第18話 スピリッツ・トーク

 会議の後、私とミックは、昼間から開いている酒場を見つけて、入店した。古ぼけた木造の店内には、まだ昼間ということもあってか客の姿はなかった。もちろん全ての席が空いていたが、何となく1番奥の席を選んで座った。


 店員の女の子が、私たちが座るや否や「注文はどうする?」と訊いてきた。


「ブルース・スピリッツを頼む」ミックがそう言った。


「それじゃあ、俺も同じので」普段酒は飲まないため、何がどんな味かとかが分からなかった。そのため、ミックと同じのを頼むことにした。


「少々お待ちください」店員の女の子は、飄々とした様子でそう言うと、厨房の方へ戻っていった。


「まさかこんなところで再開するなんて思ってなかったよ」ミックが、前よりも少し打ち解けた様子でそう言ってきた。


「俺も驚いた。ところで、なんで今回の依頼を受けたんだ?」


「特に理由なんてない。ただ、強いモンスターと戦いたいだけだ。前回の火炎竜の依頼もそんな感じで受けた。まあ、今回に至っては報酬金が少なすぎるから、俺以外のパーティメンバーは来てくれなかったがな」


「なぜそんなに強い相手と戦いたいんだ? 分かっちゃいると思うが、死ぬ可能性だってあるんだぞ?」


 生きていくためだけに若い頃からずっと狩猟をしてきた私には、ミックが持つ、強い相手と戦いたいというポリシーは少し分からなかった。


「コリム村って名前の村を知ってるか?」私の質問に対して、ミックはそう返してきた。


「申し訳ないが分からないな。俺はここら辺出身じゃないから、そういうのには疎いんだ」


「知らないのも無理はない。おそらく、世界のほとんどの人がこの村を知らないだろう。変な質問をしてすまない」


 私が喋ろうとしたその時、店員が酒を持ってきて、テーブルに置いていった。


 私は、酒を飲むより先に「それが答えなのか?」と訊いた。


「いや、まだ続きがある。まず、コリム村ってのは俺の出身地だ。とても小さな村でな、ドレイアより少し南にあったんだ」


「なぜ過去形なんだ? なくなったのか?」何となくそう思ったので、そう訊いた。


「察しがいいな。その通りだ。35年前のある日、1日で村はなくなった。そのとき、俺は10歳で、村外れの森で遊んでいた。そして、夕方頃に家に帰ったら、そこには何もなかった。何もかも、そこにあった全てが消し炭になっていたんだ。それを見た俺は、子供ながらに全てを察して、泣きながらドレイアまで助けを呼びに行った。もちろん、何もできずに終わったさ。助けを呼んでも、もう遅かったんだ。村がなくなったのは、火炎竜の仕業だということだけ教えてもらった。それから俺は、復讐を果たすために冒険者になってもがき続けた。そして今に至る。これが理由なのかは、自分でもよく分からないが」


「嫌なことを訊いてしまったな。申し訳ない。というか、その火炎竜って…」


「いや大丈夫だ。もう過ぎた話だしな。村を滅ぼした火炎竜だって、何十年も前に自分の手でしっかりと殺したさ。この前のやつは全くの別個体だ」


「それならよかった。それにしても、なかなかの苦労人なんだな。色々と解釈違いだったよ」


「まあ、そうなのかもな。巷じゃドレイアの英雄なんて呼ばれてるが、実際のところは、モンスターを恨んだガキの成れの果てだったってわけだ」ミックは笑いながらそう言った。


 ミックは続けて「そういえば、この前のドレイアでは本当に申し訳なかった。それと、火炎竜を倒してくれてありがとう。報酬金も、俺の分だけでもお前とティカに譲りたい。本当は、俺たちがもっと早く着いていればよかったんだが…」と言った。


「いや。こちらこそ申し訳ない。勝手に狩ってしまって。報酬金だっていらないよ。実際のところ、悪いのは俺の方だ」


 ミックは不満そうな顔をして「でもな…それじゃあ、なんかなあ…」と言った。


「それなら、今日の分の酒を奢ってくれ。それで十分だ」


「そんなのでいいのか? それなら任せろ! 何杯でも飲んでくれ!」


 その後、色々なことを何時間も話した。冒険者仲間のこととか装備のこととか、本当に色々と話した。ちなみに、奢ってくれとは言ったものの、酒は2杯しか飲まなかった。実は、昔から酒は苦手なのだ。ミックは5杯は飲んでいたが、あんまり酔っている感じはなかった。


 日が暮れ始めて酒場が混み合ってきた頃、私とミックは酒場を出た。


「今日はありがとう。楽しかったよ」帰り際に私はそう言った。


「こちらこそありがとう。そして、明日からもよろしく。今回の依頼は楽しくなりそうだ。お前が戦うところもやっと見れる」


「そんなに見たかったのか?」


「当たり前だろ? Bランクが火炎竜を、それも短い時間で仕留めたという驚愕の事実を知ったそのときから、ずっと見てみたいと思っていた。使っている武器も珍しいらしいしな」


「そうか。なら楽しみにしていてくれ。じゃあ、また明日」そう言って、ミックとは別れた。


 ミックといるときの気まずさは、酒場での打ち解けた会話によって、綺麗さっぱり消えていた。


 その後、宿に帰る前に武具屋に寄った。寒冷地用の装備を買うためだ。すっかり忘れていた。


 冒険者ギルドの近くにある、大きめの武具屋に入った。例に漏れず、様々な武器や防具が展示されていた。


「寒冷地用の装備はありますか?」受付の店員に、そう尋ねた。


「寒冷地用の装備でしたら、あちらに置いてあります」店員はそう言うと、店の一角にある、寒冷地用装備のコーナーを指差した。


 そこには、寒冷地用と熱帯地用の装備一式が、それぞれ3種類ずつ展示されていた。その中で1番値が張る寒冷地用装備を買って帰った。仕事で使う道具には金を惜しまない主義だ。


 宿に着いた。酔いが回っていたのもあってか、やけに眠かったので、そのままベッドに入って眠った。

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