。
ワタシが影武者だと思っているようだ。
昔、何回か「残念でした。さっき倒したのは、影武者でした」とか、「ホホホホホ。真の敵はわたしだ! 驚いたか!」という展開をやったことがある。
結局、討伐に時間がかかるだけなので、めんどくさくなってやめた。王座の後ろにコッソリ隠れているのも地味に辛かった。
勇者に「あ――やっぱり、そうだったのか。裏ボスがいたか。まだ戦いがつづくのかよ……」っていう表情をされては、どうしてもヘコんでしまう。
なによりも魔王役をやらされた部下たちが気の毒すぎた。
まあ、今回はそんなサプライズを用意するヒマもなく、勇者はフライング登場だ。
可愛い勇者の眉が、不快げに歪む。
「なんで、オマエが魔王なんかやってるんだよ!」
勇者が怒っている。
(あ……コレは……アレだな……)
勇者がイメージしていた魔王と、ワタシの容姿に齟齬があり、とまどっているんだ。と、ワタシはひとりで納得する。
もしかして、魔王は男じゃないとだめ、とかいう古風な嗜好の持ち主なのだろうか?
ワタシは自慢じゃないが、民からも、部下からも愛される、カッコいい人型タイプの魔王様だった。
ごっつい角や、ちょろっとした尻尾などはついていない。コウモリのような翼もなければ、殺人的なゴッツイ爪もない。硬い鱗もない。
見えない部分や、秘めたる力、備わっているスキルなどは、人間とはあきらかにデキが違うけど、外見はたいして人間とかわらない。
というか、見た目だけでいえば、ほぼ人間といってもいい。
よく人間と間違えられるくらいだから。
エルフほどじゃないけど、ちょっと耳が人間と比べてとがってる? とか、獣人ほどじゃないけど、犬歯がちょっと鋭そう? とか、虹彩とか瞳孔がなんかヒトと違う? ……という程度。
庶民の服に着替えて、人間の街をウロウロしても、魔王どころか魔族だと全くバレない、外面は人間っぽい形状の庶民派魔王だ。
最初に宣言しておくけど、最終形態とか、ダメージが一定レベルに達したらドラゴンにヘンゲするとかいうびっくり設定もないから。
ほんとうに見た目が美しいというだけの庶民派魔王だから。
道中で勇者たちの障害として立ちはだかった部下たちの方が、何十倍も魔王らしい容姿と形状をしているとも……いえなくもない。
(三十六番目の勇者は、凶悪なゴッツイ魔王との対決を夢見ていたのね――)
三十六番目の勇者には、悪いことをしてしまったかも。
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