第48話 開幕

 

 冒険者闘技大会概要


 今大会を開催する本懐は、ニーベルグに於ける冒険者達の力と技をニーベルグ国民が再認識するという点にある。

 普段垣間見ることの出来ない冒険者達の勇姿をその目に焼き付け、この平和が誰の手によって築かれているのかを改めて知ることが重要なのだ。

 我々は冒険者という存在無くして今の生活を送ることは出来ない。

 国が、世界が、その存在を必要としているのだ。


 冒険者達よ。

 その磨き上げた魔法と技を是非我らに見せて欲しい。

 誇りと魂を懸けたその戦いこそが、我らの心を新たな境地へと導くであろう。

 貴公らの健闘を心より祈願し、我が挨拶と代えさせて頂く。


 第18代ニーベルグ国王 アディード=ストラトス=ニーベルグ



 冒険者闘技大会ルール


 予選はパーティの代表者1名を選出し、出場チームを4ブロックに分けたバトルロイヤル形式で行われる。

 1ブロックにつき、上位2チームまでが決勝トーナメント出場権を与えられ、決勝トーナメントの試合形式は予選終了後に発表する。


 以下、大会を通じてのルールとなる。


 1、場外に出てしまった場合、即失格となる。


 2、回復アイテムを使用した場合、即失格となる。


 3、相手を必要以上に痛めつけていると判断された場合、即失格となる。


 4、相手を殺めた場合、即失格となる。


 5、凡そ非人道的な行いをした者は、その冒険者資格を永久に剥奪するものとする。


 以上



 ―――――――――――――――――――



「ふーん……随分と冒険者を持ち上げてるな」


「まぁ、実際強い冒険者が国にもたらす恩恵は大きいようですし、間違ってはいないのでしょう。それに、こう言っておけば国に大事にしてもらえると感じますからね」


「そうだな……で、ルール自体は正々堂々やれってとこか。最後のは不正防止だろうな」


「ええ、自分の力のみで勝ち上がれ、ということでしょう。回復魔法は問題ありませんが、回復薬は駄目ってことですね。過去に色々不正があったのでしょうか?」


「恐らくな。一応武器としてはアスクレピオスを使わないでおくか。エクスカリバーやソロモンも回復には使わない方がいいかもしれないな」


「まぁ、予選は私にお任せ下さい。ロード様のお力を使うまでもありません」


「え、レヴィが予選に出るのか?」


「最近私出番がないので。たまには私に任せて下さい……駄目……ですか?」


「わ、分かったからそんな目で見ないでくれ……」


 潤んだ瞳で、下から覗き込むのは卑怯だぞ……。

 何も言い返せなくなるじゃないか。


「ふふ……勝ちました」


「ずるいな……」


 そんな話をしていると、俺達が入ってきた扉とは別の大きな扉が開き、中から男性が現れる。

 騒がしかった控え室は静まり返り、全員が彼に視線を集めていた。


「皆様大変お待たせ致しました! 間も無く開会式が始まりますので、これより会場までご案内致します! 尚、皆様はAブロックとなりますのでお忘れなきように! また、ブロックはランダムに分けられておりますので、これに対する異議はお受けできないことをご了承下さい! それでは、私の後に続いてお進み下さいませ!」


 全員が彼に続き暗い通路を歩く。

 通路の先にある半円の出口からは、屋根のない闘技場に降り注ぐ太陽の光が差し込んでいた。

 その先から既に集まっているであろう観衆の声が聞こえてくる。

 その光の中に入った瞬間、大気の震えが俺の身体を激しく叩いた。

 

 あまりに広すぎるその空間に、あまりに多過ぎる観客達がいた。

 東西南北、俺達がいる場所を含めた4つの入り口から冒険者達の姿が見えたことにより、観衆の興奮が最高潮に達したようだ。

 一人ひとりの声が合わさって大きな音の弾となり、鼓膜を通して脳ごと揺さぶられているような気さえする。


「なんか緊張してきた……」


「こんなに大勢の人を見たのは戦場以来ですね……何万人いるんでしょうか」


 何段あるのかも分からない程高く積み重なった観客席は、360度どこを向いても存在し、なんだか全員に見られているような……そんな感覚に襲われる。

 こんな大勢の人の前で戦うのかと考えると身体が勝手に震えてしまう。

 それは恐怖とは違う……高揚感とでも言えばいいのだろうか、とにかく初めての感覚だった。


 観客席に囲まれた闘技場の中央に石で作られた正方形の大きな決闘場があり、その上に出場者達が次々と上がっていく。

 俺とレヴィもそれに上がり、大歓声の中、全員が決闘場に乗ったところで美しい鐘の音が鳴り響いた。


『冒険者諸君! 闘技大会への参加、心より感謝する! 我が名はデルフ! 僭越ながら、開会の儀を取り仕切らせてもらう! よろしく頼む!』


 魔石により増強された彼の声が会場中に響き渡ると再び歓声が大きく上がり、それと共に万来の拍手が闘技場を包み込んだ。

 デルフ……確かニーベルグの宰相さんだったな。名前は知ってる。


『さて、今回の大会には総勢72チーム、300人以上の冒険者が参加してくれた! しかも、その全てがBランク以上という、近年稀にみる高水準である! この会場に集まった10万人を超えるニーベルグ国民も、諸君らの白熱した戦いに心躍らせることであろう! また、国王陛下もニーベルグ城でこの大会を見ておられる! 存分にその力を我々に見せて欲しい! それではここに……冒険者闘技大会の開幕を宣言する!!』


 10万人……とんでもないな……。

 宰相さんの演説が終わると、再び大歓声が会場を包み込んだ。

 どうやら開会式はこれで終わりらしい。


「この後はどうす……」


『皆様ァッ!? 盛り上がってますかぁあああああああ!?』


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」


「な、なんだ!?」


 観客だけではなく、参加者たちも拳を天に掲げ、今まで以上に盛り上がっている。

 なんだこの熱気は……!?


『オォォォォッッケェェェェェェッイ!! ここからの司会進行! そして実況はこのわたくしィ! キャロルがお送りいたしまァァァすッ! よろしく……ねッ!』


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」


 どうやら彼女は人気があるらしい。

 確かに可愛いが……なんか裏がありそう……なんとなくだけど。


『そしてッ……! 皆さまお待ちかねの解説は今年もこのお方ッ!! ニーベルグが誇るSSSランク冒険者……バーン様の登場ですッ!!!』


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」


「あ、あの人!」


「なるほど。そういうことですか」


 闘技場に2つ設置されているガラスでできた壁に、魔石による力で巨大な映像が映し出され、そこにさっき俺達を助けてくれたあの人が映っていた。

 銀髪の髪に浅黒い肌、金色の瞳の眼光は鋭く、全身を黒い鎧で纏ったその姿からは映像越しだというのに凄まじい威圧感を覚える。

 背中からは2本のつかが見え、黒いマントに隠れて見えないが恐らく巨大な大剣を2本背負っているようだ。


「SSS冒険者だったのか……っていうかバーンさんなら俺でも知ってる。確か……"神殺しのバーン"だったかな?」


「"神殺し"ですか……確かに、それだけの力が彼にはあるかもしれません。これがSSSランク……化け物ですね」


「"視た"のか?」


「ええ、後でお教えしますよ。彼の力もまた、神のそれに近いです」


「そうなのか? ってことはまさか……いや、そうじゃなくても強い人はいるか。クラウンさんみたいに」


「まぁ、その可能性もありますが……こればかりは聞いてみないことには分かりませんね」


 バーンさんは腕を組んで静かに佇んでおり、その姿に何かを察した観客たちは自然と声を潜め、闘技場はあっという間に静寂に包まれた。

 すごいな……何も言わずに10万人の観客を黙らせてしまうとは……。


『ありがとうみんな。改めて自己紹介をさせてもらう。バーンだ、よろしくな』


 何故かは分からないが、彼がそう言っただけで鳥肌が立った。

 なんといえばいいのだろう……。

 これが……本物の英雄というやつなのだろうか。

 その言葉だけで魂が震えるような、所謂いわゆる聴かせる声、とでも言えばいいのかもしれない。

 俺もすっかり彼の声に耳を傾けていた。


『さて、今年もこうやって故郷に帰って来られたのもみんなの存在があってこそだ。確かに冒険者無くして今の世界は成り立たない。だが逆に言えば、俺達は誰かの為に戦うからこそ、その存在意義を保つことが出来ている。どちらかが欠けても世界は成り立たない。色々な仕事で世界は回っていて、その円を守るのが我々冒険者という訳だ。そして、今ここに集まった300余名は、ニーベルグの未来を守る重要な担い手達と言えるだろう……なんて真面目な話はこれくらいにして、俺の個人的な見解を言わせてもらうぜ。実はここ数年、こうやって毎年呼ばれて大会を見てるんだがどうも退屈していてな。あーっと、勘違いしないで欲しいんだが、レベルが低いとかそういうことじゃない。順当に強いとされる者が勝ち、大番狂わせや、スーパールーキーの台頭といった楽しみが減ってるってことだ。今年も中々強いやつが参加者の中にいて、どうやらそいつらが優勝候補と言われているようだが……断言しよう。今年はルーキーが優勝する。久しぶりに楽しくなりそうだぜ? さぁ、祭りの始まりだ!』


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」


「ふふ、ロード様……顔がにやけてますよ」


「ああ、バーンさんの言う通り……楽しくなりそうだ」


 こうして、冒険者達による祭りの幕が切って落とされたのだった。

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