三十六番目の勇者

「オマエが魔王か?」


 勇者が叫ぶ。

 叫びたいから叫んでいるのではなく、謁見の間が広すぎて、普通の音量では相手に届かないから、ワタシも勇者も叫ぶ。


「そうだ! 我が魔族の長であり、この世界に君臨する魔王だ!」


 できるだけ偉そうにふんぞり返って、高らかに笑って、勇者が玉座に近づくのを待つ。

 大声での会話も疲れるから、遠慮なんかせずにもっと近くに来て欲しい。


(ふふふ。三十六番目の勇者よ! 恐れなさい! 慄きなさい! もう、戦いは始まっているのよ!)


 勇者は聖剣を抜いているが、まだ構えてはいない。こちらを警戒しながらも、勇者は足早にワタシの方へと近づいてくる。


 足早?……うん、けっこうな早歩きだよね。


(え? え? え? ちょ、ちょっと待って! いや! どういうこと? この勇者、めっちゃ、歩くの速くない?)


 ワタシめがけて一直線だ。

 もう少し、ゆっくり歩いて、魔王城の謁見の間を堪能してください……。

 魔王城だよ?

 ただの王城じゃないんだよ?

 魔王が棲んでいるお城ですよ?


 ぐいぐいと躊躇なく近づいてくる勇者に、ワタシは少しだけ戸惑いを覚える。


(三十六番目の勇者、あまりにも無防備すぎる! もっと周囲を警戒しないとダメッ!)


 罠とか、待ち伏せの兵士がいた場合、どうするつもり? と心配するが、そんな危険なものはもともとない。

 ぶっちゃけ、勇者の到着が想定以上に早すぎて、謁見の間に妨害工作をする時間がなかったのだ。


 ワタシの最終決戦用のドレスなど、数時間前に仕上がったばかりで、試着もせずにぶっつけ本番になってしまった。


 髪は結い上げる時間がなかったので、軽くブラッシングしただけだ。

 連日の徹夜で荒れた肌と目の下のクマは回復魔法とメイドのすご腕化粧で誤魔化している。

 ワタシの身だしなみを整えるだけで精一杯だった。


 なので、勇者は伏兵にも罠にも遭遇することなく、簡単にお互いの顔がわかる場所にまで近づくことができた。


 ワタシの目の前に現れた今回の『勇者様御一行』は、そこそこ若い。


 過去にはソツギョーモクゼンとかいうショーガクセーのチビな勇者様もいたので、最年少の勇者ではないが、それにしても若い。

 幼い顔をしている。

 童顔……じゃないかな?


 ここ数回、リーマンだのオッサン勇者だのと、肩こり腰痛、頭髪の薄さに悩む、無精ひげがはえた渋めな勇者がつづいていた。勇者平均年齢が上がっていたので、それなりには目新しい。


 今回の勇者はカワイイ男の子。

 髪の色は黒。目の色は黒に近い茶色だった。

 異世界の勇者によくある、ザ・勇者カラーだ。


 大きな目は、愛くるしい小動物の目のようにくりくりっとしていて、キラキラと輝いている。まつ毛はフサフサしており、とっても長い。二重が可愛い男の子。


 手足はスラリと長く、姿勢もよい。背は、ワタシよりも少し高いくらい?

 魔王を前にしても、怯えた様子もなく堂々としている。

 色白で、髪の毛はふんわりとウェーブがかかっている。小さな鼻に、小さな可愛らしい唇。全体的には平たい顔。


 うん。これは、間違いなく、勤勉で真面目なニホンジンだ。


 過去のデータから判断するに、三十六番目の勇者は、コウコウセーあたりだろう。

 いや、ニホンジン勇者は、童顔という設定が多いから、案外、ダイガクセーとか、ニートとかいう奴かもしれない。


 そうこうしているうちに、勇者の顔がはっきりと見える距離にまで近づく。


(優しそうな顔をしているのになあ……。なのに、あんなことをするなんて)


 こっそりと溜息をつく。


 なんと、ワタシの部下たちは三十六番目の勇者に見事なまでに、それこそ、復活できないくらい、完膚なきまでに抹殺駆逐されてしまっていたのだ。

 久々に、ワタシの部下の死亡率がやばいくらいに高い。ガチでやばい。


 部下たちには、


「無理せず軽く勇者の相手をして、適当なところで死んだフリしてやりすごせ」


 と厳命していたんだけど、一撃即死では、死んだフリをする暇もなかった……。


 今回の勇者、いつにも増して強すぎる。

 神様がチート設定をうっかり間違えたんだろうか?

 あのポンコツ神様ならありそう……いや、やりそうだ。


 というわけで、生き残って辺境の地に逃れた部下の数が、過去最低という……魔王側は深刻な状況にある。

 ワタシが討伐され、ワタシが復活するまでの間、魔族をまとめる幹部たちの安否がだれひとり確認されていないんだ……。


 それを調べる暗部も勇者に全滅させられたからな。人材が残っていないんだよ……。


 ワタシは心の中でフルフルと震えながら、甘いマスクの勇者を眺めた。

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