第11話 素晴らしい魔法

 村長にブラックベアが出没している森の場所を教えてもらった私とティカは、早速その村外れの森へと向かった。


「ここみたいだね」ティカが森を前にしてそう言った。


 その森は村から200メートルくらい歩いた場所にあった。森の大きさは縦横100メートル程度で、それほど大きくはないが、草が生い茂っているせいで中があまり見えない。


 こんなに村の近くにある森に、凶暴なモンスターが生息しているというのはかなり危険だろう。人が住んでいると分かって、村に侵攻でもしてきたら甚大な被害を被りかねない。


 ティカが怠そうな口調で「これは森の中に入るのはかなり面倒だね」と言った。


「じゃあどうするんだ?」


「そうだね…相方として昌彦の戦い方をしっかりと見たいし、昌彦も僕のを見たいでしょ? なら暗い森じゃなくて明るい平地に誘き出そうよ」


「でもどうやってやるんだ? しかも昼間だぞ」


「こういうときはこれを使うんだ」そう言ってティカは、バッグの中から笛を取り出した。


「ピーッ!」ティカがその笛を吹いた。その音色は何の変哲もない普通の笛の音だった。私は呆然とした表情でそれを眺めていた。


「これでブラックベアが森から出てくるとでも言うのか?」


「うん。そうだね。今にも飛び出してくるだろう」


 ティカが笛を吹いて数秒後、森の中から大きな足音と草木のざわめきが聞こえてきた。そして、確かに大きくて黒い熊が2頭、森から飛び出してきた。


「本当に出てくるとは…」近くにモンスターがいるというのに、そんなことを呟いた。


「じゃあ最初は昌彦が狩るところを見せてよ。もう1頭は僕が引きつけとくからね」


「分かったよ。じゃあ、まあ見ていてくれ」そう言ってから銃を取り出し、標的にしたブラックベアから間合いをとった。


「スキル! 毒弾!」


 ブラックベアとは前にも何度か戦ったことがあり、スキルを使わずとも倒せるが、ティカに迷惑をかけたくなかったので速く倒すことにした。


 コッキングをして、スコープを覗いて標的を狙った。標的はこちらの存在に気づき、近づいてきている。


「パァン!」


 放たれた弾丸は、標的の首筋を貫いた。その1発で標的は倒れた。まだ息はあるが、そのうち全身に毒が回って死ぬだろう。


 私の戦いを見ていたティカが、柄にもなく興奮した様子で「何なんだその武器は!? 初めて見たよ! そして強さも想像以上だ! 素晴らしいよ昌彦!」と言ってきた。


「次は僕が見せる番だね」ティカはそう言うと、黒い魔法の杖をモンスターに向けて振りかざした。


「蝕め。ディケイ・スピリット」


 ティカがそう唱えると、手に持っている杖の先から黒いもやが放たれ、それがブラックベアに溶け込んだ。


 魔法をくらったブラックベアは、さっきまでとは打って変わって動きが遅くなり、覇気も感じられなくなった。


「ヘル・スレイ」


 ティカがそう唱えた。すると、ブラックベアは黒いもやでできた鎌で切り裂かれた。出血こそなかったが、ブラックベアはその場に倒れた。


 ティカの圧勝だった。


 しかし、その戦いは見ていてあまり心地のよいものではなかった。ティカの魔法によって放たれる黒いもやを見ていると、こっちまでがその深い闇に侵食されている気分になるからだ。


 戦闘を終えたティカが私の方に来て、「僕の魔法はどうだった?」と訊いてきた。


「…かなり一方的だったな。魔法が狩りに使われてるところを見るのは初めてだったけど、これほど強いとは思わなかったよ。しかし、何というか、あの禍々しさは何なんだ?」


 ティカは気まずそうな様子で「ああ、闇魔法のことか。どうしてもこの属性の魔法は見る人に不快感を与えてしまうんだよ。他の属性は何もないんだがね…まあ魔法の属性は生まれ持ったものだから仕方がない。どうしても辛かったら見ないようにしておくれ」と説明した。


「別にそれほどじゃないよ。そのうち慣れる」


「そ、そうかい? それはありがとう」


 私の励ましを聞いたティカはどことなく嬉しそうだった。


「2頭狩ったからこれで依頼も達成だな」


「そうだね。じゃあギルドに帰ろうか」


 それから、2時間ほどかけてブルースの街まで帰った。冒険者ギルドで依頼の達成を報告した私とティカは、ギルドの食堂で夕飯を食べることにした。


「ところでティカはどこに住んでいるんだ?」周りが賑わっている中、私たちだけ黙々と食事をするのも気まずいので、適当な質問をした。


「3丁目の宿だよ。ごく普通のね。昌彦はどこに住んでいるんだい?」


「5丁目の安宿だよ」


「5丁目か…ちょっと夜とかうるさくないかい? あんまり治安よくないからさ」


「そうか? 確かにうるさいがあまり気にはならない」


「すごいね…僕はあそこには住みたくないな」


 そんなたわいのない話をしながら食事を済ませた。


「明日も一緒に狩りに行こう」帰り際に、ティカがそう言ってきた。


「ああ。もちろん。パーティを組んだわけだしな」


「ありがとう。じゃあ9時くらいにギルドで会うことにしよう」


「分かったよ。じゃあな」


「うん。今日はありがとう」


 そこでティカとは別れた。私は、いつもより少し充実した気持ちを持って帰路についた。

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