第29話 盛り場のワルツ

 目的地である『フメフの館』がある第一西地区5丁目には、冒険者ギルドを出発してから1時間ほどで着いた。私もミックもクリーンの土地勘がないため、思ったよりも時間がかかってしまった。


 そしてこの街、第一西地区5丁目は、俗に言う歓楽街だった。そういう店がそこら中に建ち並んでいて、客引きのような人もいた。


「お兄さん! うちどうですか? お安くしときますよ!」と何度も話しかけられたが、「他に用事があるから。すまない」と言って断り続けた。この世界にもこういうのはあるんだなと感心してしまった。


 また、ミックが「依頼は後回しにして店に入らないか?」と言って、唐突に店に入ろうとしたので、「今は勘弁してくれ…すまない…」と言って、必死に引き止めた。


 紆余曲折ありつつ、何とかフメフの館に到着した。


 フメフの館の外観は、一般的な二階建ての建物に控えめな看板をつけただけの、非常にシンプルなものだった。宣伝なんてしなくとも客は来るということなのだろうか。


 ちなみに、肝心の作戦は、支配人が出てくるまでは客のふりをして、支配人が出てきたら捕縛するというものだ。とてもシンプルかつ効率のよい作戦だと思う。


 私とミックは、満を持してフメフの館のドアを開けた。


「いらっしゃいませ。お気に召した子がいましたら、何なりと申してくださいませ」黒いタキシードを着たちょび髭の老人の店員がそう言ってきた。


  私は咳払いをして、「分かった。じっくり見させてもらうよ」と言った。悪党を演じるために、ドスの効いた低い声で話した。我ながら様になっていると思う。


 店内には20を超える数の檻があり、その中に奴隷たちが入れられていた。奴隷は若い女性がほとんどで、薄い布切れのような貧相な服を着せられていた。今すぐ逃げ出したくなるような、かなりしんどい空間だった。


 そんな気持ちを押し殺して、しばらくの間店内を見て回った。ひとしきり見終わると、私はミックに「どの子にするよ? 俺はもう決まったぜ」と言った。もちろん演技である。


 ミックが檻を指差しながら「俺はこいつにしようかな」と言った。言うまでもなく、もちろん演技である。


「お決まりになりましたか? お二方」私たちの話を聞いていた店員が、落ち着いた口調でそう言ってきた。


「はい。俺はこの子で」「俺はこの子で」私とミックがそれぞれ答えた。


 ちなみに、私は金髪の少女を選んで、ミックは猫耳で黒髪の少女を選んでいた。ミックの方は知らないが、私は適当に選んだ。


 店員が紙とペンを取り出して、「では商談といきましょうか」と言った。


 私はそれに続いて、「その前に、支配人に会わせてほしい。商談はそれからだ」と言った。流石に大胆すぎたかもしれない。言った後に少し後悔した。


 店員は数秒置いて「支配人…支配人ですか…ここの支配人はこの私、フメフ・マルシーノでございます」と言った。


 結果的に、私たちの正体もバレなかったし、支配人と会うことにも成功した。ビンゴだ。


 私はミックとアイコンタクトをして、フメフの両腕を掴んだ。そして、ミックは即座にフメフの背中に回って、羽交締めにした。それを受けてフメフは、焦った様子で「お、お客様!? 何をされますか! 私に何か不備でもございましたか!?」と言っていた。


 ミックが、フメフをうつ伏せにして押さえつけながら「不備しかねぇよ! この誘拐野郎が!」と言った。


 それを聞いたフメフは血相を変えて、「貴様ら! どこの差し金だ!」と言った。


 私は少し気取って「俺たちはしがない冒険者だよ」と言った。


「ぼ、冒険者ごときが私を敵に回しても大丈夫なのか…? こっちは狼虎組お抱えだぞ? いつか後悔するぞ!?」


 ミックはそんな脅しに全く怯まずに「何が冒険者ごときだ! こちとら調査院お抱えのSランク冒険者ミック様だぞ。観念するんだな」と言った。


 続けてミックは私に、「審判院の人を連れてきてくれないか? こいつを引きずって街を歩くわけにもいかないだろ?」と言ってきた。


 確かにミックの言う通りだ。私はフメフの館から出て、近くにいた審判院の人を2人連れて帰ってきた。5分ほどの作業だった。帰ってきた頃には、フメフもすっかり観念している様子だった。


「フメフ・マルシーノ。誘拐の疑いで、署まで来てもらう」審判院の人がそう言って、フメフの身柄をミックから譲り受けた。


 そして、フメフは連れられていった。「覚えてろよ!」という、悪党のお決まりの捨て台詞すら言えないほど、疲れ切っている様子だった。


「助けてくれて本当にありがとう!」フメフを見届けていると、どこからかそんな声が聞こえてきた。多分、檻の中の誰かが言ったのだろう。


 それに続いて、他のさっきまで奴隷だった人たちも私たちにお礼を言い始めた。悪い気はしない。


 私はみんなに聞こえるように大きい声で「それで、君たちの中に誘拐されてここに来たって人は何人いるかな? もし誘拐じゃなかったら冤罪になってしまうわけだけど…」と呼びかけたら、9割の人が手を挙げた。つまり、フメフの館は完全な黒だったということだ。


「じゃあ、一件落着みたいだし、俺たちはもうギルドに帰ろうぜ。この子たちのことも審判院が何とかしてくれるだろう」ミックがそう言ってきた。


「そうだな。じゃあ帰ろう。みんなもお元気で」


 私とミックはみんなに手を振りながら、フメフの館を後にした。


 後日談なのだが、フメフは無事有罪で逮捕され、フメフの館もなくなったらしい。そこにいた子たちのその後については聞いていないが、何とかやれているだろう。


 そして、フメフは今巷を騒がしている犯罪組織"狼虎組"の幹部だったらしい。つまり、あの脅しはハッタリなんかじゃなかったということだ。審判院の人は「あなたたちの情報は組織には届いていないと思うので、報復などはおそらくないでしょう」と言っていたが、少し心配だ。

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