第3話 終わりと始まり

 私がエイリエナに来てサバイバル生活を始めてから、早くも4年の歳月が経った(10日目くらいから毎日岩に正の字を掘って数えていた)。


 最初の山は数ヶ月間毎日狩り続けたからか、滅多にモンスターが姿を見せなくなったため、毎日川辺の家…洞窟から、近くの山へ出かけてモンスターを狩るという生活を長らく続けている。


 そのほとんどが初日に狩ったのと同種の猪や、4メートルを優に超えるようなありえないサイズの熊なのだが、時々、赤黒いティラノサウルスのような生物や、体長10メートルほどの白い大蛇などの強敵と鉢合わせることがあった。そのときは流石に一筋縄ではいかなかったが、まあなんとかうまくやれている。


 ちなみに、この世界、少なくともこの地域には四季というものは一応あるみたいで、数ヶ月毎に寒くなったり暖かくなったり暑くなったりするが、野宿でも耐えられないほどのものではない。前いた世界、日本よりも、季節毎の気温の変化が少なく感じる。


 そして、どうやらこの世界にあるスキルというものは、モンスターを狩るとポイントがもらえて、そのポイントとスキルを交換できるというシステムみたいだ。そのことには早く気づいたので、数年前からありがたく利用させてもらっている。


 爆散弾や毒弾、電撃弾などの銃の威力を高めてくれるスキルもあれば、火おこしや砥石召喚、治癒などの生活や狩猟が楽になるスキルもあるため、スキルってのは非常に便利だ。


 スキルがあったからこそ、これまでの強敵との戦いでも死んだり大怪我を負わなかったと言っても過言ではないだろう。1日の使用回数にこそ制限があるが、強敵との戦い以外では使い切ったことはない。


 現状の生活において、いや、この4年間において1番私を傷つけているのは孤独だ。


 長期間人と話さなかったら精神が崩壊するとはよく言われることだが、本当にその通りで、私は人と話さなくなって1ヶ月もしたらひどく孤独を感じて、どうしようもなくなった。


 山にいる小鳥や昆虫と会話をするという対策を見つけてからは、なんとか孤独に耐えれている。しかし、できることなら昔のように普通に人と話す生活を送りたいと思っている。


 けれど、なんだかんだ言ってこの生活は気に入っている。自分で未知の世界を開拓するということや、日本では目にすることすら叶わなかった強大なモンスターを狩るというのは、爽快で新鮮で楽しいからだ。


 しかし、そんな生活もある日突然終わることになった。


 私がエイリエナへ来て4年目になり、さらに3ヶ月が過ぎた頃、いつものように山でモンスターを探していた私の40メートルほど前方に、青と白の制服のような服を着た5人の人影が見えた。


 私は幻覚か夢を見ているのかと思い、目を擦って頰を軽くつねってみたが、人影は消えなかったし頰は痛かった。


(間違いない…あれは人間だ! この世界にも人間はいるんだ!)


 私はそう確信し、一生続くと思っていた孤独からの解放による嬉しさに身を任せ、大声で呼びかけた。


「おーい! こんにちは!」興奮しているからか訳の分からないことを叫んでしまった。


 5人組は私に気づいて振り向いた。それから、ざわざわ何かを会話し始めた。そして、考えがまとまったのか5人組は私の方へ歩いてきた。


 5人組の中の1人の灰色の髪の若い男が「あ…あなたはこんな所で何をしているのですか?」と質問してきた。言語は私と同じみたいだ。


「この辺りで4年ほど狩りをして暮らしていたんですよ」と私は正直に答えた。


「そうですか…僕達はロウサーニャ王国調査院の調査隊です。この地域の調査に参りました。この辺りは未開の地のはずなのですがあなたはもしかして先住民の方…ではないようですね…どこから来られたのですか?」


「…遥か遠方にある国から来ました」私が日本から来たということはあまり言わない方がよいと思って、嘘をついた。それにしても調査院とかロウサーニャ王国とか…当たり前だけど聞いたことのない名前だ。


「そうですか…初めまして。僕は調査隊のラヴァル・レエンと申します」


「こちらこそ初めまして。千葉昌彦と申します」


「千葉昌彦…確かにこの辺じゃ聞かない名前ですね…一応、冒険者ライセンスを拝見させてもらってもよいでしょうか?」


 私は不思議そうな顔をして、「冒険者…ライセンス?すみません、持ってないですね…」と言った。


 調査隊一行が、一瞬動揺して、目を合わせた。


 ラヴァルはどこかぎこちない様子で「そうですか…では我々はこれで失礼します」と言った。


「ちょっと! 待ってくださいよ! 私も連れて行ってくださいよ!」私は焦った様子でそう言った。人里へ行く最大のチャンスを逃すわけにはいかないからだ。


「ご安心ください。後日"お迎え"に上がりますから」何か用事でも思い出したのか、ラヴァルはそう言うと調査隊を引き連れて帰っていった。


「そうですか。では待っていますよ。朝と夜は川の方にいるので、そこに来てくれれば会えると思います」私は落ち着いた様子でそう言って、調査隊が見えなくなるまでその場に立ち尽くしていた。


「もうこの生活も終わるのか…」調査隊が見えなくなった頃、私は寂しげにそう呟いた。


 それから2ヶ月ほど経ったある日の朝、私が川辺でいたところに迎えがきた。しかし、それはラヴァルたちではなく、シンプルな見た目の黒い鎧を着た男たちだった。10人組だった。


「あなたが千葉昌彦さんですね?」リーダー格と思われる男がそう言った。


「はい。そうですが…どちら様でしょうか?」


「調査院からの報告により参りました、審判院機動隊です。密猟の罪よりあなたを連行します」


「密猟ってどういうことですか!?」


「あなたは冒険者ライセンスを取得していないのに狩猟をしていましたよね? それ禁止なんですよ」リーダー格の男は高圧的な態度でそう言った。


「た、確かにそうですが…まあそういうことなら仕方ないか…」私は、"お迎え"というラヴァルの言葉の意味をやっと理解し、また、人里へ行けるのなら仕方ないかと思い、大人しく連行されることにした。


「さようなら…今までありがとう山…」私は目を潤ませながらそう呟いた。


 私を連れた一行は、山や川辺を歩いて目的地を目指した。その間、私的な会話というのはほとんどなかった。


 私は常に全員に囲まれる形で歩かされていたため、逃げ出すつもりもないが、逃げられるような状況ではなかった。


 食事はあまり美味しくない保存食の肉やパンを食べ、夜になり暗くなると、交代の見張り番が見張っている状態で、その場で眠った。


 移動を始めて5日が過ぎた頃、目的地らしき広場へ着いた。


 山の麓にあるこの広場には、遊牧民のゲルのような見た目のテントがいくつも張られており、この地域の調査のための拠点になっているようだった。


 私は、広場の端の方にある3台の荷馬車のうち1台に乗せられ、最終目的地を目指して出発した。


 荷馬車の後ろ側は、物を積んだり、人の乗り降りをしやすくするためか、大きい窓のように常に開いていて、外を見ることができた。そのため私は、この世界を知るためにも、目的地に着くまで呆然と外を眺めていた。


 時々見える街並みを見るに、文明レベルは前いた世界よりもかなり低く、中世ヨーロッパくらいと思われる。


 また、私を捕まえた審判院機動隊とやらの中には、猫のような耳をした人や耳が尖っている人もいた。今のところは私と同じような見た目の人間がほとんどだが、人の見た目の種類みたいなのがエイリエナはかなり多いのかもしれない。


 荷馬車に揺られること1週間。やっと目的地があると思われる都市へ入った。


 これまで見てきた他の町とは打って変わって、建物の数も多く、4階建てくらいの大きな建物もあった。材質も木造だけでなく煉瓦や石造りの建物が増えた。


 露店や人も賑わっており、この国、ロウサーニャ王国ではかなり栄えている都市なのだろう。


 ちなみに、馬にまたがっている人は鎧ではなく一般人と同じ服装をしていたので、民衆に、犯罪者を見るような視線を向けられたり、石ころを投げられたりなんてことはなかった。


 荷馬車が止まった。どうやら目的地に着いたみたいだ。


 私は荷馬車から降ろされ、目の前にある3階建ての石造りの四角い建物に入れられた。どうやら警察署のような役割をしているみたいだ。


「あんたには裁判が始まるまではここで生活してもらう。その前に武器を渡してもらおう」鎧の男達に1階の奥の部屋へ連れていかれると、その部屋に居た黒い服を着た中年の男にそう言われた。


「どうぞ」私はマチェットナイフと銃を2本手渡した。中年の男は、物が突然出てきて浮かんでいることには平然としていた。この世界ではみんなできることなのだろう。しかし、銃には不思議そうな視線を向けていた。


 中年の男は銃を見て、「これが武器なのか?」と不思議そうに言った。


「はい」


「まあいい…ついてきなさい」


 中年の男に連れられて私は2階にある2畳半の独房に入れられた。
















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