第55話 決勝戦
「はいこれ。頼まれていたものと、あの子の髪。っていうか……あんたそんな趣味があったの?」
「嫌だなぁ……違いますよ。仕事ですよ仕事ぉ。じゃぁこれ報酬ですんでお確かめ下さい。多分またお願いするんで、今後ともよろしくお願いします」
「はいどーも。本当は決勝戦のどさくさに紛れてやるつもりだったけど、色々ごたごたがあってすんなりいったわ。何人か眠ってもらったけど、それもあいつらのせいになるしね。それにしても……ふふ、こっちの方が稼げるなんてなんか皮肉ね。真面目に戦ってる連中が馬鹿らしく見えちゃう。じゃ、またね」
3人組の女達がその場を離れていく。
彼女達を見送った男は、受け取った品を眺めながらニヤリと笑った。
「あんた……
「えぇ……アミィまでそんなこと言うなよ……」
男をからかいながら、アミィと呼ばれた少女が影の中から姿を現した。
八重歯を見せてケラケラと笑う彼女は、その容姿には似合わないかなり大胆に肌を露出した服を着ている。
数千年を生きているようには見えないが、それでも年相応の妖艶さも併せ持つ、不思議な雰囲気を彼女は持っていた。
「にしてもさ、あんなクソ雑魚に大金握らせてまで得る価値あんのそれ」
「あるよぉ……じゃなきゃこんなことしないさ。それに、あの人間達は便利だからね。暫く使わせてもらおう。あのお方の為にやれることはやらなきゃだろ? 他の連中だって、今頃……」
「ま、いいけど。んで、そっちはどうだった?」
言葉を遮られた男は少し不満そうな顔をするが、手に持った白い髪を見ながらこくりと頷いた。
どうやら彼らの予想通りだったようだ。
「うん、魔族だねぇ。後は帰って調べれば分かるよ」
「じゃあ帰りましょ。ここは人間臭くてかなわないわ」
「僕はこの匂い好きだけどなぁ」
「ハドラスさぁ……あんたやっぱり変態ね」
ハドラスと呼ばれた灰色の服を身に纏った優男は、再度放たれた言葉の暴力に胸を痛めながらも魔術を使う。
影の中に更に黒い影が現れ、2人はその中へと身を沈めていった。
「あんた……メンタル弱いわねぇ」
「アミィはもうちょっとさぁ……優しさを……」
「無理」
そうして彼らは闇に消えた。
―――――――――――――――――――
『いませんか……ふぅむ、バーン様どうしましょう?』
『残念だが……いないなら仕方ねぇな。この大会に繰り上がりはないから、ロード達の不戦勝だ』
準決勝第1試合は俺達とエアルさん達の試合だったのだが、彼女達は試合会場から忽然と姿を消した。
書き置きも何もなく、何故いなくなったのかは結局分からないまま、俺達の決勝戦進出が告げられる。
「どうしたんでしょうエアル様は……」
「さぁな……何もなければいいんだけど」
『さァッ! 気を取り直して参りましょう! まずはDブロックを勝ち上がり、1回戦を難なく突破したフェンチームの登場ですッ!』
観客達のざわめきが続く会場を明るくしようと、キャロルさんの可愛らしい声が響く。
司会も大変だ。
そうして現れたフェンさん達を見て、会場は再び活気付いた。
フェンさん達はAランクの3人パーティ、煙魔法を使うフェンさんと、砂魔法と水魔法を使うメンバーで構成されている。
1回戦は見ていないから分からないが、予選では決闘場を埋め尽くす程の煙で戦っていた。
あの煙は正直厄介だ。
「煙は重力の影響を受けるのかな」
「軽すぎて受けないでしょうね。砂や水は受けるでしょうけど」
『続いて今大会唯一のSSランクッ! 他を圧倒するその実力は本物だァッ! 優勝候補筆頭ッ! グラウディ選手の入場ですッ!』
グラウディさんが姿を現すと、会場が大歓声に包まれる。
やはり優勝候補筆頭の前評判通り、ここまで全て一瞬で勝負を決めていたらしい。
『また、グラウディ選手は今大会唯一1人での参加! それだけ自信があるということでしょうかッ!?』
『グラウディクラスになると、なかなかついて来られる仲間がいないんだよな。だから高ランクは少数パーティか、1人の奴が多いんだよ』
『なるほどなるほど! さァ、果たしてどちらが決勝戦に進出するのか、間も無く試合開始ですッ!』
「大体対策は立てたけど……上手くいくかな」
「あの方次第でしょうね。後は弱点を突けばなんとか……」
『それでは参りましょうッ! 準決勝第2試合! レディ……ゴオッ!』
「まぁフェンさんが勝つ可能性も……」
「あ」
『終わったァッーー! またもや一瞬! 誰も彼を止めることは出来ないのかッ!? グラウディ選手! 決勝進出ゥッーー!』
「……マジかよ」
「煙を出す暇さえ与えないとは……恐ろしい」
「当たり前だけど、始まってからでないと魔法を使っちゃいけないからな。武具を取り出すのも周りからすれば召喚魔法な訳だから出来ないし……」
「そうですね……まぁ初弾は耐えられますから、後は作戦が上手くハマれば……」
『ではこれより休憩……あら?』
その時、会場を包む大歓声をグラウディさんが止めた。
やがて静かになった会場に彼の低い声が響く。
「上がってこいよ召喚騎士。俺も大して疲れてねぇし、このままやろうや。つーか、早くお前と戦いてぇ」
『おおッとォッ!? 休憩はいらないというグラウディ選手ッ! ロード選手はいかがでしょうか!?』
俺達は不戦勝だし、断る理由がない。
それに、俺も早く戦ってみたかった。
「分かりました。やらせてもらいます」
『オッケェェェイ! それではこれよりッ! ニーベルグ冒険者闘技大会……決勝戦を始めますッ!!』
瞬間大歓声が再び会場を包み込んだ。
まぁ色々あったがここまできたんだ。
やっぱり優勝したい。
『まずはSSランク冒険者で職業重力剣士ッ! 今大会すべての試合を一瞬で終わらせ、無傷のまま勝ち上がった孤高の男ッ! グラウディ=ニュートリオンッッ!!』
大歓声が鳴り響き続ける中、俺とレヴィは決闘場へと上がった。
やはり空気が俺達を叩く。
心臓の鼓動は早まり、それと同時にワクワクした。
圧倒的力を持つ人にみんなと全力で挑む。
俺1人では絶対勝てないけど、みんなと力を合わせればきっと……!
『対するは、Aランク冒険者で職業召喚騎士ッ! 様々な武器を召喚し、さらには人すら召喚するその力は本物だッ! 今大会最強の男にどう挑むのかッ!? ロード=アーヴァインッッ!!』
再び沸き起こる大歓声の中、俺とグラウディさんは互いに頷いた。
もう言葉は必要ない。
『グラウディが勝てば、晴れてSSSランク冒険者になる訳だ。あいつの力ならそれを名乗っても文句をいう奴はいないだろう。ただまぁ……ロードは甘くないぜ』
『で、ではバーン様はロード選手が勝つとッ!?』
『それはすぐに分かるさ。さぁ、決勝戦を始めようぜ!!』
俺とレヴィは横に並び、グラウディさんと対峙する。
離れていても感じられる彼の力に、俺の手のひらは汗で湿っていた。
手帳をぶら下げてある皮のバンドに手を掛け、俺は深く息を吸い込む。
『それでは参りますッ! 決勝戦……試合開始ッ!!』
ドラの音が鳴り響いたと同時に俺とレヴィは魔力を放出した。
グラウディさんが使う重力魔法は細かい能力を除けば大きく分けて2種類。
全方位に放つか、個別に放つかで威力が変わる。
そして全方位型の重力変化は、相手の魔力量によって力が変化することは分かっていた。
「ちっ……」
グラウディさんが放った全方位型の重力変化はレヴィと俺の魔力を上回れない。
多少押し込まれる感覚はあるが吹き飛ばされることはなかった。
「アイギス!」
俺はすぐにアイギスを呼び出し障壁を張った。
もちろんこれは生命魔法を使う為だ。
「来い……ヘラクレス!」
『さぁロード選手ッ! 次々に武器を召喚していくッ! あの障壁がある限り攻撃は通りそうにありませんッ!』
グラウディさんもそれを察しているらしく、俺達の動向を黙って見ている。
よし、ここまではいい。
そして俺はヘラクレスに生命を与える。
彼女ならいかにグラウディさんでも簡単にはいかない筈だ。
そうして現れた赤髪の巨人は周りを見渡しニヤリと笑った。
「久しいな所持者よ……よい刻、よい場所に呼んでくれた……血が滾るわ……!」
『で、デカァァァァァァイッ! ロード選手ッ! 巨大な女性を召喚ッ!! す、すごい美人ですッ!』
『いやぁ……ありゃやべぇぞ』
「ヘラクレス弓は使うな。観客に当たると大惨事だ」
「分かっておる……早く障壁を消してくれ……!」
ヘラクレスはグラウディさんと戦いたくて仕方がないらしい。
俺は準備を整えアイギスをしまう。
そうして障壁が消えた瞬間、ヘラクレスは一陣の風となり、グラウディさんに向けて駆け出した。
「ぬうっ!?」
しかし、駆け出したヘラクレスの動きが突如鈍る。
どんどんと動きが遅くなり、遂には片膝を突いてその場にうずくまってしまった。
「ちっ……この女……なんて力をしてやがる……!」
グラウディさんの重力魔法を受けたせいだろうが、それでもヘラクレスは強引に腰を上げ、ゆっくりではあるが確実に前へと進み出した。
これで1つ……。
彼の対象を取る重力魔法は、目を合わせるだけで発動出来る。また、直接触れればそれとは別に対象を取ることも可能だ。
目を合わせるだけで取れる対象は2つと少ないが、全方位型とは違い、相手の魔力量に左右されないという特徴がある。
その重力は相手の体重によって変化し、重ければ重い程強大な重力が相手を襲う。
また、魔力を込めればその分重力の力は上がる。
恐らくヘラクレスを止める為にさらに魔力を込めている筈だ。
「はっ……はっはっ! よいぞ……これはよい!」
「なんなんだこの化け物はっ……! これでも止まら……うっ!?」
「さすがですね……!」
気配を殺して近付いていたレヴィの攻撃を、グラウディさんはギリギリで回避した。
瞬間レヴィにも重力が襲い掛かる。
これで2つ!
「ぐあっ……!」
「そのまま寝て……なっ!?」
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