第26話 意外な来客

 Aランクに昇格してから1ヶ月が経った。カノンが予想していた通り、Aランクモンスターにも苦戦することなく、至って平凡で順調な毎日を過ごしていた。


 そんなある日の午後2時頃、私の部屋のドアがノックされた。


 自分の部屋に人が訪ねてくるということに、前よりも慣れてきていた私は、慣れた足取りでドアの前まで歩き、慣れた手つきでノブを握って、ドアを開けた。


 そこにいた人物は、完全に予想外だった。


「久しぶりね。元気してた?」ルルシエルがそう言った。


「…帰ってたのか。それで、なぜ俺の家を知ってるんだ?」


「あら、前に教えてくれたじゃない。とにかく、目立つからさっさと中に入れてもらえないかしら?」


 会話の内容に強いデジャブを感じながらも「ああ…どうぞ、入ってくれ」と言って、ルルシエルを部屋に入れた。


 ルルシエルが部屋を見回しながら「意外と綺麗な部屋なのね」と言った。


「部屋が綺麗なのが予想外なのか…それで、わざわざここに来た要件は何なんだ?」


「まあ、朝刊にも載ってるから知ってると思うけど、ローズ雪山の調査は見事成功したわ。それで昨日帰ってきた。まだ向こうに残って詳しい調査を続けてる人もいるけどね」


「そうなのか。おめでとう。朝刊は見てないから知らなかったよ」


「本当にめでたいわ。今回の調査の成功によって多額のお金が調査院に入って、そのお金で腕の立つ冒険者を継続的に雇える。調査院やブルースの未来は明るくなったわ。本当に、あなたやティカやミックには感謝してる。感謝してもしきれないほどにね」


「ブルース市民として嬉しいね。それは」


 ルルシエルの話を聞いていると、(もしかすると、私はかなりの偉業を成し遂げたのではないか?)と思えてきた。いや、きっとそうなのだろう。国営組織の復興の一翼を担うというのは、かなりすごいはずだ。そう考えると、少し誇らしい気持ちになった。


「それで、ここに来た理由なんだけどね。調査院の本部で、調査の成功を祝った式典をやることになったのよ。あなたも来る?」ルルシエルがそう訊いてきた。


「それって、冒険者なんかが行ってもいいやつなのか? いくら活躍したとはいえ」


「もちろん大丈夫よ。というか、あなたがダメなら、私だって参加できないわ」


「それならいいんだ。それで、その式典はいつあるんだ?」


「今日の15時からよ」


「もうすぐじゃないか…事前に伝えてほしかったよ」と呆れた様子で言った。


「仕方ないじゃない。こっちも帰ってきたばかりで忙しいのよ。じゃあ、今から一緒に行きましょ」


 それから、調査院本部に行くことにした。1階まで降りていくと、いつもは態度が悪い大家さんがルルシエルに礼儀正しく挨拶をしていた。


 宿の前には、調査院の荷馬車が停められていた。ルルシエルほどの人物が白昼堂々人混みの中を歩くと、騒ぎが起こってしまうのだろう。少し生きづらそうだ。


 荷馬車に乗って移動したので、調査院本部には10分も経たずに到着した。


 ルルシエルに案内されて歩くと、式典の会場に着いた。会場には、すでに調査の関係者数十名が集まっていた。式典と聞いて勝手にお堅いものだと想像していたのだが、想像とは違って、パーティーのような雰囲気だった。


 ルルシエルや調査院幹部たちが祝辞を読んでから、式典が始まった。会場にある食べ物は食べ放題ならしいので、どんなものがあるのか見て回っていたそのとき、馴染みのある声で話しかけられた。


「おお! 誰かと思ったら昌彦じゃないか! 来てると思ってたぜ」ミックが、ワインを飲みつつそう言ってきた。


 私は、お手本のように驚いた後「ミック! 何でブルースにいるんだ? ドレイアからはかなり遠いはずだが」と言った。


「ルルシエルさんがローズ雪山の帰りにドレイアに寄ったとき、式典の話とかを聞かされてな。そんなのがあると聞かされたなら参加したいじゃないか! だから、帰りの荷馬車に一緒に乗ってきた」


「お前…自由すぎないか? 仲間にはどう言ったんだよ…」


「自由なのが冒険者ってもんだろうよ! 仲間にはしっかりと、『2ヶ月くらい休む』って言っておいた」


「まあ、それならいいんだ」


「そいえば、ティカは来てないのか?」ミックが辺りを見回しながらそう訊いてきた。


「そうだな…来てないみたいだ」私も辺りを見回しながらそう言った。


「そうか…まあ、また会えばいいか」


「ああ。とにかく今は楽しもう!」私はグラスを掲げて、そう言った。


「そうだな! 乾杯!」ミックが、自分のグラスを私のグラスに当てた。


 式典が始まって1時間が経った頃、何やら、ルルシエルとその周りがざわざわしていることに気づいた。


 私はルルシエルの方を指差しながら「おい。あれは何事なんだ?」とミックに尋ねた。


「さあ。分からないな。大したことじゃないと思うけど…気になるし、行ってみるか」


 私とミックはルルシエルがいる方へ移動した。


「ルルシエル。落ち着かない様子だけど、一体何事なんだ?」私はそう訊いた。


「ああ。昌彦にミック…いや、大したことじゃないんだけどね…あの"レイラ・バレンタイン"が来たみたいなのよ…」ルルシエルが困った様子でそう言った。


 その人物が誰なのかが分からず呆然としていると、隣にいるミックが驚いた様子で「本当か!? あのレイラがここに来てるのか?」と言った。そんなにすごい人物なのだろうか。


「信じられないけど本当よ。用事があってブルースに来てるみたい。会議室に通してあるわ。今から私は会いに行くけど…よかったら一緒に行く?」


「できるならそうさせてもらいたい。昌彦。お前も行くよな?」とミックが言った。


 断れる雰囲気じゃなかったので「そ、それなら俺も行こうかな」と言った。


 会議室に移動している途中、私は「それで、レイラって一体誰なんだ?」と訊いた。


 ルルシエルが呆れた様子で「昌彦…審判院代表の名前も知らないの? いくら何でも…」と言ってきた。


 ミックも呆れた様子で「レイラ・バレンタインの名を知らないなんて、冒険者失格だぞ」と言ってきた。


 それほどの有名人を知らなかった自分が恥ずかしく思えた。


 会議室の前に着いた。ルルシエルがドアをノックして「開けるわよ…!」と言って、ついにドアを開けた。


 会議室の奥の椅子に、審判院の黒い制服を着た、レイラと思われる人物が座っていた。黒く艶やかな長い髪に、すらりとしたスタイル、端正な顔立ち。どこをとっても、魅力的に感じれる。そんな女性だった。


 レイラは、私たち3人が部屋に入ったことに気づくと、椅子から立ち上がって、「お邪魔している。審判院代表のレイラ・バレンタインという。よろしく頼む」と言った。

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