第14話

「食べ比べねぇー。んじゃうちらのも食うか? このカボチャスープとか絶品だぞ」


 ノーラたちから話を聞いたアグニは、自分に装ってもらったカボチャスープを匙で掬い、俺の口へと運ぶ。有無を言わさずそのまま引く気のない匙を、諦めて咥えた。

 なるほど、確かにこれは勧めたくなるもなる味だ。元の世界でよく食べられていたカボチャのスープはポタージュになっているのが大半なのだが、こちらではカボチャの原型を残しながらもベーコンと玉ねぎなどの具材が入っておりお腹も満たされる。玉ねぎもしっかりと煮込んでおり、その甘みがカボチャの甘味とマッチしてスイーツのような味覚を感じさせた。しかし、甘味だけでなくベーコンの塩気がアクセントとなり、しっかりとバゲットとの組み合わせを見越してある味付けだ。

 筆舌に尽くし難し。


 俺の頭の中の素人の食レポに夢中になっていると、アグニは少し震える手でもう一口運んでくる。一口では少し物足りなかった俺は再び匙を咥えようとするのだが、匙から溢れて胸元に落ちた。

 不幸中の幸い。今日の俺はデコルテの出た服を着ていたため、服のシミにならずにすんだ。胸を持ち上げスープが滴らないうちに、それを口で吸った。少し行儀が悪かったかもしれない。


 そんなことを思っていたのだが、アグニは恍惚とした表情で俺を見ていた。


「こ、これは美人相手にやっちまうと、何か別のものに目覚めちまいそうだ。女のうちでも危ない」


 彼女から美人と褒められ、少し調子に乗った俺はイタズラな笑みを浮かべ、匙の上に残ったスープを落ちないうちに咥えて飲む。

 どうやら、俺の見た目は女にも有効なようだ。




――――



 パーティのように盛り上がった朝食を終え、アグニたちは先に冒険者ギルドへ向かうようだ。


「今度、港街に一緒に行くからちゃんと等級上げておけよー! うちらはしばらくその大宿にいるからさ」


 そういって大きく手を振り別れた。


 朝食を食べている途中で段々うとうとしていたガリルはかなり限界そうだ。


「もしかして、ガリルさん……夜寝てないんです? 昼夜逆転しちゃってます?」

「ああ、いや。僕は元から夜型の人間で、朝八時頃にいつも寝ているんだ。これはさっき言っていた石鹸だ。衛生面は気をつけておけよ。」


 彼は鞄から葉っぱで作られたポーチのようなものを手渡す。中を覗くとその中に、すっぽりと硬い石鹸が入っていた。香りがしっかりとついており、どこか花のような甘い香りを漂わせる。


「それでは、僕たちは出発する。無事でいるんだぞ。――エンマ悪いが、僕を馬車の荷台に載せてくれ……」


 そう言い終わると彼は深い呼吸を始め、完全に睡眠状態へと入った。

 今更ながら、エンマたちに港街に行く理由を尋ねたところ、何やら港街で工業をする許可をギルドマスターから貰ったため、向かっているとのことだ。

 ギルドマスターとどういう取り決めをしたのかは、後でギルドマスターに聞けば教えてくれるだろう。


 エンマとノーラと別れるのは名残惜しい。やっと仲が深まったというのに。そう思いながらも軽いバグをして彼女たちを見送った。


 俺たちも冒険者ギルドへ依頼達成の報告をしに行く。


――――



「この度は、ご苦労だった。実にいい働きだ。」


 冒険者ギルドに着くや否や、職員からギルドマスターの執務室へ案内されていた。調査依頼を渡してきたのがギルドマスターであるため、報告もギルドマスターしなければならないのかと思っていたがどうやら違うらしい。


「君たち2人は今回の依頼はどう見てるのかね?」

「どうって……?」


 ギルドマスターは今回の依頼の成功報酬を机に置き始める。裸のまま貨幣を並べた。


「まずはC級依頼である調査依頼、それに勝手に僕が付け加えてた運搬依頼。どうせ関所にいくから君たちに運ばせたあの馬車の荷物だね」


 この人勝手に付け足していたのか……でも俺たちも普通に気にしていなかったが、確かに荷下ろしをした。彼は、そう説明しながら中銀貨を3枚を積む。


「そして、依頼外ではあったものの、本来出す予定であったストーンサラマンドラの討伐。あれは2体につき1枚だ」


 そして中銀貨を5枚、その3枚の横に積んで並べる。これでC級8個分だ。しかし、彼の手元にはまだ貨幣が残っていた。


「ここからは、ボーナスだ。君は山を開通させてくれた。今D級依頼である工事が予定の120日ほど短縮され、残すところは整えるだけだ」


 彼は大銀貨を2枚、中銀貨を4枚隣に重ねる。もうこの時点でかなりの大金となっていた。アヤと2人で分けてもそこそこな装備を整えれるはずだ。

 俺自身、未だにペラペラの服を着ているだけで、街中にいる冒険者の装備にすら届いていない。アヤと帰り道に装備をいよいよ整える妄想を始めていた。


「そして、これが今回の目玉のストールサラマンドラの存在確認、そして討伐、そして素材の納品依頼の分の金貨だ」


 彼はそういうと金貨を10枚置く。あの巨大なストーンサラマンドラはストールサラマンドラというのかと、追いつけていない思考に、追いつける話題を拾わせた。戸惑う俺に、アヤは肯定的に受け取る。


「それから、君たちはB級に昇格してもらうことにした」


 立て続けに出される提案にいよいよ、本格的に頭が回らない。


「わ、私たちD級だったんですよ? C級に上がるの間違いじゃないですか?」

「いいや、B級だ。君のルールというものがあるのは納得しているが、実際にこうしてA級の依頼をこなしてみせた。その正当な評価を今度は、私に曲げさせるというのはおかしいのではないかな」


 確かに、俺のルールはあくまでも、俺の中で完結するようにして、他人には強要していない。だからこそ温情で低い等級からやるということを黙認して貰っていた。それ以上のことを、今俺が強要させようとしているのは、さすがに道理になっていない。

 しかし、どこかで今の自分は他人と比べてズルではなかろうか。必死に頑張ってきた人たちを蔑むことにならないだろうかと心配になっていた。


「今までこういう飛び級のような措置はあったのでしょうか? 私たちだから、特別措置しているわけですよね?」

「飛び級は何度もある。今回は確かに君たちであるからしているが、それはホープタウンの人だからと言うわけではない」


 飛び級は過去にもあったということに少し衝撃を受けた。こう言うものは厳格にしているから上の等級がすごいという感覚が芽生えるはずだと思っていたのだが。


「君たちにはそう言えばホープタウンでのことを伝えていなかったね。ヴォーデン君が君にも実情を伝えておくように言われていたんだ」


 そう言って立ち上がり、分厚い本を取り出して、自分の席へと着く。その本は報告書のようで、少し見た限りでも、ホープタウンの人のデータが一人ひとり纏められていた。



 ホープタウンの詳細を俺は正確に把握していなかった。ホープタウンの人口は3036人。そしてそのうちS級認定者は214人の7%の人だけで他は全てA級だ。

 そしてそのうち、明らかに飛び抜けた実力を持つ者が13人いた。その13人はS級の人と並べても明らかに逸脱しており、文字通り次元が違う存在だったそうだ。彼らはSS級と裏で認定しており、ヴォーデンたちの主要人物以外には隠しているのだとか。


「私にそれを言って良かったのでしょうか?」

「ヴォーデン君からも指示は受けていないのだが、これは私から君への信頼の証としておいてくれ」


 彼は厳格な見た目なのだが、その容姿とは異なり、割と素直に本意だと思われることを吐露する。


「ねぇ、それなら飛び級した人たちのことを、教えてくれませんか?」

「もちろん」


 即答だった。

 そして彼はすぐにその人たちの名前を挙げる。

 エンマ、彼女はC級からA級への飛び級。そして、リーリア彼女もC級からA級と、知った名前が上がった。


「C級からA級だなんて突拍子もない。すごい差があると思うのですが、実力の方はそれほど差がないと言うことですか?」

「実のところ彼女たちはそれぞれ違っていて、まずはリーリアだが。彼女の実力は群を抜いていた。しかし、彼女はC級とB級の依頼で生計を立てるつもりだったようだが……」


 ギルドマスターは、少し言葉を詰まらせながら机をなぞる。言いにくいようで、何度も言葉を出しかけるが、その度に口を噤む。


「言い難いことがあってもリーリアの事だから、聞かせて欲しいです」


 彼に少しキツめの睨みを入れた。彼はそれを正面から受け止め、大きく深呼吸をして、俺に目線を合わせる。


「……彼女を脅迫して、飛び級させた。彼女はB級の依頼も簡単にこなせていたから、A級の依頼にねじ込ませた。エンマとノーラとリーリアの3人で素直にこなしてくれたよ」


 少し前の俺だったらA級に上がるなんて喜ばしいと素直に喜べた。しかし、今俺にはA級の"人権"というものを知っている。以前のノーラの言葉が頭をよぎった。

『ギルドから逃げてあなたと逃避行なんてロマンスに、今度は心躍らせてしまうのかしら』

彼女のその言葉は、今となれば少しだけ、真意がわかる。


「私は、あなたがA級の冒険者の結婚を禁止しているのは知っているんですよ。リーリアはそれを嫌だと言っていなかったんですか?」


 彼は机に頭を伏せ、黙り込んでしまった。

 彼はわざわざ言わなくてもいい事を、わざわざ言ってくれたのだ。その誠意に免じてこれ以上の言及は止めておく。


「リーリアがここにいるわけではないので、これ以上は何も言いません。それに本人の意思も聞いてないですし」


 そういって彼に顔を上げさせた。



 その後、続けて教えてくれた、1番面白い特例措置を受けた男がいた。E級からC級という特例なのだが、面白い経歴を持った男。



――ジスカルド・レベントロフ。


「彼はE級で登録した翌日に重罪を犯して強制労働を課せられた。その後、モージが彼をすごい気に入ってしまったため、E級ながらにして軍隊へ所属し、強制労働と軍の仕事を全うした」


 彼と……あの関所でのモージとの出会いは偶然だったのだろうか。ふとそんなことを考えた。


「その後、軍で優秀な武勲を数々と打ち立てたものの、本人の意志により冒険者へと戻った。その際に、実力を考慮してB級にさせるかと話になったのだが、私がモージのその提案を断ってC級までとした」


 あの日、将軍のような人があの関所にいること自体がおかしい。今となってはそう思える。モージはきっと……いや言葉にするのは無粋だろう。


 ――そこにはきっと男同士の何かがあっただけなのだ。





「そこまで数は多くないが、飛び級してる冒険者はこれまでにもいたのだ。まぁまだ理由はあるがな」


 彼はこれまで同様に、俺のこの茶番とも取れることに真摯に向き合ってくれているのだから、断る気はもう既になくなっていた。


 念の為に聞いたその理由は、むしろ引き受けなければいけないのだなと思わせる。


 理由は大きく2つ。

 1つ、俺がトンネル開通をかなり早めたため、遅かれ早かれD級冒険者の食い扶持になるトンネル工事の依頼期間の短縮。これにより来年まで働く予定だった人たちが受ける依頼が減ってしまったということ。C級に昇格であれば、俺は次はC級依頼に精を出してこなすだろう。そうするとトンネル工事のD級冒険者の選択できるC級を減らしてしまうのだ。


 2つ、B級であれば受けられない依頼がないということ。基本的にはひとつ上の等級の依頼まで受けれるためB級であればA級も受けられる。そして、先ほどホープタウンではA級未満の人はいないため溜まっていたA級の依頼を回しているのだそうだ。そのため、俺がホープタウンに戻ると受けれる依頼がないということがないように、計らってくれていた。


 断る理由はもうない。彼にB級で良いと告げると感謝された。正直なところ、感謝までされるとこっちが悪い気さえしてくる。


「それからトンネルの名前が決まったんだ。モージから〈ヴァロアレイカ〉と言う名前を推されて、それに決まったよ。気が向いたら彼に意味を聞くといい」


 話を切り上げようとしたところで、ガリルの事を尋ねると楽しそうに詳細を教えてくれた。

 彼には、港街にあるギルドの敷地に工場を作らせ、そこで製造したものを冒険者ギルド名義で販売するとのこと。そして、港街でD級依頼として工場建設や、そこでの仕事を斡旋する権利を渡しているそうだ。

 しかし、何も作るかなどは一切わかってはいない。エンマたちを付けたのは、道案内と親睦を深めるためだとか。


――――


 用事が終わり報酬を受け取り部屋を出る際に、彼から「ヴォーデン君が帰りを待っているそうだよ」と告げられる。早く帰ってこいと言ったところだろう。


 受け取った報酬の10G320Sをアヤと分配して2人で街へ繰り出す。半分にしたところで5G160Sとかなりの大金だ。

 装備も結局何一つ揃えることのなく、ここまで来た。この世界の装備を見て回るのにもちょうどよい。



 街を歩く冒険者に装備の買える場所を尋ねた。これほど大きな街なのだから、武具屋は複数あるだろう。その中でも、良さそうな店というのはやはり冒険者に聞くのが1番である。


「短刀とローブと軽装かぁー。短刀は正直なところあんまわかんねぇけど、とりあえず〈アルバートの鍛冶屋〉に行くのが1番だろうな」

「それはどちらに?」

「〈彫像広場〉から東に行くと鍛冶屋が並んでるから探すといい。軽装もそこら辺にあるが、ローブは〈噴水広場〉から西だな」

「教えてくれて、ありがとう」


 なかなかに上等な見た目の服装をした冒険者に聞いて正解だった。彼の装備はところどころに、魔物の素材と思われるもので造られた装備だ。



 それにしても、2人で一緒に動くのは流石に効率が悪すぎる。そう考えた俺はアヤと別行動を提案した。お昼ちょうどの十二時に〈噴水広場〉で合流することにし、お昼にお披露目会といった具合だ。


 2人はそれぞれの店へ向かって笑顔で別れた。




 ローブの売っているお店は、〈噴水広場〉から西と言われたものだから、てっきりすぐ近くなのかと思っていたのだが、思っているほど近くはなかった。

 〈噴水広場〉の西側に向かう道すがら、宿屋が何軒も続く。それを抜けると、大きな橋があり、馬車や人の往来が盛んだ。その下にはセントラルを東西に分ける川が流れている。恐らくこの川は、北にある冒険者ギルドの本部へと続いているのだろう。


 橋を渡ってすぐには露店が立ち並ぶ。新鮮な青果だけでなく、干し肉や携行食など。旅の支度にはこの市場はピッタリそうだ。

 その市場を抜けると漸く目的のローブの売っている店だそうだが、その区域はどの店も衣類を並べていた。そうなるとどこで探せばいいか、困ってしまう。

 少し見回し、ストールやマフラーと一緒に衣類を置いている店や、アクセサリーと一緒に売っている店。それぞれ、きっとその店なりのコンセプトのものを取り扱っているのだろうが、見た限りではさっぱりわからない。

 その中でも一際大きな、デパートとは少し違うが、冒険者ギルド並みに大きな建物へと足を踏み入れる。大は小を兼ねるというが、きっと店も例外ではないだろう。


 エントランスエリアは何も商品が置かれておらず、受付のような場所と吹き抜けから見える2階以上の階層には服が展示されているのが見える。それが見えなければ、そこを店だと認識出来なかっただろう。

 とりあえず、受付のような場所へと顔を出す。何かこの場所について何かわかるかもしれない。少なくともこれだけ広いのであれば上質なローブくらいはあるだろう。


「紹介状はお持ちでしょうか?」


 受付は紹介状とやらを要求する。もしかするとここは招待制の店舗なのかもしれない。持っていない事を告げると、追い返されるのかと思いきや、受付の男性から丁寧な対応をされた。


「それでしたら、どのような品物をご所望でしょうか?」

「ローブを探しているの。すごく丈夫なものを」

「どのような目的でご着用されるものでしょうか」

「――戦闘用のものになるのかしら。でも着心地が良いものがいいわ。動きやすさも」


 少し考えながら、受付とやり取りをする。その後、彼から予算を聞かれた。そもそも相場を見ていないため、どれくらいの値段かわからない。先に周りの小さな店で相場を確認してから来ればよかったのに迂闊だった。


 そもそも、この世界の武器や防具の価格を調べておくのも重要だ。ヴォーデンはそれも含めて調べて来いとのことだったのだろうが、食事や宿の値段ばかりで他のものは、なにひとつ調べていない。


 さすがに少ない値段の予算をここで提示してしまえば、小さな店の方に行けよと言われていよいよ追い返されるだろう。今更ながら周りをしっかり見渡すと高級そうな装飾が飾られた受付だった。

 恐らくここは高級品などを取り扱うお店だとするのなら、ある程度は品質もしっかりしているだろう。ここは、強気に予算を言うことにした。


「予算は、これくらい」


 そう言って金貨を1枚だけ見せる。もしそれで安いと思われたら危ないので、金貨を2枚重ねて持って1枚だけ見えるようにした。


「き、金貨1枚ですか?! 少々お待ちください」


 彼はそういい、受付の後ろにある扉へと引っ込んだ。内心ドキドキしていた俺は、その様子に少し安堵し、金貨2枚を袋へ戻す。



 少しすると、奥からかなり背の高く厳つい大男が出てきた。ジスカルドよりガタイのよく、この人がA級冒険者だと言えば、納得出来る、そんな風格を漂わせる。


「あらぁー。あなたがお客さんね! 金貨1枚だなんて太っ腹ね」


――喋り方はオネェだった。


「あら、見た目も本当に美人で気合いが入るわー。ちなみにあなたの冒険者の等級を聞いていいかしら?」

「B級よ。これからのためにしっかりとしたローブを新調しようと思っていたの」


 今更ながらではあるが、B級に昇格していて良かったと心から思う。ここでC級と言えば不相応な背伸びと思われていたかもしれない。

 店長だろうか。責任者のようなオネェの彼は俺の身体をじっくりと眺めると店の奥へと案内する。彼に連れられて入った部屋は裁縫室だろうか。シンプルな大きな机に定規や色鉛筆が散乱していた。


「あたしの店はね、B級以上ならオーダーメイドを受け付けているのよ。だから採寸させてもらうわね」


 そう言って巻尺を机の上から手に持ち近づいてくる。今着ている服を脱ぐように促された。

 少し抵抗はあったものの、素直に脱ぎ下着姿となる。人前で肌を露出するのは男の頃はそこまで何か思うことはなかったのだが、最近は少し抵抗を感じるようになっていた。



 特にいやらしい要素もなく、事務的に済ませる彼は流石のプロだなと感じさせる。採寸を1人でこなす巨大な身体に、少しばかり惚れ惚れとした。手際が良過ぎて呆気ない。下着姿のまま立ち尽くしていると、彼は脱いだローブを肩に掛けてくれた。


「もう終わったわよー。あなた胸が大き過ぎてシルエットが悪くなってるわよ」

「あら、あなたがこの胸をその裁縫技術でどうにかしてくれるってことかしら」

「そうね、邪魔にならないようにはしてあげれるわ。金貨1枚もあればフルセット用意してあげるから期待しておいてねん」


 ウィンクと共に俺へと投げキスをする。その振り切った感じに、気持ち悪さなど薄れなんだか少し愛らしく感じた。

 彼とは少し上手くやっていけそうな気がして、素直に相場を知らなかったことを相談する。あわよくば金貨1枚フルで使わずに済むように交渉出来ないかなどと考えていた。


「相場を知らない? そんなことわかってるわよ。一体どこに、土地買える予算で服を買いに来るバカいるのよ」


 金貨1枚で土地が買える⁈ その方が驚きだ。それであればB級やC級の人はB級10個やるのではなかろうか。土地を買い放題だ。

 少しばかり興奮して考えていたが、B級依頼のために港街まで向かったジスカルドのことを考えると、そんなボロ儲け出来ることなどないだろう。況してやパーティを組んでいるのなら尚更分配される。


「でも、良いモノであったら、本当に金貨1枚の予算でいいの」

「言ったわね? なら金貨1枚分働いてやろうじゃないのよ。前金として今あなたから取ってもいいのよー?」


 この返しは、自分の悪い癖のように思える。天邪鬼のように金貨1枚もしないものをお願いしたかったのだが、結果はご覧の通りだ。


「それじゃあ、お願いするわね。私はヒカリ。えっと――マダム……?」

「マダムじゃないわよ! ミスターリリヤンよ。本当に受け取っちゃうわよー?」

「ええ、あなたを信じてみるわ。マダムリリヤン」


 彼の掌に丁寧に、金貨を1枚乗せ手を閉じさせる。

 すごくゴツゴツした手で皮膚は硬い。職人の手などこれまで触ったことはないが、なるほど。これまでもこの手は、数多の服を手掛けたのだろう。そんな説得力を感じさせた。


 完成予想は1ヶ月ほどの60日。この世界の1ヶ月の単位にも慣れないと少し混乱してしまいそうだ。


「ねぇ、少し貴女のつけてる下着について教えてくれない? そんな下着見たことないから気になっていたのよねー。1着貸してくれない?」


 そういえば彼は俺が服を脱いだ際に、真剣な眼差しで下着を見ていた。そこにいやらしさを感じなかったため、特に気にもしなかったのだが。


 しかし、生憎のところ替えの下着がない。今残ってる1着を渡してしまうと、今日の着替える分がなくなってしまう。そのことを包み隠さず素直に告げた。


「貴女の汗くらいなら我慢できるわ。使用済みでいいのよ」

「し、使用済みって言い方やめてよ。洗濯屋に今日出してくるから、それまで待ってもらえないかしら?」

「そういうことなら、ここで今あたしが手洗いするわよ、貸して」

「き、汚いから! 本当に汗とかで汚くなってるから」

「汚いから、洗うんじゃない。そこら辺の洗濯屋より、よっぽど私の方が上手よ、信用してくれるんじゃなかったの?」


 押し負けた。鞄から1セット取り出したのだが、汚れ物袋を取り上げられる。

 しかし、洗濯に相当慣れているのか手際は良い。大きな桶を取り出す。魔法で水を張り、柔らかい石鹸を溶かした。そして、しっかり溶けきると、下着をそこに沈める。


「これって生地が軽くて柔らかいから擦り洗いはダメそうね。揉み洗いか振り洗いってとこかしら」

「私はブラは振り洗い。下は揉み洗いで教わったから、それでやってるわね。1着私がやってみせるわ」


 少しぎこちないながらもワイヤー部分を持ち優しくブラジャーを振り洗いする。拳の上にカップの内側を乗せ、その上を掌で押し水を絞り出す。

 この世界にないものだから、ある意味これはこの世界の最初の見本となるのだろうか。そんな事を考えると少し緊張し、いつもより余計に丁寧になる。

 ショーツもユルズから教わったように洗う。ユルズ本人も振り洗いとは言っていた癖に、揉み洗いをしていた。これで正しい知識が広がらなかったら彼女のせいだ。

 ショーツを洗い終えるとリリヤンは俺のショーツを取りマジマジと見る。


「な、なにかおかしな……汚れが落ちてなかった?」

「いや、これ布二重にしてるのね。この部分だけ別布当ててるわ。他の部分は……サテン生地?」


 専門用語になるとわからない。がきっと彼は色々と分析してわかってくれるだろう。彼は1着洗って教えると、すぐに吸収し手際よく次々と洗ってみせる。豪語するだけの実力はあるようだ。

 時計はどこにでもあるわけではなく、街の要所にしかない。そのうちの一つが今いるこの店だった。この店は時計が置かれるほどには、重要視されているのだろう。そんな時計は時刻十一時半を過ぎたところを指していた。


「ねぇ、リリヤン。あなたたちはお昼ご飯はどうしているの?」


 ここに来るまで宿屋と酒場はあったのだが、橋の向こう側だ。距離は少し遠く通えない距離ではないが、他に食事をするところがあれば確認しておきたかった。これも、ガリルが言っていた民族性なのだろうか。


「あたしはよく、ここから南に少し行ったところにギルド広場があるんだけど。そこに屋台がいっぱい出ているからそこで済ませてるわね」

「私の仲間と一緒にお昼なんていかが?」

「今日は愛しの妻からのお弁当があるから遠慮するわー」


 結婚していた事にびっくりはしたものの、断られたので素直に引き下がる。



 洗濯物が乾くのは夕方になりそうなので、その頃にまた来ると告げると俺はアヤと約束した〈噴水広場〉まで戻った。



 〈噴水広場〉に戻った俺はアヤをすぐに見つける。背が低いのに堂々としているから、すぐにわかった。明らかに、いい買い物をしたと自慢げに言う姿が容易に想像が出来る格好をしている。


「遅くなってごめんない。待たせちゃったかしら?」

「全然待ってないから……ん? ヒカリは何も買わなかったの?」

「ちょっと色々とあってね――オーダーメイドになったの」


 オーダーメイド。その言葉を聞いたアヤは口を震わせた。確かに、買い物をしてこようと別れていきなりオーダーメイドを頼んでくるだなんて思わないだろう。もちろん、俺もその気はなかった。普通に良いものを見繕って、揃えるだけで良かったのだが流れでこうなった。


「オ、オ、オーダーメイドォォォ?! 何で予想を軽く上回っちゃってんの?」


 狼狽えるアヤを必死に宥めた。いや、なんというか、見栄を張ってしまったせいというのか、天邪鬼が災いしたというか。


「やっぱ、そのおっぱいのサイズのせい……?」

「違うからっ!」




――



 アヤを連れて、先ほどリリヤンから教わったギルド広場とやらに来たのだが、屋台が立ち並び圧巻だった。

 その光景はどこか懐かしい〈ロード・オブ・レジェンド〉にあった、ユーザーの露店エリアさながらの光景だ。


 屋台はファーストフードのような手軽な食べ物から、アクセサリーの類いまで、幅広い種類のものが売られていた。しかし、まずはお腹を満たす食べ物だ。アヤと相談すると、それぞれ別々に買いに行くこととなった。せっかく合流したのに、また離れるのは少し寂しい。



 気を取り直して、屋台の食べ物を物色する。屋台と言えば、俺の中ではイカ焼きやお好み焼きのようなものが食べたくなる。そう言ったものはないかと探したが、イカ焼きは見つからないものの、お好み焼きに近いものを作っているお店があった。

 小麦粉を水で溶いたものに、卵と千切りキャベツを入れ、それを鉄板に延ばして焼く。焼き上がったらそこに選んだ具材を包んでもらうと言った料理だった。

 あまりに美味しそうだったため、肉を挟んだものを注文する。少し目の粗い紙に包まれて渡される。値段は100Cと少し高い。チップで5Cを払おうとしたのだが、この屋台ではチップはいらないとのこと。パフォーマンスをして作っている屋台ではチップは必要になるそうだ。

 丁寧に教えてくれた屋台の店主に感謝をし、次なる食べ物を探す。そんな中で多くの客が押しかけている屋台を見かける。揚げ物屋だ。


 縁日などでは見かけない屋台に心を躍らせる。こういった珍しいものというのは、つい惹かれてしまう。

 しかし、この街ではおそらく珍しいものではない。それなのにこの人だかりというのだがら、人気なのだろう。掲げられている看板を覗く。2つ単位での注文で値段は100C。メニューはどれもありふれたもので珍しくはないのだが、目の前で揚げられる光景を見てしまうと、食べたくなってしまった。

 無難に鳥肉と豚肉、野菜のかき揚げとそしてドーナツを注文し、200Cを渡す。すると注文を受けてから事前に木串に刺した具材をそれぞれ温めている油へと入れる。

 それぞれの鍋は、IHコンロのようにも見える不思議な装置の上に乗せられている。店主に尋ねたかったのだが注文をした人は待機場所へと誘導され、その不思議な装置については尋ねることはできなかった。


 少し眺めているうちに、俺の注文は上がったようで、綺麗な舟皿に2本ずつ乗せられて渡される。たこ焼きを乗せるような舟皿と、それに乗る揚げ物を眺めていると、ここが異世界だと忘れてしまいそうだ。実はどこの異世界も、同じような食べ物を食べられているのかもしれない。そんな気がした。


(一度、ガリルにこの世界の食文化について、聞いてみたいな……。一緒に旅出来たら、この俺の質問もそれらしい答えを返してくれるんだろうな)


 両手を巧みに使い、なんとか食べ物を上手く持ち近くに腰を下ろす。アヤの行方を探していると、すぐに俺を見つけてくれた。手に持った食べ物を俺の隣に置き「ちょっと待ってて」とまた屋台へと繰り出す。

 その間、俺はアヤの買ってきた食べ物を見る。ベーグルのハンバーガー2つと、巻いてあるピザだった。ピザのような手間の掛かりそうなものが屋台にあるのは驚きだ。



 アヤは手に木のジョッキを持ち戻ってきた。


「フェスキャゴスとペラゴスって飲み物買ってきたよ! どっち飲む?」


 聞き慣れない名前に、どちらを選べばいいかわからない。


「アヤが先に選んで良いわよ。私、聞き馴染みがないからわからないのよ。それか飲みさし、食べさし大丈夫なら好きに食べない?」

「実は私も味まではわかんない! ヒカリとなら全然大丈夫だよ。そう思って私挟みベーグルは、揚げ魚と焼肉の2種類買ってきた」

「私もいっぱい買ったから、半分ずつ食べよ」


 そうして、2人で全ての食べ物を半分ずつ食べ合う。到底1人で食べれる量でもないが、こうして2人で半分ずつ食べれば……少しキツかったが食べきれた。8種類の食べ物と2種類の飲み物が堪能でき、段々とこの世界の食べ物に愛着が湧く。


「私はアヤが買ってきたナンにトマトソースつけた、ピザのやつ好きかも。フェスキャゴスも甘くて美味しかったわ」

「わかるー! フェスキャゴス私も好き! あと野菜のかき揚げが好きでもっと食べたかった!」

「野菜のかき揚げいいでしょ? 豚肉の揚げたやつも私好きなのよ。美味しいでしょあれ」

「うん、美味しかった!」


そんなありふれた会話をしていた。その中でもアヤと好きなものが一緒の"共感"は、どこか心地よく、強くアヤとの繋がりを感じれる。

 これからも、もっと多くの共感できるものを見つけたい。そう思うような出来事だった。



――



 お昼を食べた後は、再び露店を回った。今度は、食べ物ではなく普通の買い物だ。というのも腰より長い髪をまとめれるような、そんな小物が欲しかったため、髪留めを探した。

 ヘアアクセサリーはかなりの種類があった。髪紐、カチューシャ、ヘアピン、バレッタと数多く普及しているようだ。

 正直、男の俺はヘアピンと髪紐くらいしか使い方を知らない。特にカチューシャなんて、頭にとりあえず着けるくらいの感覚しか持ち合わせていない。

 純白な髪紐に惹かれ、それを手に取る。ゴムのように伸び縮みはせず、リボンのように幅広い。

 これで髪を束ねたら、かなり浮いてしまう気もするのだが、何故だかそれに惹かれ買いたくなってしまう。


「ねぇ、アヤ。この真っ白な髪紐どう思う? 私に似合うかしら?」


 自分の髪色と合うかどうか、当てがいながら彼女に尋ねると笑顔で似合うと言ってくれた。自分用に買おうと値段を見ると、かなり安い。日常的に使うものだから複数個あっても困らないだろう。


 親しいものにも、お土産として買って帰りたい。アヤに、リーリアやシャル、ユルズ。みんなで何かお揃いのものを身につけたい、と図々しくも思った。

 髪の毛がそれほど長くないアヤは付けてくれるだろうか。


「アヤ、これ私とお揃いで着けてくれる?」

「いいかも!」


 即答で答えてくれたアヤ見て、とても嬉しく、心が温かくなった。


 髪紐の正しい付け方がわからないため、帰ったらユルズに教えてもらおう。ユルズたち一人ひとりに似合うであろう、ヘアアクセサリーを買った。



 その後は、2人部屋の宿を取る。この街に初めて来た時に、リンドウと泊まった部屋だった。もう随分と昔のことのように感じる。

 あの時は、何もかもが新鮮で溢れていた。

 初めての冒険で浮かれて、ちょっとした失敗もした。アヤと出会って心強い仲間が出来た。一緒になって死にそうになった。とても濃い生活だ。


 夕方。お店に下着を取りに帰る道すがら、ふと居酒屋を覗くと16時以降の串焼きに代わっていた。それ見て私は、アヤとの夕食の事を考える。彼女はお酒に強いのだろうか、一度も飲んでいるところを見たことがない。今日は彼女とお酒を飲もう。そう思いながら宿へと戻った。




――――




「かんぱーい!」


 2人掛けの席ではなく、カウンターへと通された俺たちはすぐに注文をしてエールをぶつける。

 無事に生還できた2人の祝賀会。それと、明日、ホープタウンへ帰還するため一時的だが、この街への別れを告げる意味合いもあった。


 入った酒場も、ジスカルドと出会った酒場を選んだ。


「よう、元気そうだな。注文の仕方も、しっかり覚えているようだな」


 カウンターから店主が、声を掛けてくる。以前、ジスカルドに説教されたこともあり、しっかりとその暗黙のルール通りに注文をした。


「あのとき、最初に教えてくれればよかったのに。意地悪な店主さん?」

「美人にそう責められるとたまんないねぇ。でも、あいつからたくさん学んで成長出来ただろ、俺からの貸だからな」

「図々しい店主さんの優しさで、私もちゃんと冒険者やってますから。最後に、この店に来たことで貸し借りなしね」


 店主に明日、この街を発つ事を告げる。それは、C級冒険者になっているということだ。それを聞いた彼は、わざとらしくも大袈裟に喜んでくれる。

 きっと彼は、これまでもこのような場面に立ち会うこともあっただろう。その度にこのように事々しくしていたのだろうか。

 人見知りなアヤは、店主ともやはり話せそうになかったため、軽くアヤを紹介した。

 エールを飲み干す。彼女もそれに続いてエールを飲む。

 これまでアヤが酒類を飲んでいなかったのは単純に飲んだことがなかっただけだった。今日初めて飲むお酒は、気に入ったようでグイグイと飲む。

 その姿を微笑ましく眺めていると、忘れていた重要な目的を思い出した。


 アヤの探し人だ。

 わざわざ、彼女はホープタウンを飛び出してその人を探しに来ているのに、戻って良いのだろうか。心配になって彼女に聞いたのだが、酔っていることもあってか、ケロッとしていた。


「以前の私を知る、重要な人なのは間違いないんだけどさ。今こうして、ヒカリといるアヤで、新しい道を歩むほうがいいかなって」


 少し酔っているのか緩い笑顔で答えた。そんなアヤには少しだけ申し訳ない気がしたが、どこか俺は彼女の大切な人に勝てた、そんな気持ちになる。

 ほとんどお酒でお腹を膨らませた俺たち。明日は午前には出発したいため、早めに宿へと戻る。アヤは初めてのお酒なのもあって少し飲みすぎたようでフラフラしていた。俺はそんな彼女を背負い宿のベッドで休ませる。彼女は背が低く、どこか空気のように軽いのだと思っていたが、しっかりと人ひとり分の重さが背にのしかかり、重かった。



 早朝、静かな部屋に髪を解く音だけがする。まだ目覚めない彼女を、待ちながら解いた毛先を見ていた。

 彼女は少しだけ二日酔いになったようで、出発を遅らせることにした。これでお酒嫌いにならなかったら、また一緒に飲みたい。そんなことを思いながら彼女の背中を摩る。午前十時頃には歩けるくらいにまで回復したため、ようやく出発だ。

 昨日露店で買った携行食が、しっかりと入っているのを確認して荷物を背負う。


 セントラル北門を出て、ホープタウンがある大樹を眺めると、大きなため息が出た。


「あんな遠くにこれから帰るのね」


 ここからはまともに目視出来ない。それとなくおそらくあの辺だと分かる程度。門番の人に手を振り街へと踏み出した。


「あんな遠くでも、こうやって一歩一歩足を動かしていたら、いつか到着できるんだから頑張ろ」


〈影適性〉の力を使えば、早く帰れるアヤも、俺の歩く速度に合わせて歩いてくれる。


「ありがとね、本当はアヤすぐ帰れるのに。付き合わせちゃって」


 なんとなく手を繋ぐ。それをお互い照れくさくて見ないようにしていた。


「ところでさ、アヤに聞きたいことがあったんだけど……」


 彼女が逃げられないように、繋いだ手を少し強く握る。怒りを悟られないように、笑みを崩さない。


「私が、ガリルに、どうして惚れていると思ってるのかしら?」


 彼女を握る手にどんどんと力が込められる。


「い、痛い痛い! 殺さないで! 殺さないでぇ!」

「人聞きの悪い! あなたのせいで変な誤解が、エンマやノーラに広がったじゃない!」

「変な誤解ってなに?! 2人も納得してたよ!」

「誤解よ! 私の一体どこにそんな素振りがあったと言うのよ!」


 力いっぱい握りしめると、アヤは自身の手の限界を悟り、適性を行使して手を振り払う。

 次は捕まらないようにと、俺から少し距離を取り、得意げな顔を見せる。


「あれあれー? うそ、本当に気がついてない?」

「だから、なにがよ。本当に私はガリルのこと何も思っていないのよ?」


「――だって、ヒカリ。

あの人と話す時だけ、乙女になっていますからね」


 俺は思い出す。これまで、"普通通り"ガリルと会話していたのだが、それはゲーム時代の、ネカマをしていたときの喋り方だ。

 今の俺の普通の喋り方というのは、ユルズを真似した――作られた喋り方、なのだから。


「ち、違うから! あれは本当にそんな意味はないの!」


 アヤを捕まえるために必死で走る。得意げになった彼女は、俺の手を寸でのところで躱しながら、逃げて行く。


 そんな2人の声が平原に響き渡っていた。

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