◇26 特別な週末の酩酊




『白ノ森遊園地前~。白ノ森遊園地前です』


 懐かしいアナウンスがイヤホンを外していた耳に響き、停車する。

 僕は座席を立ってバスを――忘れ物を確認してから降りた。

 もう日差しは出ているけれども、朝の時間の涼しさの名残が感じられるぐらいの気温だ。若干雲が多いのもあるだろうが。


 余裕をもって家を出たから、まだ今の時刻は待ち合わせの20分前。


 バス停には……あれ? 2人とももう来てる。

 

 僕に気づいた三谷は、おーっす、と右手を挙げ、深路も周りの目を気にする感じで小さくこっちに手を振る。

 2人とも私服で軽装だったが、三谷は謎のビニール袋を持っていた。見た感じ中身は菓子パンっぽいような気がする。


 三谷はともかくとして、深路はまだ来ていないだろと思っていたんだけど。昔からガサツで時間にルーズだし。


「来るの早くないか? 早めに着いたと思ってたんだけど」

「おーっす。いやいやアタシもさっき着いたばっかりよ。朝飯を買おうと思ってさ。早めに行こうと思ったんだけど、そしたら深路がもういたからびっくりしちまったよ」


 ああ、やっぱりそのビニール袋は朝飯か。たまたま今日は食べてきたけど、いつもなら僕もそうしただろう。


「私はこんなに早く来るつもりじゃなかった。なぜか早く起き過ぎてやることがなかったから、早く来て待ってようと思っただけだ」


 深路は、自分が責められていると思ったのか若干言い訳をするように話す。ただ、話しながらもどこかそわそわしていて、こいつの意識は既に遊園地の方に向いているみたいだ。


「単純にびっくりしただけだって。まま、とりあえず皆そろったことだし、話す前にとっととチケットを買いに行こうぜ。どーせそんな並ばないとは思うけどさ」

「異議ないよ」


 それには同感だ。後半部分もそう。

 小さいとき、たまに行っていたから分かるのだ。

 白ノ森遊園地は白森市にある唯一の遊園地であり、規模感はなかなかのもの、アトラクションも充実と一見週末の行き先には独壇場に見える。


 だけど多くの人が欠点として挙げるのは、その立地である。

 白ノ森遊園地はその莫大な大きさを実現するために、山の近く、中心駅からかなりの距離離れた場所にあるのだ。1日でどちらにも行こうとするのは時間的に厳しく、まず間違いなく普通の人は中心駅の近くの、メビウスなどがある方へ行こうとする。

 実際のところ、今日の僕も1時間半近くの時間をバスに揺られてここまで来ている。


 まあそりゃあ、微妙な集客になるだろう。

 人が入ってないわけじゃないから潰れるとかそういう話は聞かないが。


 バス停から遊園地の入り口までは5分ほど。施設自体は目前に見えているのだが、入り口までは外周を回っていかないといけない。

 僕たちはぐるっと歩いて入場ゲートにまで向かう。

 相変わらずここのテーマカラーは目に優しくない。どの層が好きだというんだ、このセンスの感じない派手色を。


「あれっ? 今日は意外と人いるなあ。なんでだろ?」


 三谷が驚いた声を出す。

 入場ゲートには僕の記憶の2倍弱ぐらいの人が列を作っていた。僕らはおとなしくその最後尾に並ぶ。

 別に元々がそこまで多いわけじゃないから、長時間待つってことはないだろうけど。


 しばらく待っていると、並んだ列は開園時間の8時半になったところで、少しずつ動き始めた。


「まず一番最初何乗るよ? アタシあんまここ来たことないから何が鉄板とかよくわかんないんだけど。行ったことあるって言ってたけどどうなの香奈、与一?」

「ここ来るのなんて久しぶりすぎて覚えてないよ」

「私もだ。全くわからん」


 そこで他愛もない話をしているうちに僕たちの番が回ってきた。三谷が1日券を3枚買って、僕と深路に1枚ずつ渡す。お金は昼飯の時に渡すこととなった。


 三谷はあんまり白ノ森遊園地に来たことがないと言っていたが、その挙動に初めて来た人が醸し出す緊張は微塵も感じられない。当たり前のように僕らの分まで財布を出している。

 こうしてみると、やっぱり三谷はコミュニケーション力の高い人間だ。僕とは違う。


「じゃあ回る順番は適当でいいよな? 前回はアタシ、ジェットコースターから乗ったんだけどそこにしようぜ。あれスゲーんだよなあ」


 だけどこいつは友達だ、紛れもなく僕の。

 ……やめよ。流石にちょっと気持ち悪いわ。


「えーっと……ジェットコースターの受付どこだったっけなあ。……ああそうこっちだこっち! よーし、早く行こうぜ!」


 さっきまでもかなり高めのテンションで話していたが、ここにきて三谷のテンションがぐっと上がる。

 それにしたってテンション高過ぎないか。さっき寝起きって言っていた気がするんだけどこいつ。



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