第43話 言葉

 

 ティアから放たれた雷を纏った魔力の塊を、俺はホルスを連れてギリギリかわした。

 屋敷の馬鹿でかい正面玄関に直撃したそれは、入り口を吹き飛ばしても尚勢いは衰えず、屋敷の中を粉々に粉砕していく。

 あんなものをまともに喰らったらひとたまりもない……!


「ひ、ひぃぃぃ! た、助けて……!」


 くそ……邪魔だなこいつ……!


「いるかソロモン!」


「はいよ旦那」


 ソロモンはいつの間にか背後にいた。

 眼前ではティアの魔力が全身からほとばしり、大気や大地すらをも揺らしている。

 鳴動する大地にうつむいたまま、彼女は動きを止めていた。

 どうやら俺ごと排除するべく、再び力を溜めているようだ。

 ずっと彼女の唇が動いており、動きから察するに「殺す」と呪文のように唱え続けているのだと分かる。


「ティアのお母さんは?」


「近くにレヴィちゃんの気配がしたから預けてきた。屋敷の裏手だ」


「ありがとうソロモン……因みに彼女を止められるか?」


「悪いが無理だ。これだけの魔力……旦那もそうだが、とても人間とは思えねぇ」


 俺も?

 いや、今はいい。


「分かった……とりあえずこいつを屋敷の屋根にでも連れて行ってくれ。邪魔だ」


 ソロモンは頷くと、怯えるホルスの頭を鷲掴みにし、そのまま持ち上げた。


「ひぎぃぃぃぃ!?」


「俺が殺してやりてぇが……うちの旦那の意思を尊重してやる。ありがたく思いやがれ……!」


 ソロモンはホルスを連れ、屋敷の窓の縁などを足場にして器用に登っていく。

 軽く浮いているようにも見えたソロモンは、軽々屋根まで辿り着くと、叩きつける様にホルスを放り投げてすぐ戻ってきた。


「すまないなソロモン……あいつの悪事はちゃんと裁く。一旦戻ってくれ」


「旦那がそう言うなら……後は他の奴に任せるさ。じゃ、またな」


 ソロモンを手帳に戻し、俺は彼女を止められるであろう人を呼んだ。

 かなりの力が必要だ……でも、この人ならきっと……!


「トライデント!」


 すぐに彼女に生命を与えると、海の化身が悠然と姿を現した。

 その顔はニヤリと笑ってはいたが、口から出た言葉はそれと比例しない。


「おやおやこれはこれは……ちと骨が折れるな」


「トライデントすまないが彼女を……」


「傷つけるな、であろう? 任せておけぬしどの」


「ありがとう……ティアは今、完全に憎しみに飲まれている。だから、全てを受け止めるしかない。来てくれアイギス」


 アイギスならティアの攻撃にも耐えられる筈だ。

 なんとか耐えて、彼女を落ち着かせるしかない。


「そうさな……まったくもって、度し難い世界になったものだ。まぁ、あの男は世界以前の問題だが……それでもこの娘がこうなった根底には、間違いなく狂った世界の存在がある。あの娘が無能と呼ばれなければ、また違った未来があっただろうからな」


 トライデントの言う通り、こんな世界は間違っている。

 だから、それに振り回された彼女を救わなければならない。

 手を汚せば取り返しがつかなくなる……。


 ティアが顔を上げ、辺りを見渡していた。

 恐らくホルスを探しているんだろう。


「どこにやった……?」


 口調も声も、以前の彼女とは全く違っている。

 殺意と憎悪に飲み込まれ、彼女の頭はホルスを殺すということでいっぱいになっているようだ。


「ティア、あいつは必ず裁かれる。だから……」


「なんであいつを助けるの!? あなたは私の味方じゃないの!? あ、分かった……最初からあなたもあいつの仲間だったんだね? 私を連れ戻す為に雇われたんでしょ!? よくも……よくも騙したな!!」


 思考も殺意に塗り潰されてしまっている……。

 それにしたって異常だ。

 もちろん、それだけのことをティアがされたのは分かっている。

 だが、俺達の話も忘れてしまっているようだし、俺ごと殺すなんて言うとは……まさかこれも、呪縛の影響なのか……?


「違う! 俺は君の……!」


「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!! だったらあいつを出せ! 私達が何をした! あいつは殺す! 殺さなきゃ駄目だ!! お前も敵だ!! 全員殺してやる!!!」


 くそっ……俺の言葉じゃ届かないか……。

 人を殺せば裁かれる。そんなことは当たり前だ。

 それがどんなに悪人だろうが……一般市民であるホルスを殺せば罪に問われてしまう。

 お母さんを救う方法はあるんだ。

 その時ティアが側にいなければ意味がない。


「トライデント、彼女を抑えてくれ。俺はレヴィを呼ぶ」


 もうティアを止められるのは、彼女のお母さんの言葉だけだ。

 俺達はそのサポートをするしかない。


「よかろう……ふふ、久々の大仕事になりそうだ。さて、我が名はトライデント。海を司る、海神の宝槍なり。娘よ、貴様の憎悪……我が身で全てを引き受けよう」


「うああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


「ふふ、女子おなごがそう……喚くものではないっ……!」


 そして、巨大な力と力が衝突した。



 ――――――――――――――――――――――



『レヴィ俺だ! 状況は分かるか!?』


「ソロモン様はすぐいなくなってしまったので、詳しい話は分かりません! 激しい戦闘音が聞こえていますが、ご無事なのですね!?」


『ああ、俺は大丈夫だ。アイギスのおかげでな。そんなことより、ティアが憎しみに飲まれて暴走している。止められるのはティアのお母さんだけだろう。今トライデントが抑えているが……とにかく連れてきてくれ!』


「かしこまりました!」


 恐らく私がいない間に、そうなってしまう程の出来事があったのだろう。

 ティア様……そんなことをされても、お母様は絶対に喜びません。

 どうかご自分を……。


「お母様、立てますか?」


「え、ええ……あなたはいったい……何が何だか……」


「落ち着いて聞いて下さい。ティア様が憎しみに飲まれ、暴走してしまっているようです。止められるのはあなた様しかおりません」


「ティア……ティアが!?」


「はい。ティア様の手を汚すわけにはいかないと、今私の主人あるじが戦っています」


 屋敷の裏手にいる私の耳には、さっきから凄まじい爆音と、その衝撃波が幾度となく届いていた。

 ティア様に魔法の使い方を少し教えてしまった私の責任かもしれない。

 護身用にと思ったのだが、まさかこんなことになるとは思わなかった……。


 ロード様も含め、2人とも魔力量が最初から桁違いだった。

 それでもロード様がそうだったように、普通はすぐに魔法を使いこなせはしない。

 恐らく憎しみでリミッターが外れ、無意識に力を使っているのだろう。

 最悪の場合、魔力を使い過ぎて命に関わるかもしれない……。


「わ、私は……どうしたら……いいですかっ!」


「何度も言いますが、ティア様を止められるのはあなた様だけです。今から一緒にティア様の下へ参りましょう。歩けますか?」


「わ、分かりました……! ティア……今行くからっ! 早まっちゃダメっ……!」


 ロード様、どうかご無事で……!



 ――――――――――――――――――――――



「あああああああああぁぁぁぁぁあ!」


「やれやれ……!」


 ティアは天空の雷雲さえ操り、轟音を響かせるいかづちをトライデント目掛けて何度も放つ。

 トライデントはその全てを、自身の槍から放たれる海水の障壁で防いでいた。


「まるで嵐そのもの……いつまでも加減していてはこちらの身が持たんな。無論あの娘もだが」


「え? どういうことだ……?」


「あの娘は今、その命を燃やしている。怒りと憎しみに任せ膨大な魔力を垂れ流しているのだ。それでもこの力、とても魔法を覚えたての人間に出せるものではない。つまり、生命のエネルギーを魔力に変換している訳だな。それも無意識に。このままだとあの娘の命は尽きる」


「そんな……!」


ぬしどの、わらわが全力で抑えつける故、もう一度声を掛けよ。魂に問い掛ける言葉が必要だ。決して折れぬ、鋼の一言が」


「鋼の一言……」


「考えている暇はない。見よ」


 宙に浮かんだティアは、大地を、大気を、そして雷雲を操り、その全てをその身に凝縮させていた。

 先程の魔法を遥かに凌駕する力を使い、トライデントの障壁を破らんとしているのだろう。


「あれはいかん……わらわは死なずとも、あの娘は死ぬ。母親が来る前に心をこじ開けよ。楔を打ち込むのだ……この世とあの娘を繋ぎ止める言葉を」


「分かった……!」


 クラウンさんが俺にそうしてくれたように……俺がティアに……!

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