第54話 覚悟

 

「ご心配をお掛けしました……もうなんともないです」


「そっか……よかったよ」


 レヴィは通路で倒れていたところを発見され、医務室へと運ばれたらしい。

 俺が到着した時点で既にプルルのゼリーは身体から消えており、今は特に不快感もないとのことだ。


「なんであの時行っちゃったんだ? アスクレピオスなら治せたかもしれないのに」


「……ロード様えっちです」


「な、なんで!?」


「教えませんっ!」


 何故か変態呼ばわりされてしまった。

 なんか変なこと言ったか……?


 その後、試合のことを2人で話をしていると不意に部屋の扉がノックされ、バーンさんが女の人と一緒に部屋に入ってきた。

 その人は金色のウェーブがかった長い髪に青い瞳、そして純白のローブに身を包んだ可愛らしい女性だった。


「よう、邪魔するぞ」


「バ、バーンさん? なんでここに……?」


「1回戦が終わって準決勝まで少し間があってな。ちょっと様子を見に来たんだが……レヴィは大丈夫そうだな」


「わざわざすいません……あとその……色々とありがとうございました」


「ありがとうございますバーン様」


「いや、気にしないでくれ……あ、こっちは俺の連れのアリスだ」


「アリスですっ! よろしくお願いしますっ!」


「あ、よろしくお願いします」


 そういえば、バーンさんには凄い力を持った仲間がいるって話も聞いたことがあった。

 あの大観衆の中からスカイを見つけたのも彼女の力だったみたいだし、人を探す力でもあるのだろうか?


「実はここに来た理由は他にもあってな。フウロが言っていたことが気になっちまって、それを聞きに来たんだ」


「それは……俺が無能だったって話ですか?」


「ああ……あの時の奴は異常だった。悪いが聞かせてくれないか? もしかすると俺にも……いや、とにかくロードの話が聞きたくてな」


 どうやらバーンさんも異常さを感じたみたいだ。

 まぁ、あの状況で未だに俺に執着している姿は異常という他ない。

 バーンさんには最初から話すつもりだった。

 神のそれに近いという魔法……レヴィが知らなかったということは、もしかすると俺やティアと同じように……。


「分かりました。お話しします」


 俺は今までのことをバーンさんに話した。

 無能として死を選んだがレヴィに救われたこと、この世界の異常さに気付いたこと、そしてどうやら無能という存在に神殿が関わっているということも。


「あくまで現段階では俺の推測に過ぎませんが、ティアと俺の境遇は偶然にしては……」


「誰かが無能という概念を創り上げ、それを排除しようとしている……そして無能と呼ばれる者は、お前のように神に近い魔法を実は持っていて、それを消すのが目的……色々突っ込みどころはあるが、筋は通っているな」


「ええ、色々疑問はあります。でも、そう考えると辻褄が合うんですよ」


「ふむ……直接殺しに来ないのは誰がその力を得るか分からないからか? だから世界全体に影響を与えた……だがもしそうなら、そいつも神に近い存在と言えるな」


 確かにバーンさんの言う通り、そいつは世界を巻き込む程の力を持っているということになる。

 まぁ、魔石の力を使ったり、特殊な術式を組んでいたりとなんらかの方法を使っているのかもしれないが……。


「実はバーンさんには最初から話そうと思っていたんです。レヴィに聞きましたけど、バーンさんの魔法も神のそれに近いですよね? だから……」


「そう、だから俺も無関係じゃない。俺も最初、操作魔法と言われたからな」


「や、やっぱりそうなんですか!? じゃあバーンさんも昔……!」


「いや、俺は無能とは呼ばれなかった。確かに魔法は使えなかったが、俺には元々力があってな。魔法に頼らずとも戦えていたんだよ」


「ロード様、バーン様のスキルは"神の肉体"……人智を超越した力を持つ、ランク【SSS】の凄まじいスキルです」


「ふーん、そんな名前なんだな」


 "神の肉体"……名前からして凄そうなスキルだ。

 いったいどんな……。


「例えば……見てな」


 バーンさんはそう言うと、レヴィが座っているベッドに人差し指を下から引っ掛け、そのまま上へと持ち上げてしまった。

 顔には一切の力みがなく、軽々とベッドを上下に動かしている。


「う、嘘だろ……」


「こんな具合に力が強くてな。病気になったことはねぇし、仮にどっか痛めてもすぐ治っちまう。だから俺は魔法を貰う前から冒険者の真似事をしてたんだ。この大剣を振り回してな」


 そう言ってバーンさんは肩から飛び出ているつかを親指で指した。


「バーンさんは化け物なんですよ……」


 アリスさんがため息まじりに呟く。

 色々苦労があるんだろうな……。


「化け物扱いすんな……まぁ、つまりこの力……レヴィの言うところのスキルが俺の魔法代わりになっていた訳だ」


「周りの方々がその力を魔法だと思っていたってことですね」


「そうだ。俺も魔法を使えないことは気にしていたが、使わなくても戦えていたし、そのうち使えるだろうと勝手に思っていた。だが、今考えればそういうことだった訳だ」


 なるほど……確かにこれだけの力があれば魔法だと思ってもおかしくない。

 だがそうなると……。


「バーンさんは……自分の魔法をどうやって知ったんですか?」


「それはアリスのおかげだ。アリスにも特殊な力があるんだよ」


「アリス様のスキルは"真偽の眼"……真実を見抜く力をお持ちという訳ですね」


「そんな名前が付いているとは知りませんでしたが……レヴィさんが言うように、私はその人が何を隠しているかが分かったり、本当のことが分かったりするんですよ。この力のせいで色々大変でしたけど……バーンさんに出逢えて、バーンさんの力になれたから、今ではこの力に感謝してますけどね」


 真実を見抜く、か……凄い力だけど、それって辛いこともあるよな。

 周りの嘘が分かってしまったら、知らなくてもいいことまで知ってしまうこともあっただろう。


「ま、そんな訳だ。さて、一旦話をまとめてみよう」



 ―――――――――――――――――――



 この1000年の間に、無能という概念を誰かが創った。

 無能という存在は神のそれに近い魔法を与えられた人間を指し、何者かがそれを排除しようとしている。

 神殿では"操作魔法"と宣言され、本来の魔法を認識させないようにし、そうして無能と呼ばれるようになってしまった人間は、無能ではない人間に差別を受けるというシステムが出来上がった。


 更にお互いがお互いを憎しみ合う感情を植え付けられ、無能と呼ばれる人間が世界に絶望して死を選ぶか、無能と呼ばれる人間が誰かに危害を加えて処刑されるか、そうやって自ら手を加えずとも勝手に無能は排除されていく。


 無能と呼ばれる人間に直接関わったもの程影響が強く、それは無能と呼ばれる人間を孤立させるとともに、より強く憎悪の感情を与えるためだと考えられる。

 つまり、"無能と出会った時に発動する"と限定させることで、その場の力を増強しているのではないか、ということだ。


 直接殺しに来ないのは、誰が力を得るか分からないから。

 そして、この概念を生み出した者は神に近い力を持っていると考えられる。



 ―――――――――――――――――――



「合っているかは別として、こう考えるとやばいな。敵はかなり強大な力を持っているらしい。竜か魔族か……それとも人間か……目的が人間の弱体化なら前者だが、断定は出来ないな」


「ええ、俺も一番可能性があるのはそれだと思いますが、実際は分かりません」


「うーん……強い冒険者が減っているのも何か関係があるのかもな……」


「可能性はありますね。でも、それすら操るなんてこと……出来るんですか?」


 バーンさんは「さぁ?」と首を傾げる。

 だよな……なんか考えれば考えるほど分からなくなってきた……。


「因みに無能の数だがな、多分もっと少ないぞ。数百万人に1人ってのは確か数年前の数字だった筈だ。俺も世界を回っているが直接無能に会ったことはない。隠れているってのもあるだろうし、処刑されてしまった者も少なからずいたからな……下手すると数十人……いや、もっと少ないかもしれないし、俺やお前みたいな、力に目覚めた奴が他にいないとも考えられないだろ?」


「確かに……」


「よし、通信魔石はあるか? 俺達も色々と探ってみるよ。今後は連絡を取り合おう」


「ほ、本当ですか? ありがとうございます!」


「俺も無関係じゃないし、何より……そんな話を聞いちまったら無視出来ねぇよ。何か分かったら連絡くれ。こっちも連絡するからよ」


 バーンさんが味方になってくれれば心強い。

 俺よりも遥かに勇者に近いし、もっと早く世界を変えられるかも……。


「あ、そういやロード、さっき勇者になって世界を変えたいって言ったな。それは無理だからやめとけ」


「え……な、なんでですか?」


「力は必ずしも強さだけではない。上を目指すのはこの問題を解決するうえでも必要だから続けろ。けどな、ロイは……お前らが思っているような人間じゃない。世界はお前が想像しているより……ずっと邪悪に満ちている」


「ロイさんが……? 邪悪に……満ちている?」


「勇者なんて称号は所詮お飾りだってことさ。あれは強ければなれるもんじゃない。まぁ、これはいずれ分かる」


 勇者が飾り……?

 それってつまり、様々な利権が絡んでいて、ロイさんが勇者に収まっている……ってことか?


「それにこの問題を解決するには、やはり元を叩かなきゃならねぇ。水面下で静かに動いた方がいい。まぁ世界に異常さを訴えるのは、最後の一押しに使えるかもしれないが、誰が何の目的かまで突き止めてからじゃないと効果は薄いだろう。お前もあまり目立つ行動は控えろ」


 確かにバーンさんの言う通りかもしれない。

 けど……。

 そんな俺の考えが表情に出ていたのか、バーンさんは真剣な顔で口を開いた。


「お前さ、フウロ達が衛兵に連れて行かれる時すごく悲しい目をしていたな。ひょっとして、自分のせいでとか考えていたんじゃないか?」


 図星だった。

 もちろん自業自得だとは思っている。

 だが、無能だった俺に対する憎悪がそうさせてしまったのだと考えると……。


「ロードよく聞け。今回の件は無能とは別の話だ。フウロは個人的にお前を陥れる為に、レバノンや係員を闇討ちした。それはあいつ本来の思想、自分のことしか考えず、他人を思いやれない歪んだ心が生んだ行動だ。それを履き違えるな。過去の話を聞いて分かったが……お前は優し過ぎる。もちろんそれは悪いことじゃない。実際何人もそれで救われている訳だからな。ただ、1つ覚えておけ。力を持った者は、必ず選択を迫られる。その時重要なのは、優しさではなく"覚悟"だ」


 バーンさんは胸に拳を当てながらそう言った。


「覚悟……」


「そう……お前の行動や言動で何が起こるのかを理解しろ。お前は間違いなく上に行く人間だ。いずれ……いや、そう遠くない未来、きっと優しさだけじゃどうにもならないことが現れる。覚悟を……それを忘れるな」


 バーンさんの言っていることは分かる。

 何かを選択するってことは、何かを切り捨てるってことだ。

 その時俺の個人的な感情だけではなく、大局を見て判断する必要もあるってことだろう。

 ただ……。


「分かりました……でも、バーンさんが拳を当てたその場所は、人の心がある場所でもあります。それに、俺は俺ですから」


 俺にも譲れないものはある。

 だから、自分を貫き通す。


「…………ははっ! やっぱりおもしれぇな、お前」


「あはは……褒め言葉として受け取っておきますよ」


「ああ……じゃ、会場で待ってるぜ。俺の立場じゃあんま言っちゃいけねぇんだろうが……勝てよロード」


「はい、頑張ります!」


 バーンさんはニッと笑うと部屋を出て行った。

 

 この世界の邪悪……無能という問題だけじゃなく、他にも様々な場所で何かが起きている。

 俺1人じゃどうにもならないけど……。


「ロード様、参りましょう」


「ああ、頼りにしてるよ。レヴィ」


 俺には仲間がいる。

 だから、前を向いて歩くだけだ。

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