第5話 新たなる希望

 ルルシエルが部屋に入ってきて椅子に座ったのとほぼ同時に、ラヴァルはルルシエルと私にお辞儀をして部屋から出ていった。


「初めまして。千葉昌彦です」


「あなたが昌彦? 案外若くないし見た目も普通なのね」


「ルルシエルさんこそ調査院のトップなのに随分とお若いですね」


「見た目は若いけどエルフだから年齢はそんなに若くないわよ」ルルシエルはそう言いながら、髪の下に隠れていたその尖った耳を見せてきた。


「エルフという種族は長生きなんですか?」昔、本か何かでそのような情報を見た記憶があったので訊いてみた。


「あなた本当に大丈夫? 常識でしょ?」


「た、確かにそうですね…すいません」そんな常識は全く知らなかったが、面倒なので話を合わせた。


「変なの…あと、敬語は使わなくて大丈夫よ。見た感じ同い年くらいだと思うし。それに、これからビジネスパートナーになるんだから!」


「ビジネスパートナーって? どういうことだ?」


「あなたはこの前の調査を成功に導いてくれたも同然よ。あなたがいなかったら多分失敗していたと思うわ。その節は本当に感謝してる。そんなあなたに、改めて、調査院に協力してほしいの。難しいお願いなのは承知してるわ」ルルシエルはそう言うと、さっきまでの態度とは打って変わって、頭を下げてお願いしてきた。


「突然だな…取り敢えず詳しく聞かせてくれ」


「ええ。ざっくりと説明すると、前の山でやってたみたいに、次に調査する所でもモンスターを倒してほしいのよ。その際にはあなたには調査院に所属してもらうことになる。報酬も調査院の給料として出すわ。どう? 悪くないと思うけど」


「それが俺を助けた本当の理由ってわけか?」何となくそう思ったので言ってみた。


「い、意外に鋭いのね…まあそうね。でも仕方ないでしょ! この仕事を冒険者たちに依頼できる財力なんて今の調査院にはないし、調査院にもあなたほど狩りの腕が立つ人はいないのよ」


「そ、そうか。それは悪いことを訊いたな。というか、そんなに調査院は困窮してるのか?」


「恥ずかしいけどそうとしか言えないわね。ここ10年は調査もほとんど失敗続きだったから。前回はあなたがあの山で狩りをしてたおかげで順調に進んだけど、次の調査は多分また失敗するでしょうね。何もできない自分が憎い…」


 この場面で何と言えばよいかが分からなかった私は、「やっぱり調査の失敗というのは重たいことなのか?」と言った。


「うん…そうね。毎回死者も出てるし、このまま成果が出せなかったらいつかは調査院自体もなくなるかもしれないわ…それで、急かすようで悪いけどさっきの話はどうするの? 答えるのを渋ってるから大体予想はつくけど…」


「ああ。悪いけど断らせてもらう」


 私とルルシエルの間に数秒の気まずい沈黙が続いた後、ルルシエルが話し始めた。


「まあ、そうよね。突然こんなお願いをしたこっちが悪かったわ。あなたにも都合があるものね。ただ、最後に一つだけ教えて。なぜ断ったの? これから何をするつもりでいるの?」


「そんなに深い理由はないよ。昔からそういうグループみたいなのには所属せず、なるべく1人でやるってのが昔からのポリシーなだけだ。だから調査院には就きたくないんだ」


 ルルシエルは呆れた様子で「あなたって本当に変わってるのね。調査院に就職するのってとても誇らしいことなのよ? それをそんな理由で断るなんて…故郷に帰らないといけないとかそんな理由だと思ってたわ…」と言った。


「故郷か…いつかまた帰れたらいいんだがな…それはさておき、俺はそんなくだらない理由で断ったんだ。生憎、お金にも地位にも全く興味がなくてね。俺のことを馬鹿だと思ってくれても構わない」


 そう言って席を立ち、ドアに向いて歩き始めた私を、ルルシエルが呼び止めた。


「待って! 調査院に就くのが嫌なだけなら、冒険者として調査院からの依頼を受けてくれない? 報酬金はあまり出せないけど…それならあなたも大丈夫でしょ!」


「…確かに、それなら問題ない」


「よかったぁ…」ルルシエルは微かに目を潤ませながら、安堵した様子でそう言った。


「けど、冒険者ライセンスだっけ? まだ持ってないけど大丈夫なのか?」


「それなら大丈夫よ。簡単に登録できるし、こっちからも冒険者ギルドに伝えとくわ」


「そうか。それはありがたい。それで、すぐに調査に行くのか?」


「いや、まだよ。その日が来たら改めて連絡するわ。そう遠くはないと思う」


「分かった。じゃあ今日は帰らせてもらうよ。色々あったから少し疲れた」


「待って。あなた家とかお金はあるの? 聞いた話によると、遠い国から来た異邦人らしいじゃない」


「確かにないな。まあその辺で寝ることにするよ」


「ビジネスパートナーにそんなことはさせれないわ! 宿代くらいあげるわよ」そう言って財布を渡してきた。


「そういうことならありがたくもらうよ」


「1週間分くらいしかないから、それからの分は冒険者業で稼いでね。こっちにも大金をあげれる余裕はないのよ」


「分かってる。明日には冒険者登録を済ませるよ」私はそう言いながら部屋から出た。


 ラヴァルに改めて礼を言って、調査院を後にした。


 外に出ると、辺りはすっかり夕方になっていた。建物と建物の間に浮かぶ茜色の夕日を眺めていると、日本にいた頃を思い出した。日本での生活や、エイリエナに来てからの山での生活へのノスタルジーな気持ちと、この年齢になって迎える新生活への高揚感で胸がいっぱいになった。


 それから、大通りにある露店で果物を買って食べて、見るからに安そうだった安宿を借りて、部屋に入ってすぐに眠った。
























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