第9話 いつかの旅立ち

 私は先日のことで少し気を病んでしまい、1週間ほど狩猟に行く気が起きなかった。その間、街を散歩してみたり、街の裏通りにある変わった店で買った本を家で読んだりして過ごした。


 その読んだ本というのは、ロウサーニャ王国のとある探検隊の旅行記で、これの内容が非常に興味深かった。


 その本の内容はこうだ。


 その探検隊は、新たなる国の発見を求めてロウサーニャ王国から東の方角に、何年間もずっと進んで行った。食料は現地で調達した肉や野草を食べて過ごした。


 果てしなく続く山岳地帯や荒野、湿地帯、平原を抜けると、辺りを一望出来る綺麗で大きな崖に出た。


 そこからは、ロウサーニャ王国のような栄えた都市が見えた。しかし、あと一歩のところで隊長が病に倒れてしまった。隊長抜きでこれ以上進むのは危険だと思い、ロウサーニャ王国へ帰還すると決断した探検隊は、また何年もかけて来た道を引き返した。


 本はこうして幕を閉じた。


 この本のことがどうしても気になってしまって、いても立ってもいられなくなった私は、この本を買った店に、本の内容について質問しに行った。


 白くて長い髭を生やした店主の爺さんが、私を一瞥して、「いらっしゃい」と言った。


「すいません。この本について訊きたいことがあって来ました」


「おや、この前買ってくれた方かい。訊きたいこととは何かね?」


 本の内容をざっくりと説明した。


「この本に書かれている内容は本当なんですか?」


 なぜこんな質問をしたかというと、東に何年間も歩き続けないと国や集落に辿り着けないなんて、どう考えてもおかしい話だと思ったからだ。


「お主は知らなかったのかい? それは、界隈では有名な小説じゃ。内容は専ら嘘っぱちだって言われておる」


「まあ、流石にそうですよね」


 爺さんは何やら怪訝な様子でこちらを見ている。


「ということは、この国の東側にも普通に国が存在してるということですね」これ以上訊きたいこともなかったので、話を終わらせるためにそう言った。


「…つまらん冗談はよさんか! もしやお主は酔っ払い冒険者か? なら教えてやろう。この国の東側、そして北側と西側には国なんて存在せん! 北と東は、だだっ広い山々が広がるばかりで、西側に関しては海じゃ! 分かったかの?」


「え? それってどういうことですか? じゃあ南側はどうなってるんですか?」


「はあ…南側にはレイテーゼ聖王国とカタハヤ共和国があるじゃろ! そのさらに南は海じゃ! 老人をバカにするのもいい加減にせんか!」


 エイリエナにも、地球と同じように沢山の国が存在していて、貿易や外交をしていると思い込んでいた私が馬鹿だった。ここはエイリエナ。地球の常識なんて通用しないのだ。


 というか、世界には現状は国が3つしかないというのに、ラヴァルやルルシエルには遥か遠方の国から来たと言ってしまっていた。頭のやられた奴だとでも思われているのだろうか…そもそも、あんな秘境にいた時点でそう思われていて当然か。何だか恥ずかしい。


 しかし、よく考えてみると、何をもってして本の内容は嘘だと言っているのだろうか。そのことについても訊いてみることにした。


「すいません。取り乱してました。もう一つだけお尋ねしたいのですが、この本の内容が嘘だという根拠は何なのですか?」


「…うむ…良い質問じゃ。実のところ、儂もその本の内容が全て嘘だと決めつけるのはおかしいと思っておる。しかし、調査院の関係者ですらない、よく分からない探検隊が記した本という時点で、その内容が嘘だと言うための根拠は十分なんじゃ」


「そんな理由で嘘と決めつけてしまうなんて…」


「まあ、自分の目で確かめるか、新たな国の発見がロウサーニャ王国から正式に発表されない限りは、あくまで創作物として留めておくのが無難じゃろう…」


「そうですか…色々と教えてくれてありがとうございました」


「うむ。またいつでも来なさいな」


 そして、店を後にした。


 まだ全てを信じきれず、そもそも全部あの爺さんの妄言なんじゃないかと思った私は、宿の受付で確かめてみることにした。


「どこか外国へ旅行に行こうと思うんですけど、おすすめの国とかないですか?」受付で座っている大家さんにそう質問した。


「おすすめの国か…カタハヤには昔、船で行ったことがある。少々暑かったが、ここらとは全てが全く違うから新鮮だったぞ」


「レイテーゼ聖王国とかはどうですかね?」


「まあ、信心深いなら行ってみると良いんじゃないか? 俺はあんまり興味ないね」


 これで、この2つの国は実在するということが分かった。


「他にはおすすめはないですかね?」


「他? 外国ではないが、王都クリーンとかかな」


「そうですか。ありがとうございました!」


「おうよ!」


 どうやら、店主の爺さんが言っていたことは嘘なんかじゃなかったみたいだ。この世界には、たった3つしか国がない。


 しかし、あの本の内容がもし真実だったとしたらどうだろう。壮大な謎を前にして、胸が高鳴っているのを感じる。


 この日、モンスターを狩猟すること以外の新しい目標ができた。本当に存在するのかも定かではないが、いつの日か、新たな国を発見するための旅に出ると胸に誓った。

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