◇25 特別な週末の金言
そしてなんだかんだと過ぎていった今週も終わり、期末テストが来て、あっという間に次の、次の日曜日がやってきた。そう、三谷と深路と約束した日である。
起きぬけに携帯を確認すると、まだ今は早朝の5時だ。遊園地前のバス停への集合時間は8時。
昨日からやけに目が冴えて、家を出る予定の2時間以上前に起きてしまった。
……楽しみとかそういうわけじゃない。
いつもだったら週末は昼過ぎまで寝ている。先週と今週と……あと来週もだった、とにかく週末こんなに忙しいのが久しぶりなんだ。引っ越しの時以来だろうか。それで生活リズムが狂ってる。
だからかは分からないけれど、目は冴えているのに眠気がすごい。
2度寝したら結局ベッドの上で1時間唸りながら、12時ぐらいまで寝過ごす、そんな体調だと言えば分かってくれるだろうか。
眠気を紛らわそうと大きく伸びをして、それから部屋のドアを開け、階段を下りてリビングに向かった。
階段を静かに降りていくと、こんな早い時間にも関わらずリビングには先客がいた。
新聞を広げた叔父さんは机に座りながらコーヒーを啜っている。広夢はヘッドホンを付けて誰かと話しながら、テレビの前でゲームをしていた。
どこかで見たことがあるな……あれは確か1週間ぐらい前にスマホの広告で見た新作だった気がする。侍が輪廻転生してどうたらこうたらみたいな高難易度を謳っていた感じの。
知らないうちに買っていたんだろうか。
というかなんだ、もうみんな起きてたのか。
叔父さんがいるのは珍しくないんだろうけど、広夢まで起きているのは驚きだ。
『ごめん。一旦終わり』
広夢は僕が2階から降りてきたのを見て、今までやっていたゲームの電源を消した。僕の横を通り過ぎて上の部屋へと戻ろうとする。
その時に、先週メビウスで天笠が言っていたことをふと思い出した。
「おはよう」
唐突な挨拶に、広夢はびくりと背を震わせた。
思わずといった調子でゆっくりと顔をこちらに向けた。
久しぶりに、顔を正面から見た。ゲームで興奮していたのか少し赤くなっている。
「……」
ち、沈黙されると次の言葉が出てこない。
「あっ、あのゲームって新しい奴だよね。いつ買ったの?」
「……」
「僕も昔ゲームやってた時は上手くて、あの手のゲームでタイムアタックしたりさ。今はその、あ――」
広夢は醒めた視線を向けて何も言わずに踵を返し、階段を上って部屋のドアをバタンと閉めた。
自分でハッとする。何を言ってるんだろう、僕。
気まずい僕がその方向を見つめていると、コーヒーを啜っていた叔父さんがテレビのリモコンで真っ黒の画面からニュースへと切り替える。
「与一おはよう」
「……おはよう叔父さん」
起きているのが珍しくないとは言ったけど、僕が朝叔父さんと会うのは珍しいのだ。平日はいつも仕事で朝早くいなくなってるし、休日は僕が起きてない。
久しぶりに見た叔父さんの顔はどこか疲れているようにも見え、頭の中に思い浮かぶ顔より少し老け込んだかな、と思った。
それでもいつも通り、笑顔だ。怒ったところなんて見たことがない。本人曰く「気持ちが顔に出やすいタイプ」らしいのだが、僕には一向に読み取れない。逆に分かる人がいるなら教えて欲しい。
「最近朝早いね。用事でもあるの?」
「うん。ちょっと友達に誘われてる。西白森に行ってくるよ」
やっぱりなんか口に出すと恥ずかしいな。別に変なことを言っているわけじゃないのに、学校の連中とかはよく普通に話してるな。
「友達って言うとあれかな? この前家まで来ていた、あの――」
「そうそう。深路と三谷」
「大丈夫?」
「うん。ちょっと早く目が覚めちゃっただけだよ。時間は余裕」
心配される心当たりが多すぎて思い付きで返答した。そりゃいつもなら寝てるから超眠いし、友達も少ないし、最近まで重度の体調不良ですけども。……心配かけてごめんよ叔父さん。
「私はもうそろそろ出るから。与一、広夢は居ると思うけど一応戸締りよろしくね」
「わかった。僕は晩飯までには帰ってくると思うけど叔父さんは?」
「……ごめん今日も凄く遅くなっちゃいそうだ。ご飯は先に食べておいていいよ」
帰りがいつも遅いのは、その職業と活動に原因がある。
叔父さんは白森では有名なデザイン関係の大企業に勤めていて、それに加えてなんと自分でも色々なアート作品を作るらしい。聞けばこの前の現代アート展にも作品があったとか。
この家に転がり込んでいる立場の僕としては、何か率先して夕飯を広夢に作るとかしたほうがいいのかな、とか思いもする。広夢は1人でインスタント食品を食べてさっさと自分の部屋に戻ってしまうのだが。
まあ多分顔を合わせるのが嫌なのだろう。だから結局僕も適当なものを買ってきて食べるだけになっている。
「今日一緒に行くやつさ、最近突然絵を描きたいなんて言い出したんだよ」
「へえ、私としては喜ばしいことだね。興味持ってくれる人が増えることはさ」
「僕と深路ともっと仲良くなりたいんだってさ」
「すごくいい動機じゃないか。与一は描かないのかい?」
「……あー、分かんない。もしかしたら」
「すっごくいいじゃん!」
少しの間は叔父さんと他愛のない会話をしていた。楽しそうな叔父さんに釣られるように、自然と言葉が紡がれた。流されるだけじゃない僕の特別って、案外と珍しくないのかもしれない。
やがてすぐに彼が家を出ると、やることもなくボーっとテレビのニュースを眺めて朝食のパンを齧っていた。
チャンネルをこの地域のローカル局に回すと、最近相次いで発見された白森の不審死体についても報道があった。それによると被害者に共通点は見つからず、同一人物の犯行の線は薄いらしい。
這い上がる冷気。思い出しかけたあの構図を、強く瞬きをしてかき消す。
僕個人としてその報道に対して言いたいことは、……やっぱり何もない。
(……僕には全く関係ないんだ、こんなこと)
テレビを消す。そしてその上にかかっている時計を見た。
……そろそろ準備しよう。
寝間着から私服に着替えた僕は、今日持っていくものを確認する。
財布。携帯。
そして。
(……これも)
手の中にはあの音楽プレイヤー。
曲は相変わらず背中を押すような不思議な良さを秘めている。だからだろうか。
目立つからもう汚れは落としたが、最近は外出するときに持っていないと落ち着かないほどになっていた。
自分で自分が分からない。
こんなこと、矛盾以外の何物でもないのに。
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