◇27 特別な週末の浮遊




 朝一のためか、遊園地の中にはまだそこまで人が入っていない。僕らは傍らに建てられた案内板の矢印に従って、ジェットコースターの受付へと歩く。


 コーヒーカップにフリーフォール。ゴーカート。メリーゴーランド。

 他の遊園地に行ったことはないが、中の光景は特異なものじゃないだろう。その派手派手しい色に点在するナニカの黒が混ざり合う、異様なコントラストを無視すれば。


 その光景がやけに小学生の時のものと被りだす。


 すぐ脳が感傷に浸されるから、なつかしさに溺死しそうだ。

 最後に来たのは僕が小学4年生ぐらいのときで、今より内装が少しだけ新しかったかな。


 本当にあの頃は楽しかった。

 深路も、石見も難しいことはこれっぽっちも考えてなかったし、必要もなかった。……今も逃げてるから同じと言えば同じか。うるせえ。

 はしゃぎすぎる姿を見て、怒っていたあの人。深路の、深路の、深路の、……あれ?


(……)


 ――そうだ。“由香さん”と言うんだった。

 深路の姉は、天笠並に明るさ一辺倒の人で……顔もよく思い出せない。最後に会ったのはいつだっただろうか。



 ……あれ、なにかを。



「おい、ボーっとしてるけど大丈夫か与一?」

「あ、おう。平気平気。懐かしいなーと思ってさ」

「ってあれ深路は?」


 いつの間にかいない。はぐれたらこの人混みだし見つけ――あ、いた。大分後ろの方で完全に上の空だ。

 三谷は僕と顔を合わせると、呆れたようにため息をついた。


「おーい! 行くぞ香奈ぁー」


 大きな声で呼びかけられた深路は、びくっ、と反応すると僕らの方へと小走りで来る。


「すまん。感傷に浸ってた」

「別にいいよ。というか根本的には似たもん同士だよなお前ら」


 僕と深路の顔を交互に見てから、三谷はそんなことを言って、とっとと歩き出す。

 いやちょっと待て。

 まあ、その、うん。今日はやめとこう。


 そのまま何か反論することなくジェットコースターの受付まで辿り着く。すでにできている短い列に並ぶと、すぐに僕たちの乗る番が回ってくる。

 3人だったため、じゃんけんして僕と深路がペアに、三谷は1人で乗ることになった。

 2列で並んでいるため、僕と深路が前、三谷が後ろへと場所を交換する。


「……全く、思い返すと私と姉は全然似ていなかったな」


 隣に移ってきた深路は溢すようにそう言った。

 考えていたことは、僕と同じだった。この場所に来れば、頭の中には小さい時の楽しい思い出がパンドラの箱から飛び出すように溢れてくる。


「……確かにな」


 そんな当たり障りのない返答しか僕は返すことができない。深路の言葉は僕へのものではなかったらしく、会話が繋がることはなかった。


 ……というか明らかにさっきから深路の落ち着きがないんだけど。


「そんなにソワソワすんなって。子供じゃないんだからさ」

「……むっ。というか津島。お前は確かこれ苦手ではなかったのか?」

「まじか与一?」


 これ、と深路は今こちらに向けて帰ってきているジェットコースターの車両を指さした。


 ああ、そんなこともあったな。

 だが舐めて困っては困る。あれを苦手だったのは何年前の話だと思ってるんだ。

 確かにもう久しく乗ってない、だがその間に僕も成長してもう高校生だ。


 そうこうしているうちに、車両が元の定位置に戻ってくる。思い思いの感想を言いながら降りていく乗客と入れ替わって、僕らが座席に座る。

 車両はあんまり昔と変わってない。悪い意味で。というか塗装が剥げて、錆びついて……めちゃくちゃ経年劣化してないかこれ。壊れないよな?


「それでは出発しまーす」


 安全バーをしっかり2回確認し終わってすぐ、案内役のアナウンスが響いた。

 息つく暇もなく車両はゆっくりと進みだしたが、ガチャガチャガ――キキキキガッチャンと意味不明の機械音が響いていては脱力して背中を預けることなどとてもできない。


 バギッ。

 ん?


 登りに差し掛かると……結構な揺れ幅を感じる。上下左右に体が引っ張られ、安全バーを思わず強く握りしめる。上下はともかく左右に揺れるって色々駄目じゃないか?

 どうもできないのだがどうしよう。これ本当に大丈夫なんだろうか?

 

 ガタガタッ、ガタガタッ、ガタガタッ、とある種規則的だった(と思いたい)揺れが、頂点に近づくにつれて強くな――いやちょっと待ってくれ! 明らかな異音がしてるって!


 あ、これダメなやつだ。

 思った瞬間体が浮遊した。意識と一緒に。



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