第19話 寒空を見上げて

 目が覚めた。時計を見ると、午前5時を指していた。今日は、ローズ雪山に向けて旅立つ日だ。約束の午前7時までには調査院本部に到着しなければならない。


 昨日は帰ってくるなり眠ってしまっていて、準備も何もできていなかったので、急いで旅の荷物を準備した。装備も入っているため、かなりの大荷物になってしまった。それから朝食を食べるとすぐに宿を出て、調査院本部に向かった。


 調査院本部には約束の時間よりも早く到着した。門の前には荷馬車が8台も停まっていて、誰が見ても(これから遠くに行くんだな)ということを思うような外観になっていた。


 荷馬車のチェックをしていたラヴァルが、大荷物を背負っている私を見るなり「おはようございます! 荷物は、あちらの荷馬車に積んでくれても大丈夫ですよ」と言ってきた。


「おはよう。じゃあ、お言葉に甘えて荷物を置かせてもらうよ」私はラヴァルにそう言って、大荷物を荷馬車に積んだ。


 特に手伝えることもなさそうだったので、荷馬車の近くで何をするでもなく突っ立っていると、背後からいきなりティカが話しかけてきた。


「おはよう。旅立ちの朝に相応しい天気だね。あと、寒冷地用の装備はちゃんと買ったかい?」例に漏れず大荷物を背負ったティカがそう言ってきた。


「おはよう。装備はしっかりと昨日買って、もちろん持ってきたよ。それと、荷物はあっちの荷馬車に積んでもいいらしいから、ティカも置いてきたらどうだ?」


「そうだね。ありがとう。行ってくるよ」ティカはそう言って、荷馬車の方に歩いていった。


 荷物を置いて戻ってきたティカと適当な会話をしていると、次第に調査院の関係者も増えてきて、本格的に出発する準備が整っていった。


 そのとき、大通りの人混みの中に、厳つい装備を着た大きな男が背負っている大荷物を揺らしながら走ってくるのが目に入った。


 その男はミックだった。私の前まで走ってきて、息を切らしながら「危ねぇー! 遅れるかと思ったぜ…」と言った。


 私は、疲れて膝に手をついているミックに向かって、冗談混じりに「朝から騒がしいな。走らなくてもよかっただろ。かなり目立ってたぞ」と言った。


「お、おはよう昌彦…まあ間に合ったなら全てよしだ。それと、ティカちゃんもおはよう。今日からはよろしくな」


「ああ。おはようミック。それと、『ティカちゃん』と呼ぶのはやめておくれ…呼び捨てでいい!」ティカが、小っ恥ずかしそうにそう言った。


「そ、そうか。とにかくよろしくな」


 それからは3人で適当な会話を始めた。そして、ミックが到着してから5分が経った頃、少し向こうからルルシエルの声が聞こえてきた。


 私は、こちらに歩いてきたルルシエルに「ついに出発か?」と訊いた。


「おはよう昌彦。それとみんなも。みんな揃ったからそろそろ出発よ。先頭から6番目の荷馬車に乗ってね」


 ルルシエルが言った荷馬車に私とティカとミックは乗り込んだ。その荷馬車は10人は乗れそうな広さをしていたが、私たち3人以外は誰も乗っていなかった。これが高待遇というやつだろうか。


 私たちが荷馬車に乗った数分後、荷馬車は、木が軋む音と車輪の音を立てて走り出した。


 ローズ雪山への道のりはドレイアを経由するらしい。そのため、車窓から見える景色は、この前ドレイアに行ったときと全く同じだった。平原の牧歌的な風景を眺めていると、とても健やかな気分になった。しかし、いくらなんでも流石に見飽きた。


 ブルースを出発して1週間が経った頃、調査隊一行はドレイアに立ち寄った。食糧を買い足すらしい。


 食糧を買い足したらすぐにまた出発するらしかったので、観光などはできなかった。トイレを済ませると、荷馬車の中で出発を待った。


 分厚い本を黙々と読んでいたティカが、突然ミックに「ミックはドレイアで合流すればよかったのでは? わざわざブルースまで来なくてもね」と言った。それは私も薄々思っていたことだった。


 ミックは、自分の装備の手入れをしながら「ちょうどブルースに用事があったんだよ。それ抜きでも、昌彦とティカに再会もできたし、ブルースに行ったのは無駄じゃなかったさ」と答えた。


 私は、銃の手入れをしながら、なんとなく「ミックはそんなに俺とティカに会いたかったのか?」と訊いた。


「当たり前じゃないか。火炎竜の一件の後、ティカとは会えたが、肝心の昌彦には会えなかったというのはかなりもどかしかったんだぞ」


「ミックは誠実なんだね」ティカがそう言った。


 ドレイアに立ち寄ってから1時間も経たずして、ローズ雪山に向けて再出発した。


 ブルースからドレイアまでの道のりでの景色は、平原や山、森林がほとんどだったが、ドレイアからローズ雪山に近づいていくに連れて、車窓から見える景色は、北欧を思わせる針葉樹林や雪が積もった山に変わっていった。


 そして、寒さもドレイアより厳しくなってきた。そのため、ドレイアを出発して1日が経った頃には、私たちは寒冷地用装備に着替えていた。


 ドレイアを出発して6日後の昼下がり、一行はローズ雪山麓にある調査拠点に到着した。調査拠点は、大きな山小屋のような見た目をしていて、暖炉があるおかげで過ごしやすかった。数年前に調査院が造ったらしい。


 部屋は適当でよいらしいので、私とミックとティカは同じ部屋で過ごすことにした。とは言っても、明日の朝には雪山を登らないといけないのだが…


 その日の午後は、装備と持ち物の最終メンテナンスや雪山での動きの確認などをして過ごした。


 その日の夜、食事を兼ねて決起集会が行われた。


 調査隊全員の前に立ったルルシエルが、力強い声で「明日はいよいよ、戦力部隊と冒険者3人がローズ雪山に足を踏み入れる日よ。この因縁の調査は必ず成功させなければならないわ。みんな一丸となって頑張りましょう!」と言った。


「「「オーーッ!!」」」一同が拳を掲げて声を上げた。私もそれに続いた。


 きっと、ルルシエルにとってのローズ雪山の調査の成功というのは、生きてきた理由、人生の命題なのだろう。私にはそういう感覚はよく分からないが、ルルシエルや調査院のためにも成功させなければと思った。


 その後、食事を終えると早々に眠った。


 朝が来た。ありがたいことに、天気は晴れだった。


 澄み渡った寒空の下、ルルシエルをはじめとする調査隊一同に見送られながら、私とティカとミック、調査院戦力部隊の一行は、ローズ雪山を目指して出発した。

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