第49話 予選

 

『それでは早速予選を開始させて頂きますッ! Aブロックの代表者様はそのままで、それ以外の方は決闘場近くに設置されたお席へどうぞ!』


「お、もう開始か。レヴィ、任せたぞ」


「お任せ下さい。なんだか久し振りに……私も高揚しているようです。ククク……」


 ニヤリと笑うレヴィ。

 まぁレヴィなら心配はないだろう。


「じゃ、そこで見てるから」


「はい。ロード様の名を汚さぬよう戦わせて頂きます」


 正直、素の戦闘力なら俺よりレヴィの方が上だろう。

 生命魔法を使っての2対1なら俺の方が強いかもしれないが、それにしたって俺はまだレヴィの本気を見たことがないから分からない。

 魔王になれる素質があったというレヴィはいったいどれほど強いのだろう。


 決闘場の上に残ったのは18名。

 ここから勝ち上がれるのはたったの2チーム……予選でほとんどの冒険者が振り落とされる訳だ。

 ここで負けたら元も子もないから、みんなパーティの中でも最強の人物を出しているだろう。

 そんな屈強な冒険者達の中に一人佇むメイドさんは、すました顔でいつも通り立っていた。

 メイド服を着た女の子が決闘場にいるというその姿は、観客からしたらきっと異様な光景なのだろう。


「お、おい、メイドがいるぜ?」


「は? いるわけ……いるじゃねぇか」


「あの子可愛いー! でも、大丈夫かなぁ……周りにいる人達めっちゃ強そう……」


「メイドさんがおふざけで来る場所じゃねーぞー? 怪我しねーうちに帰んなよー!」


「手加減してやれ男どもー! がはははは!」


 そりゃそう思うよな。

 でも多分、始まったら……。


『さて、バーン様。このAブロックで気になっている冒険者はおりますでしょうか?』


『有名どころなら……Aランクのオンセ、同じくAランクのイッセキ、まぁ後はSランクのディングディングかな。どいつも面白い魔法を使うし』


『なるほどなるほど! 私的にはなんといってもあのメイドさんが気になります! 手元の資料によりますと、レヴィちゃんはBランクのようですね。あと、パーティリーダーがズラリと並ぶ中、彼女はリーダーではないようです! それにしても可愛い……あ、いやいや。さァ、その佇まいは慢心か自信か、是非注目していきましょう!』


 パーティメンバーは、依頼完了時に入るポイントがパーティリーダーより低く設定されているらしい。

 だから基本的にはリーダーのランクが一番高くなるのだが、依頼のポイントによってはリーダーのランクが上がる前にメンバーのランクが上がることもある。

 だから全員がBランクだったり、Aランクだったりすることもある訳だ。


 レヴィはワイバーンの時にC、サイクロプスでBに上がっている。

 だが、実力で言えばレヴィはBランクレベルではない。

 ランクはあくまで指標、実際の強さとは違う場合もあるってことだ。


『あいつが見たかったなぁ……』


『え?』


『いや、なんでもねぇ』


お、俺のことかな……。



 ―――――――――――――――――――



 やはり私の姿は目につくようですね。

 まぁ、皆様に見られるのは少々恥ずかしいですが……私はロード様の為に全力を尽くすのみ。

 それ以外はどうでもよいことです。


「よぉメイドさん。ご主人様に無理矢理出されちまったのかぁ? 安心しなよ、優しく場外に放り投げてやるぜ。ぐはははは!」


「馬鹿野郎。俺が優しく抱きしめて放り投げてあげるからね? テメェはひっこんでな!」


「はぁ? お前ら馬鹿じゃねぇの? 俺が優しく投げるからね〜」


 全員馬鹿みたいですね。

 まったく……私も鎧を着た方がいいのかもしれません。

 メイド服型の鎧とかありませんかね?


『ではでは! ここで予選のルール説明をさせて頂きます! この18チームの中で、決勝トーナメントに進出することが出来るのは、最後まで決闘場に立ち続けた2チームのみとなります! 気絶などの戦闘不能状態、または場外に出てしまったチームは即敗退です! それでは皆様、準備はよろしいでしょうか!?』


 キャロル様の言葉に反応し、全員が戦闘態勢に入った。

 先程まで馬鹿なことを言っていた彼らも一定の距離を置いて真剣に構えている。

 私はなるべく決闘場の端に移動し、背中を場外に向けた。


 いよいよ始りますか。

 ククク……家事とは違う意味でやはり燃えますね。


『では参ります! 予選Aブロック……試合開始ィッ!!』


 激しく鳴り響くドラの音に合わせ、周りにいた3人の男が私に飛び掛かってきた。


「レヴィちゃーん! 優しく投げぶどらっ!?」


『おーッとォ! レヴィちゃんの拳が炸裂ゥ! ヤッタカ選手が場外に吹き飛んでいったァッ! いきなり脱落者だァー!』


『へぇ……強いな彼女』


「む、やり過ぎましたかね」


 私に飛び掛かかろうとした他の2人の足が止まる。

 今の一撃で、私の力が大体分かったようだ。


「どうやらただのメイドさんじゃないらしいな……」


「いいえ、私はただのメイドですよ。ヤラハン様」


「俺のことを知って……!?」


「ククク……あなたが炎魔法使いということも、腰に痛みを抱えていることも私には分かっていますが……何故でしょうね?」


「なっ!?」


「遅いですよ」


 彼が戸惑いを見せた瞬間を狙い、背後に回り込んで背中を蹴飛ばした。

 そのまま場外に転がったヤラハン様は、私を下から呆然と見上げている。

 背後からハンマーで私を狙った3人目の攻撃を、身体を回転させてかわしながら後ろ首を掴んだ。


「うっ……」


「そんなに殺気を放っていては……不意打ちになりませんよ?」


「おわあっ!?」


 そのまま彼を場外へと放り投げる。

 私がわざわざ決闘場の端にいたのはこの為だ。

 場外に放り出すのが最も手っ取り早いし、何より怪我をさせずに済む。

 さて、戦況は……。


『あーッとォ! イッセキ選手が集中攻撃を受けてダウンッ! これで残り7名! 実況が追いつかないぞォー! あっという間に終わってしまいそうだァッ!』


 おや、もうそれだけしかいないのですか。

 どれどれ……"視て"みましょう。


 私の目には、少し離れた所で睨み合う6人の名前と魔法とスキルが見えている。

 どれも個性的な魔法だが、スキルは日常生活レベル……無視しても良さそうだ。


「全員纏めて湯に浸かりやがれ!」


 囲まれていたオンセ様の両手から大量の蒸気と共にお湯が噴出する。

 彼の魔法は温泉魔法。

 時には身体の疲れを癒し、温度を最大まで上げれば武器にもなる非常に面白い魔法だ。肌が綺麗なのも頷ける。


「ぎゃあああ!」


「うがぁぁぁあ!」


 周りにいたうちの3人が避けきれず、高温のお湯を身体に浴びてしまった。

 100度のお湯は立派な凶器だ。


『これはあッつゥーい! 火傷は危険だァ! 救護班急いで下さァーい!』


 床の上を転がって苦しんでいた彼らの姿が消え、決闘場から少し離れた位置にあるテントに一瞬で移動していた。

 どうやら転送魔法使いがいるらしい。


「む!?」


 視界の外から飛んできた何かをかわし、それが飛んできた方向に目をやる。

 オンセ様の攻撃を回避したディングディング様がいつの間にか私の近くまで来ていたようだ。


「よく避けたな。しかし、高みの見物はよくないんじゃないか?」


「確かに。失礼致しましたディングディング様。では、よろしくお相手を」


『残るは4人! それぞれ一対一で勝負をするようです! さァ、果たして誰が勝ち上がるのか!?』


 ふむ、先程は気配でかわしただけで全然見えませんでしたが……なるほど。

 さすがはSランク、ご自身の魔法を使いこなしているという訳ですか。


「いくぜメイドさん……避けられるものなら避けてみなぁ!」


 彼が何かを投げる真似をすると、やはり見えない何かが飛んでくるのを感じる。

 数が多くて避けきれない……ならば!


「なにっ!?」


 見えない何かが互いに空中でぶつかり、高い金属音が見えないままに鳴り響く。

 私は魔力で鎖を創り出し、気配だけを頼りに全てを叩き落とした。

 なるほどこの感触……スキル的にもアレを飛ばしているのかもしれない。


「何をした……」


「ククク……見えないのはあなたの物質透明化魔法だけではありませんよ?」


「し、知っていたのか?」


「私には"視える"だけです。あなたが腰にぶら下げている、その大量の飛ばし針が」


「なんだと……? ぬおっ!?」


「ふふ、カマをかけただけです。本当は見えません。でも、見えない武器を使う相手は初めてだったようですね。駄目ですよ……気を抜いたら」


 彼のスキルは"裁縫上手"でしたし、鎖で受けた感覚が細長いものだったので勘で言ってみましたが、どうやら当たっていたみたいですね。


 私が操る見えない鎖を使い、ディングディング様の全身を絞め上げる。

 完全に身動きが取れなくなった彼は、倒れないように必死にぴょんぴょん飛び跳ねていたが、私が軽く突いただけで地面に倒れた。


「のわっ! くっそ……あんた強いな」


「ディングディング様がお優しいからですよ。恐らくあなたの腰には、剣やら何やらがまだまだぶら下がっているのでしょう? あなたが私に怪我をさせる気があれば、もう少し違う結果になっていたと思いますよ」


「……あんたマジに何者だよ?」


「ふふ、私はただのメイドさんです」


「嘘つけ……」


『決着ゥー! ほとんど同時に終わったァッ! 決勝トーナメント進出はロードチームとエアルチームに決定ィッ! なんと両チームともルーキー! これは波乱の幕開けとなりましたァッ!!』


『面白くなってきたなぁ……』


 向こうも既に終わっていたようで、決闘場の床にオンセ様が仰向けに倒れている。

 エアル様はなかなか強力な魔法をお持ちでしたから、まぁオンセ様は運が悪かったというところですか。


 すると、エアル様がこちらに歩み寄ってきた。

 綺麗な女性の方で、青い髪が脚にまで伸びている。背も高く、ちょっと羨ましい。

 そんな彼女が私の目の前に立ちにっこりと笑顔をみせた。


「あんたやるねぇ。相手があんたじゃなくてよかったよ」


「いえいえ……決勝トーナメント、お互い頑張りましょう」


「ああ、リーダーさんにもよろしくね。じゃ」


 ククク……確かに楽しくなりそうです。

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