第1章 勇者がやってきた!

勇者様御一行大歓迎!

「オ――ッ、ホッホッホッ! 聖なる善神ミスッターナに喚ばれし愚かなる勇者たちよ! ついにここまでたどり着いたか! 今回の勇者の到達はやけに速かったが、それは……目をつぶって許してやろう!」


 ここは、魔王城……最上階……最奥……にある謁見の間。


「勇者よッ! 我が与えし数々の試練を乗り越え、よくぞここまで参ったナ! その武勇を称え、特別に! 特別にだ! 我が直々にオマエたちの相手をしてやろうではないか! 我が大いなる力をとくと思い知るがよい! 怖れよ! 跪いて許しを乞うがよい!」


 ワタシは三十六回目となる『勇者様御一行大歓迎!』のセリフを高らかに言い放つと、魔王の玉座から勢いよく立ち上がった。

 両手をビシッと広げ、異世界からやってきた三十六番目の勇者を、決戦の場に迎え入れる。


 ワタシを討伐するために異世界から召喚された勇者は、巨大な入口の前で立ち尽くし、玉座の前にいるワタシを呆然と眺めているようだった。


(あ? あれ? ちょっと……リアクション……薄くない?)


 いつもとは違う反応に内心で慌てる。

 ちなみに、謁見の間の重厚で重々しい扉は、ついさっき勇者の魔法によって、粉々にされてしまった。

 できれば扉は、手で開けて入ってきてほしかった。


 こんなことなら閉めて鍵をかけずに、潔く開けておいたらよかった。

 あの扉と使用していた鍵だが、サイズが大きいから修繕費が高いんだよね。

 いや、修繕……する欠片も残っていないから、この場合は新調か。


 勇者たちは警戒しているのか、まだ動かない。


 そこで立ち尽くされていると、距離がありすぎて、お互いの表情がよく見えない。

 勇者にはもうちょっとこっちに近づいてもらって、反応を観察したいところだが、ワタシは定番となった魔王のセリフを続ける。


「われは魔族の長にして、この世界を統べるもの。この世界の真の支配者だ。勇者よ! 今までのようにはいかぬぞ。魔王の真の恐ろしさを、今ここで存分に思い知るがよい!」


 バサリという派手な効果音を立てて、ワタシのマントがひるがえる。

 この瞬間のためだけに新調した、めちゃくちゃ高かった濡れ羽色の最高級マントだ。


「さあ、勇者よ! 世界の命運をかけた最後の戦いといこうではないか!」


 広い、広――い、無駄に広――い謁見の間に、ワタシの美声が朗々と響き渡る。


 が――、


 勇者の反応は冷え冷えとしたものだった。


(あれ? もしかして、やっちゃった?)


 無反応な勇者にワタシは焦る。


(これって、最終決戦なんだよ? ここは空気を読んでなにかリアクションしてほしいな)


 ノーリアクションというリアクションはいらない。


 最初の頃は、異世界からわざわざやってきたという勇者のために、魔王らしいセリフを長々と言わねば、と変なところで気負っていた……と思う。


 しかし、ラスボスを前に興奮状態、アドレナリンでまくり状態となっている勇者は、魔王のセリフなど聞いてもいない……ということにワタシは気づいてしまった。


 それからは毎回毎度、同じセリフを使いまわしている。

 このセリフは十一回目になる。

 それだけ使用すればしっかりばっちり暗記しちゃったし、夢にまででてくるくらい、馴染みのあるセリフになった。


 ワタシにとっては使い古された十一回目であっても、勇者にとっては、初めての一回目だから問題ないのだ。


 決して、勇者との対決に手を抜いているわけではないから。あくまでも、生産性と効率性を重視しているだけだからね。


 いいかげん、三十六回も同じことを繰り返せば、それなりに威厳もでてくるし高笑いとかも、堂に入ってきた。……と信じたいが、評価してくれるヒトが神様ひとりだけだから、ちょっと困っているんだ。


 だって「魔王ちゃんは、女優だもん。なにを言ってもカッコいいから、存在しているだけでオールオッケー!」とか言われて、「そうですよね」って信じられる? 納得できる? 安心なんてできないよな?

 少なくとも、ワタシは神様のコトは信じてないぞ。


 この勇者対決のために悪女っぽい笑みとか、美人に見える角度とか、光源の位置とか、マントの翻し方などの演出効果も、ひそかに研究と検討を重ねているんだけどね……。誰も気づいてくれない。


 悲しい。今回の勇者にもスルーされてしまった。

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