◆35 『ボク』
『ボク』は西白森で生まれた後、街の外に出ることなく育った。
幼いころに特別の記憶はない。生活に不満はなかった。両親は妙な場面で反応して泣き出す『ボク』を、不思議に感じてはいただろうが、きちんと世話をしてくれていたと思う。
他の子どもたちと初めて関わりを持ったのは、保育園へ連れていかれるようになってから。そこでも『ボク』は特段もめ事を起こすことはなかった。
ただ『ボク』の奇行は一向に治る気配を見せなかった。それを奇行だとも思っていなかったから仕方ないことであるが、鳩の死体なんかを観察することが楽しかったのだ。
他の子供たちはまだよかった。『ボク』が傍目に見て何か変なことをしていても彼らは笑っているだけだった。多分誰も言っていることなんてよく分かっていなかっただろう。
ただ日を追うごとに周りの子供の数は減っていった。
原因は子供たちの保護者である。『ボク』のことを子供の会話などから聞いたのか、彼らは『ボク』と自分の子供を露骨に遠ざけた。
当時は何が何だか分かっていなかったが、今から考えるとそれは大いに納得できること。あの子は頭のおかしい子だから話しちゃいけません、って。それだけ切り取れば世間を見てもありふれたことだ。
それからもう1つ。変わったことがあるとすれば、この時期になると両親も『ボク』のことを気味悪がるようになっていたことだ。幼い『ボク』が両親との会話した記憶がほとんどないのもこれが理由。
別に寂しくはなかった。
小学校に上がったときには、『ボク』には世間と自分とのズレが理解できるぐらいには物心がついていたのが幸いだった。
見えてはいけないものが見えている。それが分かれば口に出さず、注目せずにいればよかった。とはいえ他人と意味の通る会話をした経験がかなり少なかったせいで、最初は混ざることさえ苦労の連続。それでも最初は会話することが楽しくて、意識的に多くの他人と空間を共有した。周りの子供も新しい環境になったばかりであったから浮いてもいなかったと思う。
だが半年ほどでそれにも慣れた。
そして分かったことが1つ。『ボク』は大勢とつるむことがそもそもあまり得意ではなかったということだ。次から次へと話している人に対して耳を傾けることに目新しさを失って既に飽きつつあった。
行事に一喜一憂するクラスの中心からは離れたところで遠巻きに眺める。話しかけられたら話し返す。そんなことをしているうちに『ボク』は保育園でも見たことのあるやつが『ボク』と同じように外れていることに気づいた。
それが深路香奈だった。
初めは『ボク』から話しかけた。一言、二言と話しているだけだった。段々会話は長くなり、そして話すことが当たり前になっていった。その会話にはいつしか石見和也が加わって、『ボク』らは3人で行動することが多くなった。
そして小学2年生に上がって1週間。
両親が死んだ。
事故死だった。
あまりにも唐突なことで、香奈や和也、周りの大人に至るまで多くの人が『ボク』に心配した声を掛けてくれた。
『ボク』は……全く現実感が湧かずにいた。
この表現も適切ではないのかもしれない。言い直すならば、『ボク』にとって両親が生きていても死んでいても、もはや大きな違いはなかった。1年以上言葉を交わしてさえいなかったのだから、それもそうだ。
物心がつき始めたときから、両親が僕を強く疎んでいる状態は続いていた。そんな状況の中では、『ボク』の中に両親に対する思いのようなものは上手く育まれることがなかったのだ。
月に何度か叔父さんが『ボクら』の家へ来るようになっただけで、いつも通りの生活が続いた。
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