第16話 調査院本部へ
そんなこんなで、1週間ほどかけてブルースに帰ってきて、次の日にはすっかり普段の日常に戻っていた。
ほぼ毎日、ティカと一緒に依頼を受けて狩りに行く。帰ってきたら、ギルドで依頼達成の報告をして、そのまま食堂で飯を食べる。ドレイアであんな経験をしても、日常には大した変化はなかった。強いて言うなら、お金に余裕ができたということくらいだ。
ドレイアから帰ってきて2週間ほど経ったそんなある日、私宛に手紙が届いた。
『こんにちは昌彦。調子はどう? 早速だけど、例の調査が近日中に始まることになったわ。明日の12時くらいから調査院本部で作戦会議みたいなのがあるから来てちょうだい。冒険者仲間がいるなら一緒に依頼を受けてくれてももちろん大丈夫よ(もちろん報酬金は増やせないけど)。詳しいことは明日話すわ。 調査院代表 ルルシエル・ローズ』
それはルルシエルからの手紙だった。そろそろ来るだろうなとは思っていた。というか、あいつは手紙でもこの口調なのか…そんなことはさておき、冒険者仲間と一緒でも大丈夫と書かれているので、このことは一応ティカにも話しておこう。
この日、いつものように依頼を済ませた私とティカは、冒険者ギルドの食堂で夕食を食べていた。
「…ということなんだが、ティカはどうする?」食事中に、調査のこととか手紙のことを、一通りティカに話した。
「もちろん、僕も行くよ。昌彦がいない間1人で依頼を受けてもつまらないし。報酬金が少ないっていうのは少し気がかりではあるけどね」ティカは豪勢なステーキを食べつつ、そう言った。
「そうか。けど、また長旅になるかもしれないぞ。つい2週間くらい前にドレイアまで行ったのに」
「別に構わないさ。旅は好きだよ」
「ならいいんだ。じゃあ明日調査院の本部の前で。時間通りに集合な」
「分かっているよ。それと、この前ドレイアで火炎竜を倒してしまったことは誰にも言ってないよね?」ティカが、誰にも聞こえないような小声でそう訊いてきた。
「わざわざその話をする理由もないし、誰にも言ってないよ」私も、なんとなく声量を抑えてそう言った。
「それならいいんだ」
「なぜ毎度毎度そんなに念を押すんだ? そんなにまずいか?」
実のところ、ドレイアの依頼以降、5日に1回はこの話をしてくる。
「何か面倒なことになりそうで嫌なんだよね。僕は面倒事は嫌いなんだ。それに、まだ昌彦には話してなかったけど、マキノーさんに口止め料として報酬金を増やしてもらったし」ティカは、いかにも怠そうな様子でそう言った。
「なぜそんな大事なことを先に話さないんだ!? 報酬金もやたら多いなと思ってた…そういうことなら誰にも絶対に話さないよ…」私は呆れた様子でそう言った。というか、釈放されたときもそうだったが、この国では賄賂は当たり前なのか?
「つい今の今まで話すのを忘れてたんだ。すまないね。じゃあ、そういうことで。頼んだよ」ティカは、まるで当然のことを言うかのようにそう言ってのけた。こいつ、本当に馬鹿なんじゃないか…?
その後、食事を済ませたらティカとは別れた。
一晩が過ぎると会議の日になった。いつも通りの支度を済ませたら宿を出て、調査院本部に向かって出発した。
相も変わらず、大通りは人々で賑わっていた。午前11時過ぎ頃。雲ひとつない空の太陽がやたら眩しい。そんな天気の下、人の波と露店を掻き分けながら30分ほど歩いたら、目的地に到着した。
約束の時間まではまだ余裕があるだろう。1人でさっさと中に入って待っているのはティカに申し訳ないので、調査院本部の正門の前で待つことにした。
大通りを行き交う民衆の視線が私の方に向いている気がしてならない。見るからに調査院の関係者じゃないロン毛のおっさんが調査院本部の前に立ち尽くしているというのは、流石に怪しいだろうか。
「やあ。待ったかい?」2分後にティカが来て、そう言った。
「そんなに待ってないよ。俺もついさっき到着した。じゃあ早速中に入ろう」そう言って、私とティカは調査院本部の門を潜った。
調査院本部の1階は、窓口があるフロアになっている。ひとまず、空いている窓口で用件を話してみることにした。
「こんにちは。ルルシエルさんから会議についての手紙が届いたので来ました」窓口にいる職員に向かって、そう言った。
「分かりました。まず、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「千葉昌彦と申します。隣の彼女は、冒険者仲間のティカ・ヴェルヴェットです」
「千葉昌彦さんですね。ルルシエル代表から話を伺っております。会議室まで案内しますので、少々お待ちください」
その後、私とティカは職員に連れられて会議室に向かった。
「失礼します! 千葉昌彦様が到着されました!」職員は会議室のドアの前でそう言って、ドアを開けた。
会議室では、数名の人物が円卓を囲うように座っていた。その中には、見覚えのある人物もいた。
「時間通りね! というか、仲間できたのね。よかったじゃない」円卓でも1番偉そうな位置の椅子に座っているルルシエルが、いつもの様子でそう言ってきた。
「久しぶりだなルルシエル。随分と待たせてくれたじゃないか。それと、隣にいるのは冒険者仲間のティカだ」
「初めましてルルシエル殿。僕はティカ・ヴェルヴェット。闇属性の魔法使いさ」ティカはいつもの調子でそう言った。やはりこいつは誰に対しても態度を変えない。
「闇魔法? 珍しいわね。何にしろ、仲間は多い方がありがたいわ! 来てくれてありがとう」
私とティカも椅子に座って、数分ばかりみんなで会話をしていた。そのとき、最後の会議参加者が到着した。
「失礼します! ミック・ジョーンズ様が到着されました!」さっきの職員が、ドアの向こうでそう言った。
何やら覚えのある名前だったので、私とティカは顔を合わせ、少し笑みを浮かべて、そして顔を元に戻した。
(流石に別人だろう。よくある名前だし)
私も、そしてティカもおそらく、そう思っていた。しかし、そのミック・ジョーンズとやらがドアから会議室に入ってきたとき、その考えはことごとく打ち砕かれた。
「「ミック!?」」私とティカは、かなり見覚えのある姿を見て、同時にそう叫んだ。
「あら、知り合いなの? まあいいわ。紹介するわ! この人は、ドレイアの英雄として知られているパーティ、ブラスソードのリーダー。ミック・ジョーンズよ。安い報酬金でも来てくれたの! 本当にありがとねミック!」ルルシエルは、いつにも増して興奮した様子でそう言った。これがサプライズのつもりなんだろうか…
「ど、どうも。ブラスソードのリーダーのミックだ。よ、よろしく頼む…」ミックは明らかに動揺した様子でそう言った。
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