第23話 昇格試練1

 ローズ雪山から帰ってきて6日が経った。帰ってきてからの1週間は休日としていたため、家でダラダラと本を読んだり、街で買い物をしたりして過ごしていた。


 そんなわけで今日も休日だ。特にやることもなかったため、朝食を食べた後は何となくバッグの中の手入れをしていた。そのとき、私の部屋のドアがノックされた。誰だろうかと考えつつ、ノブを回してドアを開けた。


「おはよう。手紙が届いてたぜ」


 ドアを叩いたのは大家さんだった。この宿だけなのかもしれないが、日本と違って、手紙などの配達物は大家さんが直接手渡ししてくる。ポストを確認しなくてもよいのは楽なのでありがたい。


「ありがとうございます」私はそう言って、手紙を受け取った。


 私に手紙を渡すと、大家さんは怠そうに帰っていった。


 そして、早速手紙を読んでみることにした。送り主には『冒険者ギルド・ブルース支部』と書かれている。


 それを見たとき、まず第一に、(何かやらかしたか…?)と思った。読むのを少しためらったが、何にしろ読んでみるしかないだろう。


『いつもお疲れ様です。冒険者ギルド・ブルース支部です。普段の仕事ぶりが評価されたため、ランクの昇格試練を受けることが認められました。合格するとAランクになります。詳しくはギルドの受付にてお尋ねください』


 手紙にはこう書かれていた。思いの外良いニュースだった。今日も休日ではあるが、早速支度をして冒険者ギルドに行くことにした。


 宿を出て20分ほどでギルドに到着した。そういえば、ギルドに来るのは約1ヶ月ぶりだ。相変わらずの騒がしさにも、どこか懐かしさを感じた。


 私は、受付にいるいつもの受付嬢に「おはようございます。お久しぶりです」と言った。


「おお! 昌彦さん! お久しぶりです。帰ってきてたんですね! ローズ雪山はどうでしたか?」


「寒かったけど、とても綺麗な所でしたよ。依頼の方は思ったよりも簡単でした」


「いいですね! 私も行ってみたいな。それで、今日来た理由はやはり手紙のことですか?」受付嬢が上目遣いでそう訊いてきた。


「そうです! 察しがいいですね。それで、昇格試練ってのはどういうことなんですか?」


「昇格試練では、同じランクの昇格試練を受けようとしている冒険者と、2人1組で狩りに行ってもらいます。狩るモンスターはこちらで指定します。見事狩れたらランク昇格となります。ちなみに、どちらかが死んだら失格となりますので注意してください」受付嬢が流暢に説明してくれた。


「ありがとうございます。それで、その試練の相方は自分で見つけないといけないんですか?」


「いいえ。試練の相方はこちらが割り当てます。ちょうどAランクへの昇格試練を受けようとしている方がいますので、その方と今から行ってもらいます」


「それはありがたいです。よろしくお願いします」


 受付嬢は、その試練の相方とやらを呼びに行った。そして、待つ間もなくすぐに連れてきた。すぐ近くにいたのだろう。


「昌彦さん。こちらの方が、昇格試練の相方のカノンさんです」受付嬢がそう言って、カノンを紹介してきた。


 受付嬢は私にカノンを紹介すると、そそくさと受付の方へ戻っていった。


 カノンは白衣のような長い丈の服を着ていて、肩まで伸びる暗い赤色の髪が印象的だった。年齢は10代後半か20くらいだろうか。明るそうな見た目の女の子だ。


「よろしく。昌彦と申します」私は笑顔で挨拶をした。


「初めまして昌彦さん! よろしくお願いします!」カノンはそう言って、勢いよくお辞儀をした。すると、背負っていたバッグの中身が、床に向かって勢いよく雪崩れ落ちた。


 こんな、アニメか漫画でしかなさそうな光景を現実で目にしたのは生まれて初めてだった。


「わわっー! すいません!」カノンはそう言いながら、落ちた中身を焦った様子で拾い始めた。


「またいつものか」周りにいる冒険者たちが口々にそんなことを言いながら、呆れたように笑っていた。


 目の前の風変わりな光景に数秒間呆気を取られていたが、今自分が置かれている状況をやっと理解した。そして、私は何も言わずにしゃがんで、落ちた物を拾い始めた。初対面の相手の失敗を何もせずに眺めているわけにもいかないだろう。


 カノンが焦ったような声で「ありがとうございますっ!」と言ってきた。白く艶やかな顔をほのかに赤らめていて、正に恥をかいたというような様子だった。


 カノンのバッグから落ちた物は、瓶に入った様々な色のエキスだか薬ばかりだった。これが何なのかは分からないが、とにかく割れてなくてよかった。


 全てを拾い終わってバッグにしまったところで、カノンが申し訳なさそうに「すいません…私がドジなばかりに…」と言ってきた。


「別に構わないよ。誰にでも失敗はあるからな」


「すごいです…昌彦さんは優しい人ですね!」


「それはありがとう。改めてよろしく」


「はい! よろしくお願いします!」カノンは元気にそう言った。


 カノンと話していると、可愛らしい孫娘と話しているような気分になった。ちなみに、日本で暮らしていた頃の孫は全員男だった。


 受付嬢がわざとらしく咳払いをして、「…では、昇格試練として狩ってもらうモンスターについて説明します」と言った。私とカノンは会話を中断して、受付嬢の方に向いた。


 受付嬢は続けて「今回狩ってもらうモンスターは、ブルース大森林に生息している血塗れの竜です」と言った。


「えっ!? ええっ!? 血塗れの竜ですか!?」私が(また血塗れの竜か…)とため息をついてる隣で、カノンが焦った様子でそう言った。相変わらず落ち着きのない子だ。


 受付嬢が、カノンをなだめるように「そんなに危くないですよ。まだ完全体ではありませんから」と言った。


 私は「完全体って何ですか?」と訊いた。


「血塗れの竜は、その名の通り、戦いや捕食による返り血で体色が赤くなればなるほど強くなります。厳しい野生を生き抜いた個体ですからね。今回の標的となる個体は本来の体色がそれなりに残っているので、危険度は比較的低めです」


 その話を聞いたカノンが、項垂れながら「それでも危険なものは危険ですよぉ〜」と言った。


 受付嬢が呆れた様子で「なら、昇格試練を辞退しますか?」と言った。


「いや、そ、それは……もう! 行きますよ! じゃあ行きましょう昌彦さん! 行ってきます!」そう言ってカノンは、強引に私の手を引いて冒険者ギルドの外に出た。


「頑張ってくださいね〜!」受付嬢がそう言っているのが微かに聞こえてきた。

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