第47話 縁

 

 あの後すぐにアムルさんに地図を描いてもらい、冒険者ギルドを飛び出した俺達は闘技場に向けてニーベルグの路地を走っていた。

 それにしても広い町だ。

 ここに住んでいる人だってこの町の全てを知っている人はそうそういないだろう。

 アムルさんが地図を書いてくれなければこんな路地……絶対迷っていたに違いない。


「こ、こっちであってるのか!?」


「ええ、アムルさんの地図によれば……あ、見えましたよロード様!」


 大通りに出ると、その正面に大きな円形状の闘技場が見えた。

 何万人が入るのだろう……この距離からは想像も出来ないがとにかく大きいことだけは分かる。


「しかしこれは……」


「すごい人ですね……大通りは無理そうです。このままでは……」


 大通りは文字通り人によって埋め尽くされ、まともに歩くことすら難しい。

 人の流れは闘技場に向かっているがきっとみんな観客側だろうし、この人込みに紛れていてはとてもじゃないが間に合いそうにないな。

 俺はレヴィを連れて一旦路地に戻り、そこで手帳を取り出した。


「ブリューナク!」


「ちょ、ロード様町中で……!」


「分かってるさ。屋根を走り抜けるから乗れレヴィ」


「な、なるほど……分かりました」


 レヴィを背負い、壁を蹴って屋根まで駆け上がる。

 そのまま建物の屋根まで出ると、やはり巨大な闘技場がよく見えた。


「でかいな……おかげで進む方向が分かるのはありがたいけど。しっかり掴まってろよレヴィ」


「はい、ロード様」


 俺はレヴィを背中に乗せたまま、平らな屋根の上を慎重に走り抜ける。

 比較的平らな屋根が多いのはあまり雪が降らない地域だからだろう。

 これなら走りやすいし、落ちないように気を付けていけば間に合いそうだ。


 屋根の上を走っていくにつれ、どんどん闘技場が大きくなっていく。

 恐らく魔法を駆使して造られたであろうそれは、小さな山くらいならすっぽり入ってしまいそうな、そんな気さえした。


「ロード様そろそろ下りた方が!」


「だな! 掴まってろレヴィ!」


「はいっ!」


 かなり闘技場に近い建物まで来た俺達は屋根から飛び降り、ブリューナクをしまって闘技場まで更に走る。

 既に目の前には円形の巨大な闘技場がそびえ立ち、その円に沿って走りながら入り口を探していると、受付と書かれた看板の下で2人の男性が時計を気にしている姿が目に入った。

 時間はギリギリ……間に合うか!?


「はーい! 受付終了……」


「すいません! 出たいんですけど!」


 ま、間に合ったか……?


「のわぁっ!? ざ、残念だけどギリギリアウトだ……すまないね規則で……」


「本当は許可したいんだが、時間厳守を言いつけられていてね。特例を認めてしまうと次から次へと参加者が増えてしまうから……申し訳ない」


「そう……ですか……」


 クソッ……今日は野宿決定かぁ……。

 しかも、明日も依頼があるか分からないし、きっと多くの冒険者がいるから倍率が……。


「ごめんレヴィ……俺の考えが浅はかで……」


「いえ、私がロード様にお話ししておくべきでした……申し訳ありません……」


 仕方ない。馬車を使って他の町に行くか。

 うーん、山菜とかキノコとか、後は狩りが出来ればいいけど……。

 フェイルノートに頼んでみるか……はぁ、すまんレヴィ……。


「なぁ、こいつらの参加……認めてやってくれないか?」



 ―――――――――――――――――――



「久々だなぁ……」


「そうですねぇ……」


「バレてないよな?」


「大丈夫みたいですね。顔まで隠してますから」


 2人でお揃いの黒いフード付きのマントを羽織り、俺達はニーベルグの大通りを歩く。

 ちょっと遅刻しちまいそうだが、まぁ俺は出る訳でもないし別にいいだろう。

 顔がバレると大騒ぎになるし、このまま気付かれずに闘技場まで行けたらいいのだが。


「でも、何だかんだいって毎年楽しみにしてますよね」


「んー……一応な。でも、ここ数年はひどいもんだ。冒険者のレベルが下がってるのを実感しちまうよ。今年も期待できそうにないなぁ。こんなこと言えねーけど」


 毎年この大会には特別ゲストとして呼ばれているのだが、ここ数年はあまり気乗りがしなかった。

 冒険者達の戦う姿が好きだし、強い冒険者が出てくるのが嬉しかったのだが、最近はめっきり強い新人が減った。

 この大会も数年前から前評判通りに高ランクの奴が優勝しているし、特に面白みのない大会が続いている。

 町の人達も大番狂わせを見に来ている人が多く、大会自体は毎年成功しているが多分物足りていない人が多いのも事実だろう。

 かく言う俺もその一人、という訳だ。


「今年は面白い人がいるといいですねぇ」


「そうだなぁ……あーでも、あいつは出るのかな? なんだっけ名前……最近二つ名を討伐した……」


「ちょ、ロード様町中で……!」


「そうそう、ロードだ。って、え?」


 声のした方を見ると、槍を持った男がメイドを背負っていた。

 随分とおかしな光景だ。

 ひょっとして……あいつがロードか?

 するとそいつは数メートル跳躍し、2つの建物の壁を交互に蹴りながら上へと登っていった。


「おお……」


「わぁ、すごいですねぇ……!」


 そのまま屋根の上まで辿り着くと、そいつは闘技場目掛けて走り出した。

 あんなことが出来る奴はそうそういない。

 どうやらあいつがロードで、闘技大会に参加するつもりらしいな。


「ふふ、楽しみが出来ましたね?」


「ああ……俺達も走ろうぜ!」


「ええー! あ、待ってくださいよー!」


 屋根の上を走るロードと並行して大通りを走り抜ける。

 すげぇな……かなり速い。

 俺は魔法を使いながら人込みを通り、あいつは人を抱えて屋根の上を走っているから、一概にどっちが速いかは分からねぇが……正直な話、俺にそう考えさせるだけで本物だ。

 ああいう奴がいるから……冒険者は面白い!


 ようやく受付が見え、そこにいる2人の男が時計を気にしている。

 まずいな……あいつら間に合うか?

 するとロードが建物から一気に飛び降り、綺麗に着地するとそのまま受付へと走り出した。

 

 あれ……槍はどこいった?

 それに、さっきより幾分遅くなったような気がするが……いけるか?


「はーい! 受付終了……」


「すいません! 出たいんですけど!」


「のわぁっ!? ざ、残念だけどギリギリアウトだ……すまないね規則で……」


「本当は許可したいんだが……時間厳守を言いつけられていてね……特例を認めてしまうと次から次へと参加者が増えてしまうから……申し訳ない」


「そう……ですか……」


 おいおいマジか……せっかく面白そうな奴だってのに……。

 んー……つかギリギリセーフだろ今の。

 あんまりこういうことはしたくないんだが……ここであいつらを見られないのは惜しい。


「なぁ、こいつらの参加……認めてやってくれないか?」


「え……?」


「な、なんですかあなたは……? すいませんが規則は規則なんで……」


「そうか……じゃあ俺も遅れたから中には入れねぇなぁ。残念だ」


「あなたも参加したかったのですか? 申し訳ありませんが時間なので……」


「いや、俺は呼ばれてるもんだ」


「え? あ……まさか……」


 俺はフードを取り、受付に顔を見せる。

 その瞬間、彼らの顔色が変わった。

 こういう権力的なの嫌いなんだよなー……まぁ仕方ないか。


「あ、あなた様でしたか……! 申し訳ありません失礼なことを……!」


「いや、いいんだ。でも、こいつはギリギリ間に合ってたと思うんだが……どうかな?」


「わ、分かりました! ギリギリセーフということで……!」


「ありがとう。君の優しさは忘れないよ」


「は、はい! 光栄です!」


 俺は呆然としているロードを見た。

 いい身体をしている。

 何より目がいい。

 うん……やっぱり期待できそうだ。


「よかったな少年。ここで会ったのも何かの縁、お前の戦い……見せてもらうぜ?」


「あ、ありがとうございました! 頑張ります!」


「おう、んじゃな。期待してるぜ」


「は、はい!」


「あ、こちらからお入りください。関係者入り口は別で……あ、君はあっちだ。おい、案内してあげて」


「どこにします?」


「1チーム少ないとこがあったろ。そこにしよう」


 ロードはもう1人の受付に案内され、違う入り口へと連れて行かれる。

 姿が見えなくなる前、こちらを向いて再度お辞儀をされた。

 礼儀正しい、いい奴だな。


「はぁ……はぁ……ちょっと……速過ぎますよ……もうっ!」


「わりぃわりぃ……大丈夫かアリス」


「大丈夫じゃ……はぁ……はぁ……ないですよっ! …………ふぅー。で、間に合ったんですか?」


「ギリギリな。いやぁ……今から楽しみだなぁ」


「ふふっ、よかったですね……バーンさん」



 ―――――――――――――――――――



 受付の人に案内されて選手の控室に通される。

 中に入るとそこには多くの冒険者達がおり、少なくとも70人くらいはいそうだ。

 パーティ単位での参加だからここだけで17、8パーティってとこだろう。

 多分他にも控室がある筈だ。


「おお……すごいな」


「結構多いですね」


「じゃあ、ここでこれ書いちゃって」


 参加受付用紙に名前と職業、パーティメンバーを記入する。

 それを受付の人に渡すと、それを確認した後1枚の紙を渡された。


「よし、これで参加受付完了だよ。その紙にこの大会のルールとか書かれているからよく読んでおいてね。もう暫くしたら開会式が始まるから、それまでここで待機しといて。じゃ、頑張ってね」


 受付の人にお礼を言い、俺達はとりあえず空いていたベンチに座る。

 それにしても……もう駄目かと思ったが、あの人のおかげで助かった。

 いったい何者なんだろうか?


「レヴィ、あの人を"視た"か?」


「申し訳ありません……恥ずかしながら失念しておりました。ただ、あの方がかなり名のある方だというのは、受付の方の態度からしても明らかでしょうね」


「だよな……どっかの王族とか?」


「確かに気品もおありでしたが……分かりませんね」


「まぁ今は考えても仕方ないか……この大会を見ているらしいし、次会えたらもう一度お礼を言わなきゃな」


「そうですね。それではとりあえず、ルールを確認致しましょう」

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