第53話 道
作戦は完璧だった。
まず係員を顔を見られないように拘束して、スカイの変身魔法でそいつに変身して色々探った。
スカイの変身魔法は声を出すことが一切出来なくなるし、魔法までコピーすることは出来ないが、見た目から匂いまで完璧に同じになれる。
さらに、直近の記憶まで知ることが出来るから、大体の情報はそれで知ることが出来た。
係員に変身して抽選結果を先に確認した結果、レバノン達が1回戦の相手だったのはラッキーだった。奴らは初出場であんまり有名でもねぇから、入れ替わってもうまくやればバレることはない。
その後弁当を運ぶ係員を拘束し、レバノン達の弁当にプルルのゼリーを入れた。プルルのゼリーは無味無臭……胃液ぐらいじゃ暫くは消えないから、少量でも中に入ればこっちのもんだ。
プルルの魔法はイストにいた頃より成長していて、ゼリーを透明にすることが出来るようになっており、このことはあの野郎も知らない。
体内に入ったゼリーを操れば、中から胃を刺激することで魔物すら苦しめることが出来る。
その後、スカイの変身魔法で適当に変身して顔を隠し、部屋の中で苦しんでいる奴らを係員と同じようにキャシーの収縮魔法で小さくして隠した。
もちろんあの野郎とレヴィとかいう女の弁当にもプルルのゼリーを混ぜ、女の方はいいタイミングでゼリーを操って決闘場から遠ざけてやる。
確かにあの女は強いが、あいつさえいなければあの野郎は無能……。
いきなり力を手に入れるなんてことはあり得ないんだ。
無能は一生無能なんだよ……!
ボロッボロにいたぶってやる。
この大会で無能をさらけ出せば、一躍有名になれるだろうぜ? もちろん悪い意味でな!
それさえ出来れば後はどうでもいい……適当に拘束した奴らを戻してこんな町とはおさらばだ。
ざまぁみやがれ……クハハ……ハハハハハハハハハハハ!
―――――――――――――――――――
な、なにが起こってやがる……?
キャシーの収縮魔法で小さくした岩も簡単に斬りやがったし、広げたプルルの魔法も焼き尽くされ、胃の中にはゼリーが入っている筈なのに苦しむ様子もない……!
お、俺の攻撃も全然効かねぇし……ダンは魔法を使ったらバレちまうから使えねぇ……!
あの女は遠ざけた……あいつには何も出来ない筈だ!
そ、それともあいつは……む、無能じゃなかったのか……?
そんな馬鹿なことがあるかっ! あってたまるか!
他の3人を見ると、どいつもこいつも泣きそうな顔で俺を見ていた。
な、なんて顔してやがる……バレちまうだろうが!
まだ負けた訳じゃ……!
「おい」
「!?」
がはっ……!?
なんっ……腹がっ……!?
『い、いつの間に!? 槍を出した瞬間、ロード選手がホン選手の腹に拳を叩き込んでいたァァッ! ま、全く見えませんでしたッ!』
『……速い』
ざ、ざけんな無能があぁあああああああ!!
『ホン選手が次々に風魔法を放つ放つ放つ! しかァし! いつの間にか槍をしまったロード選手ッ! 拳で全てを叩き落としていくゥッ!!」
『あの程度なら武器を使うまでも、避けるまでもないってことか。魅せるねぇ……』
ば、馬鹿な……馬鹿な馬鹿なっ!
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!?
こ、こいつは本当にあの野郎なのか!?
なんなんだ……なんなんだよぉっ!?
『こ、これはっ!?』
『ほー……周囲の風を集めて……』
こ、これなら……これならどうだぁっ!
俺の最上級の一撃をっ……喰らいやがれぇぇぇっ!
『目に見える程の風の塊がァッ……えッ!? ロ、ロード選手腰にぶら下げていた剣で一閃ッ! 風を切り裂いたァァァァッ!』
『おーおー……真っ二つかよ』
あ……ああっ!?
お、俺の魔法が……こんなぶがぁっ!
『攻守逆転ッ! 次々にロード選手の拳が打ち込まれていくゥッ! 目にも留まらぬ連続攻撃ィッ!』
『格闘も並みじゃねぇな……達人クラスだぞ』
あっがっ……! げほぁっ!
ク……ソが……舐めるなぁあああああああああ!!
『こ、これはホン選手! 自分を中心に風魔法で竜巻を作り出したァッ! ロード選手これをバックステップで回避ッ!』
『へぇ、あいつも並じゃねぇな。でもなぁ……』
『バーン様? そういえば先程係員さんと何か……』
『いいからほれ、実況実況』
こ、こいつはかなり魔力を使っちまうが、この風の壁を突破することはできねぇ!
ここでダメージを回復して反撃を……でも、どうすりゃいい……?
このままじゃ負……。
な、何考えてんだ俺はっ! 俺が負ける訳がっ……!
『おおッとォッ!? ロード選手が再び槍を召喚ッ! これは……先程とは形が……』
『さっきよりやべぇなあの槍は……』
な、何をするつもりかは知らねぇが……こいつは破れ……。
「
…………は?
『た、竜巻を……槍の一投でぶち破ったァァァァァァッ!? なんなんだあの槍はァッ!?』
『あの風魔法はそんな簡単に破れるもんじゃねぇぞ。マジで面白いなアイツ……!』
おい…………おいっ!!
なんだよこれ……なんなんだがばっ!?
『ロード選手の攻撃が顔面にクリーンヒットォォォ! ホン選手が派手に吹き飛んで行くゥッ!』
『決まりだな。あいつはよくやったよ。もう……起きない方がいい』
『ホン選手ダーウンッ! これはもう……』
は……?
ざ、ざけんな……。
お、俺が無能に負ける訳ねぇだろうが……!
よく……やっただと……?
ま、まるで、お、俺がっ……俺が格下ぁ!? 俺が格下みてぇな言いっ! 言い方をっ……!
ハハ……ハハハハハ……はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?
無能が……!
無能の分際で……!
無能のロードの分際でぇ……!!
「ロードのくせに調子に乗るんじゃねぇえええええええええええええええええええええええええ!!!」
―――――――――――――――――――
『こ……これは……!?』
『文字通り魔法が解けたって訳だ。どうやらうちのアリスが犯人を見つけたらしい。ったく……なんでバレないと思ったのかねぇ……』
『ア、アリス様が? 犯人? いったい何がどうなって……』
大きく映し出されたフウロの映像に会場全体がどよめいている。
それはそうだろう。今までホンさんだと思っていたのが全く違う人間だったんだから。
やはりスカイの魔法で変身したフウロだった訳だ。
「なるほど……変身魔法で入れ替わっていたのかい。ま、関係ないさね」
レーヴァティンは3人を圧倒し、炎の牢獄に彼らを閉じ込めていた。
牢獄の中で既に元の顔に戻ったキャシー達は、これから自分達がどうなるのかを既に察しているようだ。
3人とも俯きながら、涙も流せずに呆然としている。
「ま、まだ俺は負けてねぇ……負けてねえぞ! クハハっ!」
フウロは自分が今どういう状況なのかも理解していないようだ。
目は血走り、歪な笑顔で俺に手を向けている。
俺はグングニルを手帳にしまい、腰に下げてあったイアリスを抜いた。
「調子に乗ってんじゃねぇぞロードっ……! てめぇは無能なんだよ! 無能のロードが俺に舐めた真似してんじゃねぇぇ!!」
「フウロ、俺は無能じゃなかったんだ」
「う、うるせぇ! お前は無能だ! 無能なんだよ! それになぁっ俺はテメェが……テメェの目が! そのツラが元々気に入らねぇんだよ! くたばりやがれええええええええええ!!」
飛んでくる風の砲弾をイアリスで叩き落としながら、俺はフウロに近付いていく。
フウロは狂ったように笑い、そして叫びながらどんどん弱くなっていく風の砲弾を放ち続けていた。
俺がそれを叩き落とす度にフウロの顔から歪んだ笑みが消えていき、泣きそうな、そして怯えるような本当の感情が顔を出す。
「あ……く、くそっ! くそっ! ま、まだだ! まだ!」
そして、ついに魔法を放つことが出来なくなったフウロは、助けを求めるかの様に未だどよめく観客達に向けて叫びだした。
「はぁっ……はぁっ……! き、聞けぇぇぇぇ! こいつはっ! こいつは無能なんだよおぉぉぉ! 無能のくせにっ! お前ら全員騙されてっ……」
「黙れクソ野郎!」
「闘技大会をめちゃくちゃにしやがって!」
「そうだそうだ! それに、ロードのどこが無能なんだ!? ふざけるな!」
「本物のレバノンはどうした!? この犯罪者が!」
「なっ……! こ、こいつは本当にっ……! クソどもがぁ!」
自分がやってしまったことを認めない為に、俺が無能じゃないことを認めるわけにはいかないのだろう。
しかし、フウロは観客達に……いや、自分自身の言葉でどんどんと追い詰められていった。
「フウロ……お前、自分のしてしまったことが……分からないのか?」
「あ、あぁ!? テメェにしたことかぁ!? 何が悪いんだ! 無能をいたぶったところで別に……」
「違う……俺のことはどうでもいい。レバノンさん達にしたことだ。お前はなんの関係もないあの人達を……!」
「レバノン……? ああ、あの雑魚か……あんな野郎が決勝にでること自体おかしいんだよ! 俺の方が強いんだからな!」
「フウロ……お前は!」
「う、うるせぇ! 勝負はまだ……!」
「いや、終わりだよ。お前の負けだ」
「なぁっ!? あんた……なんで……!」
いつの間にかバーンさんがそこにいた。
あの距離を一瞬で……。
「俺な、レバノン達とは前に一度会ったことがあんだよ。それにスカイが全部喋った。言ってる意味……分かるよな?」
「う……う、うるせぇ! あんたは引っ込げぇっ!?」
バーンさんの拳がフウロの腹に突き刺さり、フウロは胃液を撒き散らしながら宙を舞った。
その光景に観客達の罵声は止み、闘技場は静寂に包まれる。
地面に叩きつけられ、腹部を押さえて痛みに喘ぐフウロにバーンさんは静かに語りかける。
「加減した。そのまま聞きやがれ……お前ら全員、冒険者資格を永久に剥奪する。二度と冒険者を名乗ることは許さねぇ」
地面にうつ伏せに倒れながら、なんとか顔だけ持ち上げていたフウロの表情が変わる。
目を見開き、途端にガタガタと震えだす。
ようやく自分が何をしてしまったのか気付いたらしい。
「な……そんな……待って……そ、そいつは無能なんだよ! 悪いのはそいつ……」
「お前さぁ……ロードが過去に無能だったろうがなんだろうが、今ロードは魔法を使ってるじゃねぇか。何故それが分からないんだ?」
「え……あ、いや……え?」
「そもそも今それは関係ない。問題なのはお前のやったことだ。ルールに書いてあったよな? 非人道的な行為をした奴は……資格を剥奪するってよ」
「あ……いや……そっ、それだけは……!」
「つか、それだけじゃ済まねぇだろうなぁ……ニーベルグの牢獄はきっついぞぉ。よかったなぁ……ゆっくり頭冷やしてこいや」
「え、え!? ……待って下さい! 待って下ざぁいぃっ!!」
「この世にはなぁ……人として外しちゃならねぇ道ってもんがあんだよ。もちろん誰しも間違いはある。だがな……お前は道を外し過ぎた」
「あ……ああ……嫌だ……嫌だぁああああああああ!!」
「お前の冒険者ごっこは今終わったんだよ……クソガキ」
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