第45話 母子

 

 く、くそっ……なんで私がこんな目に……!

 と、とにかく屋根から……。


「よう」


「ひっ!?」


 振り返ると、さっき私の頭を鷲掴みにした男と、鎧を着たガキがそこにいた。

 こ、こいつらさえ現れなければ……!


「覚悟はいいかこの野郎……」


 な、何者かは知らんが、見られたのは仕置きだけっ……!

 それ以外はなんの証拠もないし絶対にバレない。

 ティアは無能だから問題ないし……大丈夫だ。

 こいつらさえなんとかしてしまえば……!


「な、なんなんだ貴様らは! 私がなにをした!? 私は無能に仕事をやり、その母親を治そうとしていたんだぞ!? 覚えてろよ貴様ら……私は貴族とも懇意……ひぎっ!?」


 く、くるちい……!

 息がっ……息がっ……!


「黙ってくんないか……キレちまいそうなんでな……」


「ソロモン……その辺にしとけ」


「旦那ぁ……甘すぎるぜぇ?」


「ソロモン、俺は甘くないよ。いいから任せろ」


「はいよ……」


「ぶはあっ! はぁっ……はぁっ……! き、貴様ら訴えてやるからなぁ! すぐ牢屋にぶち込んで……」


『馬鹿が……まだ気付かんのか? あの男は病気でも何でもない。貴様と同じように私がそうしたんだ。ダウサラ症候群なんてものはないんだよ。全ては私が調合した毒薬だ。徐々に身体の機能を失うように作ったのさ。いずれ貴様もあの男のように死ぬ』


 え……?

 ちょ、ちょっと……え?


「どうした? すぐ……なんだって?」


「あ……ああ……!?」


「便利だよなぁ……通信魔石ってさ。これ、音を残せるんだよ。お前の馬鹿でかーい自白が、全部綺麗に残っているぞ。なんなら全部聞くか?」


 そ、そんな馬鹿な……。

 まずいまずいまずいまずいまずい!

 わ、私の地位が……名誉が……こんなところで……?

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……! あ、まてまて……それ以前に捕まったら……!


「よく聞け。お前は罪もない1人の命を奪い、2人の人生を狂わした。幸せに暮らす筈だった一つの家族をお前が壊したんだ。その重み、一生牢獄で償うがいい。いや、これだけの罪なら……分かるよな?」


「ちょ、ちょっと待ってくれ……か、金ならいくらでも払う……た、頼む……見逃してくれ!」


 なんとかしてこの場を切り抜けなければ……!

 もしこれで捕まったりすれば……間違いなく極刑だ……!

 嫌だ……死ぬまで一生牢獄……いつ死ぬかも知らされず、ある日突然……い、嫌だっ!


 すると、そのガキがゆっくりと近付く足音が聞こえ、土下座をしている私の前でしゃがみ込んだ。

 私は頭を下げているせいで奴の足しか見えないのだが、触れられてもいないのに、何かに押さえつけられているような……そんな恐ろしい感覚があった。

 な、なんなんだこの威圧感は……。

 か、身体が勝手に震えて……。


「なぁホルス。俺がそれに……頷くと思うのか?」


 ま、まるで……まるで地獄の底から……私を奈落に引きずり込むような……。

 ガ、ガキが出せる声じゃないっ!

 なんなんだ……なんなんだこいつは……!


「なんっ……なんでも! なんでもしっ……!」


「お母さんを助けたい一心でそう言ったティアにお前は何をした。何を言っても無駄だ。お前の未来はもう決まっている」


 も、もう駄目だ……だったらいっそ……今死んだ方がマシだ……。

 希望のない牢獄で……あの地獄の中で一生を終えるなら……今……。


「お、お願…………う……」


 必死で顔を上げた目の前に、奴の顔があった。

 恐らく、誰にどう話してもこの顔は……この感情は伝わらない……。

 その顔は……それ程までに……。


「悪いな。俺はお前を殺さない」



 ―――――――――――――――――――



 衛兵には通信魔石の会話を聞かせておいた。

 それだけで衛兵は完全にこちらの味方になり、俺達が屋敷に侵入したことはうやむやになったようだ。

 因みにティアは無能ではなく、薬を飲まされ無能だと洗脳されていたことにしておいた。

 まぁ実際に無能ではないのだから問題ないだろう。

 だいぶ作り話を混ぜたが真実に影響はない。

 無駄なことで、彼女達親子をこれ以上傷つけたくはないしな。


 ホルスが衛兵に無理矢理引きずられていく。

 別に連れて行かれることに対して抵抗している訳ではない。

 ただ単純に歩く気力もないのだろう。

 顔は青白く、目は虚ろ、生気の一切を失ったその表情は、まさに"絶望"という一言に尽きる。


 あの後、自殺しようとしたところをソロモンの力で押さえつけられ、身動きが取れなくなった奴はギャアギャアと泣き喚いていた。

 それにソロモンが近付き何かをすると、途端に静かになったホルスは、囁くような声で「許してくれ、すまなかった、ごめんなさい、勘弁して下さい」と繰り返し始めた。


「ソロモン、あの時何をしたんだ?」


「ん? まぁ、いいじゃねぇか。そんなことより、旦那のこと……見直したぜ」


 上手くはぐらかされたな……まぁいいや。


「ソロモンの気持ちは分かるよ。でもな、奴に心底恐怖を与えるには、これが一番だと思ったんだよ。まぁ、証拠もあったしな。人によって絶望の定義はそれぞれ違う。あいつには、あれが一番の地獄なのさ。それに、ニーベルグの重犯罪者は……かなり悲惨なことになるからな」


 ニーベルグに限った話ではなく、殺人は非常に重い罪だ。

 たっぷり絶望を味わうがいいさ。

 死んだ方がマシな地獄をな。

 そして、いずれ裁きを受ければいい。


「だよな……ったく……どっちが年上だか分かりゃしねぇなぁ! ナッハッハッハ!」


「おい……老けてるって言いたいのかぁ?」


「ロード様は落ち着きがあるってことですよ」


「そうそう、達観してるってことだよ旦那。俺は血の気が多くていけねぇや。さて、そろそろ戻るわ。あ、そうそう……人、増やしといたぜ。後で確認しといてくれや。んじゃな」


「ありがとうソロモン。またな」


 彼を手帳に戻し、試しにページを捲ってみた。

 おお、4人も増えてる……ありがたい。


「さて、後は……」


「ロードさんっ」


 振り返ると、ティアとお母さんがそこにいた。

 2人とも満面の笑みだったので、どうやら良い結果になったようだ。


「終わったのか?」


「はい。お母さんさえいればもういいですし、皆さん謝ってくれましたから。だから、もういいんです」


「そっか……なら良かった」


「お父さんにされたことは……正直今でも許せません。でも、お母さんに言われました。敵討ちをしてもお父さんは喜ばない……ティアが幸せに暮らすことを何よりも望んでいる筈だからって。それに、ロードさんが裁いてくれたから……ロードさんの想いに応えたいから……私、やっぱりロードさんみたいになりたいんです。私達を救ってくれた、あなたみたいな勇者様に」


 いきなりティアにぎゅっと手を握られ、潤んだ瞳で見つめられる。

 ち、近すぎませんかね……?


「ティ、ティア……」


「ティア様もお母様もお疲れでしょう? とりあえず今夜は我々の宿へ行きましょう」


 レヴィがティアと俺の間に入り、ニコッと微笑む。

 その笑顔が怖い……。


「あら、ティア駄目よ? レヴィさんのロードさんを取ったら……」


「なっ!? お、お母様!」


「お、お母さん!?」


 お母さんやめてよ……恥ずかしいから……。



 ―――――――――――――――――――



 宿に到着し、ようやく一息つくことが出来た。

 無事に終わって良かったが、2人の今後を決めないとならない。


「やはりこの町からは離れた方がいい。朝には町中がこの事件を知るでしょうから」


 間違いなく好奇の目に晒されるだろう。

 色々噂も流れるだろうし、それは静かに暮らしたい2人の邪魔になる。


「そうですね……私はいいですがティアが……」


「私はいいけどお母さんが……」


 仲良し親子だなぁ……。


「で、提案なんですが、俺の故郷に行くのはどうでしょう?」


「ロードさんの故郷……?」


「故郷であるイストに俺の家があります。そこを使って下さい。暫く帰る予定もないですから」


「そんな……ここまでして貰って家までなんて……」


「どうせ使ってない家ですし、使ってもらった方がありがたいですよ。使わないと家は駄目になりますから。それに、イストなら2人をきっと温かく迎えてくれます。一応手紙を書いて、明日ギルドマスターにも連絡を入れますね」


 冒険者ギルドに行けば大きな通信魔石があるだろう。

 それを借りられる筈だ。


「ロードさん……何度お礼してもしきれませんが……本当に……本当にありがとうございます……」


「ロードさん、お母さんと私を助けてくれてありがとうございました……! このご恩は必ずお返しします」


「いいからいいから。俺がイストに帰った時、おかえりって言ってくれたらそれでいいよ。それが一番嬉しいかな?」


「必ず言いますっ!」


「ああ、楽しみにしてるよ」



 ―――――――――――――――――――



 まだ話が広まる前にこの町を出た方がいいと判断し、俺達は朝早く馬車乗り場へと向かった。

 ヒストリアに向かう護衛付きの馬車が出ているのでそれでヒストリアまで行ってもらい、そこからイストまでは冒険者に護衛を依頼しよう。


「ヒストリアに着いたらこの手紙を冒険者ギルドに渡してくれ。テネアさんっていうギルドマスターがいるからさ。その人に話は通しておくよ」


「何から何まで……お金まで払って頂いて……ありがとうございます……!」


 親子に深々と頭を下げられる。


「俺の家を守ってもらうんだから当然だよ。こちらこそありがとう」


「ロードさん……私、必ずいつかロードさんの力になります。戦うことは好きじゃなかったけど……あなたの為になら戦えます。魔法を使いこなして……必ず」


「そっか……ありがとな。でも、まずはお母さんと幸せに暮らしてくれ。それが俺の一番の願いだから」


「は、はいっ……うっうっ……ロ、ロードさんっ……ありがとうございますっ……!」


「ロードさん、レヴィさん、ありがとうございました……ごめんなさい……な、涙が止まらなくて……あなたの家をっ……ぐすっ……毎日綺麗に掃除します。心を込めて……」


「ありがとうございます。それだけで十分嬉しいです」


「お身体を大切に……お母様、ティア様も……」


 親子が馬車に乗り込む。

 支え合い、仲良く隣同士に座る親子が朝日に照らされていた。

 まるで一枚の絵画の様なその光景に、俺は自分の母親を思い出す。


 母さんも俺を愛してくれていた。

 きっと、ティアのお母さんと同じだっただろう。

 俺のことを信じて……。

 不意に涙が込み上げてきたが、俺はそれをまぶたで飲み込んだ。

 母さんと父さんの思い出は、今はまだしまっておこう。

 また……墓参りに行かなきゃな……。


「ロードさん! レヴィさん! ありがとうございました! イストで待ってますから!」


「ロードさぁん! レヴィさぁん! 必ずいつか一緒に! 待ってて下さいねー!」


 馬車がゆっくりと動き出す。

 2人は大きく手を振りながら、大きな声でそう言った。


「ああ! また会おう! どうか幸せに……楽しく暮らしてくれ! 2人の未来はこれからなんだから!」


「ご多幸を! どうかお元気で!」


 2人は見えなくなるまで手を振り続けていた。

 どうか、幸せに……。

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