第8話 リアル
私も、そして冒険者の男も、目の前の状況に言葉を失っていた。
しかし、このままここで、生き返らない人に治癒魔法をかけていてもどうにもならない。また、夜になると違うモンスターに襲われて死人が増えるなんてことにもなりかねないと思い、魔法使いの女の子をなんとかなだめて、ヒールと唱えるのを止めさせた。
彼ら彼女らは荷馬車に乗ってきていたので、遺体を布で包んでそこまで運んだ。帰る場所はみんな同じブルースの街だったので、ついでに私も一緒に乗せてもらうことになった。
「先ほどは助けてくれて本当にありがとうございました」荷馬車に乗って帰っている途中、私の隣に座っている冒険者の男がそう言ってきた。ちなみに、馬の手綱は魔法使いの女の子が握っている。
「勝手に首を突っ込んだのは自分ですから。当たり前のことをしたまでですよ。しかし、なぜあんな場所であのモンスターと戦っていたんですか?」
彼はとても悲しそうな様子で「大森林にはブラックボアを狩るために来たんですけど、そのブラックボアを狩って探してを繰り返しているうちに、森の奥に入ってしまってまして…あなたが来てくれないと、どうなっていたことか…」と言った。
「それは災難でしたね…」
「あなたの名前を教えてくれませんか?」
「昌彦っていいます」
「珍しい名前ですね。昌彦さん。本当にありがとうございました」
「そんなに何度も感謝しなくても大丈夫ですよ」彼はその後も、街に着くまでに何度かありがとうと言ってきた。
「昌彦さんはさっきの血塗れの竜を狩るために大森林に来たんですか?」
「違いますよ。私もブラックボアの狩猟依頼で来ました」
「ええ!? なぜそんな低い難易度の依頼を受けたんですか? あなたほどの実力者なら、もっと強いモンスターとも戦えるはずです!」
「まあ、肩慣らしですよ」狩る相手とか報酬はどうでもよかった、とは言わない方がよいと思ってそう言った。
「そういえば、さっき血塗れの竜と戦うときに使っていたあの魔法のようなものは何なんですか?」
「魔法? ああ。これのことですか?」私はそう言って、彼に銃を見せた。
彼は心底不思議そうな顔をして、「? これは魔法の杖? それとも何かの魔道具ですか?」と言った。
彼が銃を見た時の反応を見るに、やはりこの世界には銃の類が存在しないのだろう。
彼は、銃のことが気になっている様子だったので、その仕組みや使い方を大雑把に説明してやった。
「なんか色々と難しくてあまり理解できなかったんですけど、あの血塗れの竜をあんなにあっさり倒してしまうということは、昌彦さんの実力だけでなく、その銃とやらもとても強力ということですね!」
「確かにそうですね…銃じゃなくて、剣や魔法を使うとしたらあんなモンスターとは絶対に戦えないと思います。そもそも魔法なんて使えませんし…」
「1つの武器を極めるということは、とてもいいことだと思いますよ。ちなみに、その銃っていうのは、昌彦さんの故郷で使われている武器なんですか? この辺りでは見たことも聞いたこともないんですけど」
「まあ、そんな感じですね…」厳密に言うと違う気もするが、色々と面倒だったので適当にそう答えた。
「ところで、昌彦さんと僕はどこかで会ったことがあるような気がするんですけど、気のせいですかね? やたら声に耳馴染みがあるというか…」
「気のせいでしょう! 私がブルースの街に来たのはつい先日のことですし」少し笑いながらそう言った。
「そ、そうですよね。変なことを訊いてすいません…」
しかし、それは気のせいではなかった。確かに、彼と私は前にも1度だけ会ったことがある。
彼は、今朝、冒険者ギルドで私に絡んできた男の仲間だった。その時、その男の後ろで彼は気まずそうな顔をしていた。
しかし、私は今朝の冒険者ギルドでの出来事を彼に話して、思い出させるわけにはいかなかった。つい先ほど亡くなった死人の失態を、その仲間に謝らせるというのは、あまりにも酷だと思ったからだ。
時々会話を交えながら荷馬車に揺られて1時間、ブルースの街に帰ってきた。
「どこで降りますか?」と訊かれたので、「冒険者ギルドで降ろしてください」と答えた。
「着きましたよ。昌彦さん」
「はい。乗せてくれてありがとうございました。何というか…色々辛いと思いますが、ゆっくり休んでまた頑張りましょう」
彼は、目から涙が溢れるのを堪えながら「はい。ありがとうございます」と言った。
私と話しているときこそ元気そうだったが、仲間が死んだ後なのだから、内心は辛い気持ちでいっぱいだろう。
彼と彼女も冒険者ギルドには用があるらしいが、それよりも先にやらないといけないことがあるみたいなので、その場で別れた。
それから、受付でブラックボアの牙を換金して、そのまま冒険者ギルドの中の食堂で夕食を食べてから、宿に帰った。
この日はあまり眠れなかった。その理由は至ってシンプルで、人間のああいうショッキングな姿を生で見たのは、生まれて初めてのことだったからだ。この世界のモンスターの凶暴さや危険性を、改めて認識させられた日だった。
これがこの世界"エイリエナ"の厳しい現実なのかもしれない。
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