第21話 幻
「どうしたものか…」夕暮れ時の雪山で1人、そう呟いた。
こうなったのは突然のことだった。さっきまではみんなと一緒に話しながら帰っていたのだ。どうしてこうなったのかと考えても、答えなんて皆目見当がつかない。
しかし、山でのこういう出来事と考えると、大雑把だが予想はついた。それは、私以外が神隠しに遭ったか、私が神隠しに遭ったかのどちらかということだ。
生前、日本で暮らしていた頃も、山での神隠しという話は時々耳にしていた。山と神隠しというのは、切っても切り離せない関係にあるのではと思う。
とは言ったものの、これもかなり浅はかな考えというか…本当に「どうしたものか…」としか言いようがない事態だということだけは確かである。
今のところは天気もいいし、調査拠点もここからならそんなに遠くない。ということで、雪山を下ってみることにした。
雪山を下り始めて10分が経ったが、吹雪に見舞われて幽霊に襲われたりなんてこともなく、着実に麓に近づいていた。
しかし、一つ気がかりなことがある。さっきからずっと背中に視線を感じるのだ。でも振り向いても誰もいない。モンスターにしては隠れるのが上手すぎるから、ティカとかミックたちなんじゃないかと思っている。
要は、この事態の正体はあいつらのイタズラだったというわけだ。にしては用意周到すぎる気もするが、それ以外ありえない。魔法なんてものが存在している時点でこんなことは容易なのだろう。私は、あいつらのイタズラに乗ってあげているのだ。
「おい。もうそろそろ出てきてもいいんじゃないか?」少ししつこいなと思った私は、大きい声でそう言いながら後ろを振り返った。
そのとき、ついにそれと目が合った。しかし、目を合わせたいような相手ではなかった。
そこにいたのは、ティカでもミックでもなかったし、臆病な小型モンスターでもなかった。私が目を合わせている相手は、8メートルを超える巨体を持つ、深緑色の竜だった。
しかし、火炎竜などとは違って、かっこいいと思えるような感じではなかった。ギョロリとした目でこちらを見ながら、口元はニタニタ笑っているようで、その見た目はかなり不気味だった。体によくなさそうな色のもやを身に纏っていた。
10秒ほどその竜と見つめ合っていた。襲ってくる素振りこそ見せないが、いつ食ってやろうかとでも言いたげな目でじっと私を見ている。気づいたときには私は銃を構えていた。
「スキル。毒弾」様子見として毒弾を使うことにした。
「パァン!」頭を狙って引き金を引いた。
相手は全く動いていなかったためしっかりと頭に当てれたはずだが、全く効いている素振りは見せなかった。
しかし、私に攻撃されたということには気づいたのか、やっと動いて戦闘体勢に入った。
私は、(このままではまずい。あれを使うしかないな)と思い、覚悟を決めて「スキル! 凶牙弾!」と言った。ついにこれを使うときが来た。
「パァン!」少し後ろに下がりつつ、引き金を引いた。弾丸は竜の胴体を貫いた。
凶牙弾を撃ったそのとき、体から血の気が引いていくような感覚を覚えた。『凶牙弾は使用者の生命力を糧とする』という私の予想は、残念ながら当たりだったようだ。
そんな凶牙弾の一撃は、流石にこの謎の竜にも効いたようだった。謎の竜は傷口を庇いつつ、鬼の形相で私を睨みつけてきた。
「もう1発いくぞ!」気合いを入れるためにそう言ったそのとき、気づいたら私は調査拠点のベッドで横になっていた。開け放たれた窓からは、午後の眩しい太陽が差し込んでいた。
一瞬、わけが分からず戸惑った。雪山で戦っていたはずだが、なぜここにいる? いや、よく考えてみると今の状況はかなり分かりやすい。
結論から言うと、さっきのは夢だ。思い返してみると、頬をつねるというお決まりの行動もしていなかった。夢に違いない。きっと、雪山を下山している道中で眠ってしまったのだろう。
「痛ッ!!」そのとき、左腕に突然走った激痛に思わず声を上げてしまった。
一体何がどうしたんだと思い、恐る恐る左腕の袖をまくった。
そこには、3センチくらいの大きさのあざがくっきりと現れていた。それの色は、不快なことにさっきの竜の深緑色とそっくりだった。
「はあ…」私はため息をついた。あの雪山での出来事は、少なくとも、夢なんかじゃなかったということだろう。
その後、何気なくティカやミックから直近の私の動向を聞き出した。
どうやら、ローズ雪山で氷獣を狩る依頼は昨日達成していて、その日の夜には祝いのパーティーまでやったそうだ。恐ろしいことに、私もそれには普通に参加していたらしい。言われてみればそんな記憶もあるようなないような…
この不思議な話を誰かに話したくなった私は、その最初の相手をルルシエルに決めた。幸い、今夜は予定がないらしい。
その後、あっという間に夜がきた。私は、約束の時間にルルシエルの自室をノックして入った。この部屋には私とルルシエル以外は誰もいない。
ルルシエルが椅子に座って足を組みながら「それで、話って何よ」と言った。心なしか、先日よりも明るい様子だった。
「そうだな…話せば長くなるんだが…」
そして、私は全てを話した。雪山を下りている道中で神隠しに遭ったこと、不気味な深緑色の竜がいたこと、気がついたら調査拠点のベッドにいたこと、ありのままに全てを話した。
「信じられない話だとは思うが、本当にこの目で見た事実なんだ」話終わった後に、そう付け足した。
ルルシエルは神妙な顔をして「いや、信じられない話でもないわ。私にとっては…ねえ。私も少し長い話をしてもいいかしら?」と言った。
「ああ。もちろん構わない」
「えっとね…」
ルルシエルが話したのは、前のこの山の調査で父親が亡くなったということだった。ラヴァルが前に話していた内容とほとんど同じだった。
「それで、どうしたんだ?」ルルシエルは何かを言うのを渋っている様子だったので、それを言うのを促した。
「そうね…単刀直入に言うと、私の父も生前あなたと同じようなことを話していたのよ。雪山で神隠しに遭って…てね。まだ何も終わってなんかいないのね…」ルルシエルが物憂げな顔でそう言った。
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