第28話 海の見える街

 荷馬車一行はブルースの街中を西へと走り、30分もすれば、どこまでも続きそうな平原の道に出た。


 そんな相変わらず変わり映えのしない道を5日間移動した。目に入ってくる風景のほとんどが、山か村か小さな町だった。


 そして6日目の朝。とてつもなく懐かしい匂いがして目が覚めた。おもむろに立ち上がって、寝ぼけた目を擦りながら、何となく窓から外を見た。


 その景色を見るや否や、ハッと目が覚めて、匂いの元が何だったのかも完全に理解した。


 窓の外には、太陽に照らされてキラキラと輝いている海があった。荷馬車は海のすぐそばの道を走っていた。


 そして、海岸線沿いに、洋風な城がある大きな街が見えた。遠くから見ても分かるくらい綺麗な街並みで、白い壁に煉瓦屋根の建物が建ち並んでいた。ここが王都クリーンなのだろう。


 潮風に吹かれながらそんな風景を眺めていると、遠い日に聴いた優雅なクラシックが頭の中で流れ始めた。


 それから20分ほどでクリーンの街に入り、そこからさらに20分ほどで、目的地である、城の近くにあるホテルに着いた。三院会議の関係者は無償でこのホテルに宿泊できるらしい。ホテルというよりは、西洋の古い屋敷のような見た目をしていた。


 ホテルのロビーで、ルルシエルが「昌彦とミックは304号室を使ってね」と言ってきた。


「2人部屋なのかよ…まあ、別にいいけどさ」ミックが落胆した様子でそう言った。


 私とミックは、ルルシエルから部屋の鍵をもらって、早速部屋に向かった。


 部屋は、いかにも高級そうな家具や壁紙などで構成されていて、キングサイズのベッドが二つあった。それを見たミックが「これが国の重要人物への待遇か…」と呆れ混じりに感激していた。私も似たようなことを思った。


「それで、三院会議まであと3日くらいあるわけだけど、その3日間はどうやってすごすんだ?」窓から外を眺めている私に、ミックがそう訊いてきた。


「そうだな…正直に言うと、観光したいって気分でもないんだよな。もうホテルに着くまでで満足というか…」


 それを聞いたミックは、驚いた様子で「奇遇だな。俺もそう思っていたところだ」と言った。


「でも、どうするんだ? ずっとホテルに籠っているわけにもいかないし…」私は困った様子でそう言った。


「そうだな…冒険者なんだから、やっぱり"あれ"しかないんじゃないか?」


「あれ? あれって…ああ。もしかして狩りのことか?」


「当たりだ! 察しがいいな。やっぱり俺たちには狩りしかないだろう!」


「確かに一理あるな…よし、じゃあ取り敢えずギルドに行ってみよう」


 ミックが親指を立てて、「そうこなくっちゃな!」と言った。


 それから、私とミックは冒険者ギルド・クリーン支部へ向かった。ホテルからは20分ほどで着いた。他の建物は優雅で綺麗なのに対し、ギルドは相変わらず木造で小汚かった。


 ギルドの喧騒を潜り抜けて、依頼ボードの前までやってきた。依頼ボードには例に漏れず沢山の依頼が貼り出されていた。何かよい依頼はないかなと思って眺めていると、少し風変わりな依頼が目に止まった。


 その依頼の内容はこうだった。


【悪徳奴隷市場壊滅依頼】


 報酬金・100000ゼニー


 危険度・Dランク以上


 第一西地区5丁目にある奴隷市場『フメフの館』の支配人を捕まえて、審判院に突き出してほしい。奴は街の孤児を誘拐して儲けている。市場は夜の9時から4時の間しか開いてないから、その時間に潜入するように。


 私はこの依頼を指差して、「これは一体何なんだ? ブルースじゃ見かけない依頼だが」とミックに訊いた。


「王都は見た目が綺麗な割には、ブルースとかに比べて人が多くて治安も悪いからこんな依頼もあるのか…」


「冒険者ってこんなこともするんだな…そもそも奴隷なんて買う奴いるのか?」


「さあな。俺の周りにはいないぜ。家がでかい金持ちとか、物好きな奴とかが買うんじゃないのか? なあ。慈善活動としてこの依頼を受けないか?」


「別に俺は受けても構わないんだが、これって審判院の仕事じゃないのか?」


「あまり詳しくは知らないんだが、審判院は完全に犯罪と分かりきっていないことには介入できないらしい」


「よく分からないが、民事不介入ってやつか? まあいい。それじゃあこれを受けよう」


 私とミックはその依頼を受けた。そして、依頼に書かれていることに従って、夜の9時まで時間を潰すことにした。


 街を散歩したり、ギルドで他の冒険者と交流したりしていると、あっという間に時間が過ぎた。


 ミックがギルドの中の時計を指差しながら「昌彦。ついに9時が来たぜ」と言ってきた。


「ああ。じゃあ、準備はできてるか?」


「昌彦よ。俺たちはいつもモンスターと戦ってるんだぜ? 人間相手になんて準備がいるかよ」


「それもそうだな。一応、剣は使わないでくれ。怪我させたら、こっちが悪になるからな」


「もちろん分かっているさ。戦うことになった場合、素手でいかしてもらう」


 私とミックは、奴隷市場フメフの館を目指して夜の街を歩き始めた。

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