◇19 誰も彼もが背後から




 その後は天笠と話しながら登校した。

 3階で別れて教室に入って机に辿り着くまでの間、いたるところで昨日の事件についての会話が聞こえてくる。少々好転した自分の心情なんて汲んでくれるはずもなく、人々の不安と恐怖は学校の中へも浸透していた。


 今まで凶悪事件どころか大した喧騒に巻き込まれることのなかったここ白森の土地で、報道に取り上げられるほどの事件が起きたのだ。しかもその詳細についてよく明らかにされていないときている。


「よっ!」

「……わかったわかった。どうせ三谷も昨日の事件についてだろ?」

「へへー。ま、そりゃ分かるか」


 荷物を机の横に置いて席に座ると、三谷がこっちに来た。


「与一はどこまで知ってる?」

「白森で死体が出てきたってことぐらいだ」

「そうそうそう。でさー、その死体なんだけど……実際に結構やばそうな雰囲気らしいんだよな。兄貴とか昨日から全然帰ってきてないぜ」

「流石に大変そうだな。なんか事件のことお前の兄貴から聞いてたりしてないのか?」

「いんや。帰ってきてないって言っただろ? 昨日から全く会ってないよ。すげー色々聞きたい事あっから、次帰ってきたら捕まえて話聞いてみるわ」


 先週も同じような話が出たが、三谷はどこか面白がっているようにも見える。


「お前この前も死体が出たって話の時も興味津々だったけど、そういうの好きなのか? 流石に趣味悪いぞ」

「いやいやそんなわけないだろ。アタシただのやばい奴になっちゃうじゃねーか。死体とか事件そのものじゃなくて……」


 えーっと、これこれこういうの、と言って三谷は自分のスマホを取り出し、何かのページを画面に表示してこちらに見せてくる。

 画面に映っているのは……なんだこのおどろおどろしい画面。その画面のトップには大きく『都市伝説系チャンネル』?と表示されている。そのページの一覧のところには白森の文字が見受けられ、その周りには呪いやら十字架、果てには死の交差点やら不気味な言葉が並べられている。


「都市伝説ねえ……」

「そう! 少し前に動画見てあまりのヘンテコ理論にハマっちゃってさ。今あの事件に関連した話題が割と上がってるんだぜ。例えば……」


 三谷が謎のテンションの高さを見せる。

 僕はこういう話題が嫌いだ。嫌いになった。

 これまでの人生で幽霊やゾンビ、魔法だって経験したことはないが、頭ごなしで馬鹿にしているわけじゃない。むしろ高校生にもなって、と笑う側に立ちたいさ。

 実際はその逆――存在を微塵も疑えなくなってしまったからこそ、寒気がする。世界に、視界に残るナニカが、あらゆる可能性の否定を許さない。

 そもそも自分の見ているものが正しい世界で、非科学的なものは絶対に存在しないと胸を張れる人間がどれだけいるだろうか。世の中の大部分は、自分にとって曖昧なもので支えられているというのに。


「……だけどまあ実際はどうなんだろうな。正直うちの町に、巨大な黒い陰謀! とかあるわけないからなあ」

「それは言えてるな。呪術師も魔法使いもこんなところにはわざわざ来ない」


 僕は「どうせ犯人捕まったら蜘蛛の子散らしてくぞこんな奴ら」とつなげて、カバーを付けずに流線型を誇示するスマホの周りをぐるりと指で囲んだ。あー確かに、と過去のニュースを思い浮かべているのか、三谷は口を開けたまま何もないところを見つめる。


「やっぱり動機は痴情のもつれー、とかなのかねえ。最近の全国ニュースのほうでよく見かけるし。愛し愛され殺し殺され、ってちょっとアタシらにはよくわからない世界だよなあ」


 いやちょっと待てよ。


「お前の彼氏なんてその予備軍筆頭候補だろうが」

「彼氏? ああ英美のことか。……ま、まあ言われてみるとそんな感じもするようなしないような」


 三谷は辺りを不自然にキョロキョロ見回しながら言う。

 実はというか特に驚くべきことでもなく、三谷には彼氏がいる。コミュ力高いし。

 この彼氏――英美というのだが、三谷の中学校の同級生だ。違う高校で直接話したことなんてないが、彼のことはよく知っている。ついでにいえば先日話題にあげていた千代と智久も加えて、中学校の頃は仲良しカルテットだったことも。

 三谷はただでさえ思ったことを川の流れのように話し続ける女であり、こいつの話の三分の一はこの3人に関する話題なのだ。仲良しデスネ。


 そして三谷の話をつなぎ合わせると、英美はかなり変わった人物であることが分かる。去年のクリスマスの話を思い出すと……顔も分からないのに背筋が寒くなる。


「そんなに探さなくたっていないだろここには」

「いやそうなんだけどさ。……そうなんだけどさ」


 思い出してから恐ろしくなるなよ。


「ん? 私を捜してるのか?」

「「!!」」


 背後から、唐突に声が上がって心臓が縮み上がる。

 揃って弾かれたように後ろを振り向き――よく見知った真顔がそこにあった。


「深路ぃお前なあ……やめてくれよぉ……アタシ殺されるのかと思ったってぇ」

「お前はなんでいつも気配を消してから出てくんだよ!」


 いつも通りの表情が頭に来るほど間抜けに見えて、語気が強くなる。反応が想定外だったのか、深路は「私か!? 私が悪いのか?」と見事にうろたえだした。

 三谷によると目立つ人間らしいが、それにしては存在感が薄すぎないか。

 ……そして相変わらず自分勝手なくせに打たれ弱い奴だ。いつもの傍若無人、鉄仮面ぶりはどこへやら、いきなり責められたから、小さく重く、ズーンとへこんでやがる。


「ごめん香奈。英美の話してたからちょっと過敏になってた」


 僕が……怒鳴りすぎたか? と少し焦る頃にはすでに三谷が動揺しながらもフォローを入れていた。

 ああもう。


「驚かすからこっちもびっくりしただけだっつーの。めんどくせー奴だな」


 同じようなことを言おうとしたつもりが、なぜか悪態のようになった。これがコミュ力の差ってことか?

 そんな様子を見てかどうかは知らないが、三谷は心臓のところに手を当てて長めの息を吐く。ようやく落ち着いてきたらしい。


「そうか、そうだよな。こんな場所に英美がいるわけないよなー」

「英美ならさっきそこにいたぞ? ほら後ろ」


 は? と首がねじ切れんばかりの勢いで三谷が後ろを振り向く。もちろんのごとく後ろに英美などいない。

 深路のほうを見ると、顔にしてやったりとでも書いていそうなほどあからさまに鼻を高くしている。隠すつもりもないらしい。いや無意識かもなこいつの場合。

 どっちでもいいけど、三谷には相当な恐怖だったようで。


「……なあおい深路? アタシそんーなに悪いことしたかぁ? 英美がやべーこと知ってるのにそりゃないぜ深路よう……」

「お……おい? 私も英美は知っているが、そこまで悲壮感を漂わせるほどだったのか? そ、それはすまなかった。軽率だったよ」


 今にも膝から崩れ落ちそうな勢いの三谷に、今度は深路のほうがまたオロオロしだす。

 それさっきも見たぞ。まさか無限ループか?


 分かりやすく焦った顔になる深路の顔を眺め――ん?


 こうやって直視すると、天笠と似ている気がする。

 今朝見た顔と顔を重ねて……うん、やっぱり。


 深路が悪いわけじゃないけど、答えがここまで近くにいるとなんかスッキリしない。逆に気づかない僕は大丈夫なんだろうか。


「深路、お前今姉妹とか居たりする?」

「いるわけないだろ」


 あまりに過ぎてぶつ切りで聞いたのに、一縷の望みも残らない。

 ですよね。イカれてるのは僕だ。


 じっと見続けて眉間に皺寄せていたからか、深路な怪訝な顔で首を傾げたので慌てて目線を逸らす。

 詳しく言うようなことでもない、と心の中にしまって、しっかりと三谷への追い打ちに加わった。



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