第13話 夜の向こう

 冒険者ギルドの食堂で食事を済ませた私とティカは、受付で依頼の詳細について聞くことにした。


「すまない。例の依頼を受けたティカ・ヴェルヴェットという者だが」ティカが受付嬢にそう言った。ティカが誰にでもこの口調で話すということに少し驚いた。


「あなたたちが依頼を受けてくれたんですね! ありがとうございます!」受付嬢が気前のよい声でそう言った。


「依頼の詳細を聞きに来た」


「かしこまりました。ではこちらの部屋へどうぞ」


 私たちは、ギルドの奥にある応接間のような部屋に通された。


 その部屋には、冒険者と見られる4人組と、中年の男が座っていた。私たちも空いている席に座った。


「これで全員揃いましたね。まずは自己紹介を。私は冒険者ギルド・ドレイア支部のギルド長をしている、マキノー・マーティンと申します。急な依頼を受けてくれた皆様には感謝しています」マキノーさんが丁寧な喋り方でそう言った。


「では、次は私が自己紹介をさせてもらう。Sランクパーティ、ブラスソードのリーダーをやらしてもらっているミックだ。マキノーさんにはいつもお世話になっている。それと、巣の特定依頼を受けてくれた君たちには感謝しているよ。必ず火炎竜は仕留めてみせるからな」


(まるで私とティカの仇を取ってやるみたいな言い方だ。まだ死ぬなんて決まっていないのに…)


「初めまして。私はティカ。隣の彼は昌彦だ。それとミック。私たちはどうせ死なないから仇を取る必要はない。むしろ君たちも気をつけたまえ」


 ティカが私の言いたかったことを代弁してくれた。ミックは冒険者としてはおそらく目上の人だが…まあ大丈夫だろう。


「これは失礼した、ティカ殿。君たちもせいぜい気をつけてくれ」ミックが、こちらを小馬鹿にしたような様子でそう言った。


「まあまあ。それくらいにしてくださいお二方。自己紹介も済んだことですし、依頼の詳細な説明をしていきたいと思います」何か言い返そうとしたティカを止めるかのように、マキノーさんがそう言った。


「まず、本作戦の決行は明日の朝7時です。ドレイア第二鉱山の麓の広場に集合でお願いします。流れとしましては、まず、ティカさんたちが山の中に複数ある火炎竜の巣と思われる大きな洞窟へ入り、火炎竜を発見してください。発見したら、こちらに居場所を知らせるために咆哮を誘発してください。その後はブラスソードの到着まで時間を稼いでもらいます。そして、ブラスソードが火炎竜を狩猟したら、本作戦は終了になります。何か質問はありますか?」


 質問したい人はいなかった。


「では明日はよろしくお願いします」


 会議が終わった。マキノーさんとブラスソードは会議後も何やら話していたが、ティカと私はそそくさと部屋から出ていった。


「あのミックって奴は何だか腹が立つ!」宿に帰る道中、ティカが珍しく怒ったような様子でそう言った。


「あいつらはSランクって言ってたけど、やっぱり冒険者の中でも強い方なのか?」何か言わないと少し気まずいので、適当にそう質問した。


「ああ。悔しいけど実力は本物だ。遠く離れたブルースでも噂を聞くくらいだからね。巷ではドレイアの英雄なんて呼ばれてる。でも会ってみればあのザマだ。何が英雄だよ!」


 ティカは相変わらず怒ったままだ。意外と短気な性格なのかもしれない。


 宿に帰ってきた。ティカは隣のベッドで寝ていて、私は何をするでもなく座っている。


 明日のために何かできることはないかと考えていると、スキルポイントのことを思い出した。1年は使っていないので、かなり貯まっているだろう。早速、スキルの画面を開いた。


 予想通り、スキルポイントはかなり貯まっている。しかし、それよりも目を引くものがそこにはあった。それは【凶牙弾】という名前のスキルだった。


 名前だけなら他のスキルとなんら変わらない。このスキルが私の目を引いた理由は、その色だった。他のスキルが緑色で表示されているのに対し、この凶牙弾というスキルだけは紫色だった。


 アンロックに要するスキルポイントも、他のスキルに比べ10倍以上多いが、ポイントは十分すぎる程に貯まっていたため即座にアンロックした。


 そして、そのスキルの説明文にはこう書かれていた。


【ブラックボアを10000頭狩った者へ】


 ここも明らかに異質だ。他のスキルみたいに効果が書かれているというわけでもなく、この1文だけが書かれていた。


 それにしてもブラックボアを10000頭も狩っていたとは…このスキルは、ある種の呪いなんじゃないかとすら思えてきた。


 そんなことを考えていると少し怖くなってきたので、明日に備えて早めに寝ることにした。


 目が覚めた。外はまだ暗い。4時くらいだろうか。


 ティカはすでに起きていて、窓から外を眺めていた。


「おはよう」私はベッドから起き上がって、そう言った。


「あ、ああ。おはよう…昌彦」


 ティカは泣いていた。床に落ちた涙の粒が、夜空の光に照らされ、光っている。


「どうして泣いてるんだ? 大丈夫か?」私は心配そうにそう言った。


「今日死ぬかもしれないって考えたら怖くなったんだ…まだ家族にお礼も言えてないのに死にたくないよ…」


 ティカはこの依頼についてはずっと平気そうだったが、やはりあれは強がりだった。本当の所は、今回の依頼で死んでしまうんじゃないかと怯えていたのだ。


「生きて帰ればいいだけじゃないか。そんなに難しいことじゃないはずだ」


「昌彦は僕よりも強いから大丈夫かもしれないけど…僕は…こんな依頼に誘ってしまって本当に申し訳ない…」


「俺は自分で行くって決めたんだ。それと、やる前から失敗することを考えていても仕方がないだろ。それに、ティカは1人じゃないんだ。危なかったら俺が守ってやる」そう言って、ティカを優しく抱きしめた。


 その後も数分間、ティカは私の胸で泣いていた。

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