第56話 決着


 ハディスを被り近付き、いきなり目の前に現れた俺の攻撃をグラウディさんは咄嗟に剣で受け止めようとする。

 しかし、俺のつるぎはデュランダル。グラウディさんの頭上で交差する2本の剣をこともなげに両断し、そのつるぎはグラウディさんの肩口に叩き込まれた……かに見えた。


「甘い……!」


「くそっ……!」


『グ、グラウディ選手ッ倒れないッ! 当たっていないのかァッ!?』


『あれが厄介なんだよなぁ……』


 デュランダルの刃がグラウディさんに触れる直前で止まってしまっている。

 彼は自身の身体の表面に反発する重力を発生させ、デュランダルの一撃をギリギリで防いでいた。


 グラウディさんの重力魔法の中で特に厄介なのが、この身体に纏う重力だった。

 かなりの魔力を消費するようだが、これをやられると俺達の攻撃は一切通らなくなってしまう。


 これを発動させない為に魔力を多く消費するであろうヘラクレスを使い、レヴィにわざと重力魔法を受けてもらったのだが、それでも尚魔力に余裕があるとは……やはりSSランクは伊達じゃない。

 瞬間グラウディさんはデュランダルを払い、重力の鎧を解除して俺の腕を掴んだ。


「ぐっ!」


「お前も潰して終わ……!」


「はぁっ!」


「ぬっ!?」


 重力に押し潰されながらレヴィが放った魔力の弾丸がグラウディさんの肩口に命中する。

 再び張られた重力の鎧によりダメージは通らなかったが、おかげでグラウディさんから逃れることは出来た。

 距離を置いた俺を睨みつけながら、グラウディさんは静かに呟く。


「お前ら……俺の力を知っているな……?」


 さすがにバレたか……まぁそれは仕方ない。

 あそこで決められれば一番よかったんだが、ここまでは予想通りの展開だ。


「だんまりか……ま、知っていようが関係ねぇ……俺の魔法にゃ、お前の攻撃は通らねぇぞ?」


「グングニル!」


「ぬ……」



 ―――――――――――――――――――



 グングニル 嵐神の放浪槍


 嵐の神が創り出した伝説の風槍。


 嵐の神は人の姿に身をやつし、世界を放浪することが趣味だったという。

 その際杖代わりに使っていたのがこの槍だった。


 嵐を巻き起こし、風を自在に操ることが出来る。

 また、投げつけた槍は風に乗り、必ず持ち主へと帰ってくるという。


 武器ランク:【SSS】

 能力ランク:【SSS】



 ―――――――――――――――――――



『おーッとロード選手ッ! あの時の槍を召喚ッ!』


『果たしてあの槍でも貫けるかどうか……』


 ヘラクレスの動きがさっきより鈍い……更に魔力を上乗せされたのかもしれない。

 レヴィも全力で抵抗している筈だから彼女にもそれなりの魔力を消費しているだろう。

 これだけ強力な魔法を維持し続けるにはかなりの魔力を消費している筈だ。


 俺も昨日今日とかなり魔力を消費している。

 つまりここからは、どっちが先に魔力が切れるかの勝負……。

 俺は魔力を込め、グングニルを振りかぶった。


「グラウディさん、俺はこの一投に全てを込めます……!」


 今グラウディさんがグングニルに重力をかけるには直接触れるしかないが、この人の一撃は素手で止められるほど緩くはない。

 つまり、重力の鎧で受けきるしかない筈だ。


「なるほど……その槍を受けきれば俺の勝ち……受けきれなければお前の勝ちって訳か。おもしれぇ……全力でこいや!」


 これでいい……全ては整った。

 後は伸るか反るか……!


「いっ……けぇぇぇえっ! 嵐の神の放浪槍グングニル!!」


 そうして俺から放たれた風槍の一投は、風を纏い、まるで竜巻のように唸りを上げて突き進む。

 対するグラウディさんは重力の鎧を身に纏い、正面からそれを受け止める。

 瞬間、竜巻と重力が激突し、闘技場全体に強い衝撃波が広がった。


『のわァァァァァァッ!?』


『ぐっ……なんて衝撃だ……!』


「ぬっぐぅぉぉぉぉっ!? こ、これ程とはっ!」


「ぐうっ……!」


 俺は両手を突き出し、グングニルが弾き飛ばされないようにさらに押し込む。

 気を抜くと俺が逆に吹き飛んでしまいそうだ……!


 グングニルは回転しながら突き進み、重力の鎧を突き破らんと唸りを上げている。

 しかし、それでもグラウディさんは重力を両手に込めて踏みとどまっていた。

 まずいな……このままだと俺の魔力が先に……!

 でも、グラウディさんの魔力もかなり減っている筈……もう少し、もう少しなんだ!


「ロォォドォォォッ! こんなもんかぁああああ!? なら、俺が勝……!」


「待たせたな所持者よ……!」


「なっ……!?」

 

 よし! そろそろだと思ってたぞヘラクレス……!


「ば、馬鹿な……何故動け……!」


「なぁに簡単な話よ……グングニルを抑えるだけの力を使えば、こちらに回す魔力が減るのは道理!」


「だ、だからといって動ける訳がっ……!」

 

 ヘラクレスが足を踏み下ろす度に決闘場の床が砕けていく。

 それだけで未だにかなりの重力が彼女にかかっていることが分かるが、それでも彼女はもう止まらない。

 

「あっはっはっは! ぬるいぬるいぬるいわぁッ!!」


「ありえねぇっ……! 弱まったといっても10トン以上は……! 何故動ける!?」


 そして、遂にヘラクレスがグングニルの真後ろに立つ。

 棍棒を両手で振りかぶり、彼女はニヤっと笑いながら答えた。


「我が名はヘラクレス! それ以外に……理由などなしっ!! うおおおおらぁぁぁぁぁあっ!!」


「ぬうおおおおおおおおおおおお!?」


 そうして振り抜いたヘラクレスの棍棒がグングニルを後ろから叩きつけた瞬間、重力の鎧は貫かれ、風槍はグラウディさんの脇腹をかすめて空へと突き抜けた。

 瞬間ヘラクレスが武器へと戻っていく。

 俺の魔力量が怪しく、必要最低限しか魔力を与えなかったからな……ありがとうヘラクレス。

 俺の声が届いたのか、彼女は微笑みながら消えていった。


『じュ、重力の鎧を……遂にぶち抜いたァァァァァァッ!』


『やりやがった!』


 グングニルが突き抜けた衝撃により、グラウディさんが俺の目の前まで吹き飛ばされてきた。

 体力も魔力も使い切ったのだろう、その体はピクリとも動かない。

 かく言う俺も限界ギリギリだった。

 なんとか……勝てたか……。


『け、決着ゥゥゥゥッ! 勝者ッ! ロ……!』


『いや、まだだ……!』


「ロード様! まだですっ!」


「え……?」


 見ると、レヴィが未だ重力に押し潰されていた。

 そんな……!?

 

「ま、まだまだ……俺はやれるぜぇ……!」


 SSランクの底力か、グラウディさんは立ち上がる。

 な、なんて人だ……。


「デュランダルっ!」


 俺も最後の力を振り絞りなんとか立ち上がった。

 最後の最後……俺は彼女と目を合わせる。

 次の瞬間目の前には、グラウディさんの手が迫っていた。


「うらぁっ!」


「効かねぇっ!」


 まだ……重力の鎧を……!

 デュランダルを受け止められ、俺はグラウディさんに頭を掴まれた。


「掴んだぞロー……あがっ!?」


「ふふ……あなたの負けです!」


 これが最後の一手……。

 何かに触る時、重力の鎧はその妨げになる。だから、俺を掴む時は重力を消さなければならない。

 レヴィの鎖はとっておきの奥の手……そして、もうグラウディさんの魔力が残っていないってサインでもある!


「身体が動かなっ……!?」


 本当に……全部出し切った。

 だからこれで……最後だ!


「はぁぁぁっ! 断ち切る為の黒き神剣デュランダル!!」


 デュランダルの刃が……今度こそ肩口へと叩きつけられる。

 手応え……ありだ!


「あ……がっ……!」


 そして、遂にグラウディさんが背中から地面に倒れた。


『こ、今度こそ決まったァァァァァァッ! 勝者ッ! ロォォォォドアーヴァインッッ!! 冒険者闘技大会……優勝ォッーーーー!!』


 その瞬間、この日一番の大歓声が闘技場を包み込んだ。


『いやぁ……お見事。まさか本当に勝っちまうとはなぁ……すげぇや』


 地鳴りのような大歓声を、俺は仰向けに寝転んで聞いていた。

 もう魔力が空っぽで動けない……。

 そんな俺のすぐ横にグングニルが突き刺さった。


「うおっ……あ、ありがとなグングニル……」


 白銀の一本槍は、それに応えるかの様にキラリと光っていた。

 本当に……ありがとな。


「ロード様っ! 大丈夫ですか!?」


「レヴィこそ……大丈夫か? ずっと潰されてたろ……?」


「私は大丈夫です……肩をお貸ししますから……」


 みんなを手帳に戻すと、その場で治療を受けていたグラウディさんが目を覚ました。

 治してあげたいのだが、本当に魔力がなくて出来そうにない。


「グラウディさん……大丈夫ですか?」


「……負けたぜ。もう魔力がすっからかんだ。攻撃を食らったのなんざ何年振りだろうなぁ……すげぇよお前」


 そう言って、身体を起こしたグラウディさんが手を差し出す。

 俺はそれを掴み、かたく握手を交わした。


「いや、俺には仲間がいましたから。1人じゃ絶対勝てませんでした……グラウディさんは強過ぎですよ」


 それに、彼にはまだ奥の手があった。

 それを使わなかったのは、下手をすると俺が死ぬ可能性もあったからだろう。


「ふっ……俺も仲間がいりゃあな……」


 そう呟いた彼の目がすごく寂しそうだったので、つい俺はそれを口にしてしまった。


「あの、グラウディさんは通信魔石持ってます?」


「え? あるにはあるが……」


「じゃあリンクしてくれませんか? せっかくこうして知り合えた訳ですし……どうでしょう?」


「そうだな……うん、よろしく頼むわ。おかしいな……負けたってのに清々しい……いやぁ、楽しかったなぁ……」


「はい、俺も……楽しかったです。ふらふらですけどね……」


「ははっ……互いにな」


『こ、これが漢同士の友情ッ! くうッ! 皆様ッ! 2人の勇者に……もう一度盛大な拍手をお願いしまァッすッ!!』


 会場は暫くの間鳴り止まない拍手に包まれ、こうして決勝戦の幕が下りたのだった。



 ―――――――――――――――――――



 表彰式が終わり、俺達は控え室で休息を取っていた。

 俺は未だに身体がうまく動かず、ソファーに横になり天井を見上げていた。

 それにしても……。


「俺って弱いなぁ……」


 俺を心配そうに見つめていたレヴィの表情が更に曇る。

 ごめんなレヴィ……ちょっとだけ言わせてくれ。


「ロード様……? どうしたのですか急に……」


「いや……みんな自分の魔法を使いこなしてるだろ? みんな自分の力だけで戦ってる。けど、俺の魔法は生命を与えるだけ……勝てたのはレヴィや武具達のおかげがほとんどだった。だからさ……なんか色々考えちゃって」


 伝説の武具達がいなかったら、きっと俺は優勝出来ていなかっただろう。

 これまではもちろん、フウロ達との戦いも、グラウディさんにだって絶対勝てなかった。

 そう思ったらなんだか申し訳ないような……そんな気が……。


「ロード様。私から申し上げられることは1つだけです。伝説の武具様達は誰にでも扱うことが出来るような、そんな簡単な方々ではありません。あなた様だから……クラウン様が託したロード様だからこそなのです。それを忘れてはなりません」


「レヴィ……」


「それに、ロード様の生命魔法はまだ発展途上……今からいくらでも強くなれます! 武芸百般もありますし、ロード様は弱くなんかないのです!」


 レヴィが珍しく語気を強める。

 ありがとうレヴィ。


「ははっ……レヴィ、1つだけじゃなかったのか?」


「む……と、とにかく! ロード様はお強いのですからねっ! 分かりましたか!?」


「ありがとなレヴィ……レヴィがいなかったら俺は……」


「それは私も……同じです。ロード様が現れなければ、今頃私は1人に……」


 俺はレヴィの手を掴む。

 レヴィはすぐにぎゅっと握り返してくれた。


「よし、元気でたよ。ごめんなレヴィ」


「私はいつでもお側にいますから……ロード様」


「あーっと……邪魔するよ?」

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