第42話 殺意

 

「いない……?」


「こ、ここの部屋で間違いない筈なのに……どうして……」


 お母さんは1人で動ける身体じゃない。

 まさか……ホルスさんが……?


「すまぬ、ベッドの中までは見えんかったわ……」


「気にしないでくれハディス。ティア、お母さんがいそうな場所は分かるか?」


「わ、分かりません……と、とにかく探すしか……」


 全く見当もつかない。

 いったいどこに連れていかれ……。


「あ……」


「ん、心当たりがあるのか?」


「い、いえ……分かりませんが……」


 もしかしたらあそこに……?

 私がいなくなったからお母さんが代わりにアレをされてるんじゃ……!


「地下室……かもしれません……」


「地下室?」


「私がいつも実験台にされたり……その……仕置きをされる場所です。地下室は防音なので、音が漏れないから……」


「……そうか。よし、じゃあそこに行こう。ティア案内を頼む。ハディス、やっぱり力を借りることになりそうだ」


「任せておけい。まったく……胸糞悪い話じゃのう。許せんわい」


「ああ、そうだな……」


「ロード様、廊下に見張りはいないようです」


 私達が一つに固まりロードさんの上にハディスさんが乗った瞬間、私の身体も含めた全員の姿が見えなくなった。

 触れ合っていなければ気配にさえ絶対に気付かないだろう。

 そこにいることは分かっているのに、本当にいるのか分からない程だった。


 私の肩を恐らくロードさんが叩いている。

 これは前進しろってことだ。

 待ってて……お母さん……!



 ―――――――――――――――――――



 クソ……よくない展開だ。

 出来ればお母さんを連れ出してティアもこの屋敷から遠ざけたかった。

 とにかく案内だけしてもらって、その後脱出してもらうしかない。

 俺の言うことを聞いてくれるといいのだが……。

 なんだかすごく嫌な予感がする。


 何人かの見張りとすれ違ったが、誰1人俺達に気付く者はいなかった。

 やはりハディスの存在は大きい。

 今後もかなり助けになりそうだ。


 そうしてティアに連れられ、地下1階へと続く階段を下りる。

 下りた先には無機質な石レンガで作られた通路があり、通路の両側にはいくつかの小部屋があるようだ。

 壁に掛けられた松明により多少明るくはなっていたが、薄暗くどんよりとした空間はまるで牢獄を彷彿とさせた。

 階段から見て通路を真っすぐ進んだ先に少し大きめの扉があり、その前に2人の男が門番のように立っている。

 どうやらそこがティアの言う"仕置き部屋"らしい。


 俺達は今喋ることが出来ないので一旦彼らから見えない位置まで階段を戻り、俺は頭の上にいるハディスをつついた。

 彼が能力を解除し、互いの姿が見えたところでバレないように小声で話す。


「ティア、あの正面の扉だな?」


「はい……あの先にも通路があって、その奥に部屋があります」


「ロード様、私が囮になります。あの2人も含め、屋敷にいる見張り全員に一旦眠ってもらいましょう。ハディス様で身を隠し、私が奴らを連れだした後に突入して下さい」


「それしかないか……レヴィ、一応顔は隠しておけ」


「ええ、この布で……こう……どうでしょう」


「……何故鼻の下で結ぶんだ?」


「む、これが泥棒スタイルかと」


 この状況を和ませる為かと思ったが、どうやらマジらしい。

 天然なのか?


「……終わり次第魔石で連絡する」


「かしこまりました。完全に奴らを騙す……最高の演技をお見せしましょう」


「ま、任せた……」


 ニヤリと笑うレヴィに一抹の不安を感じるが、まぁ彼女に任せよう。

 再びハディスの力を借り、俺とティアは先に階段を下りて通路の壁に張り付く。

 すると、レヴィが階段を後ろ向きで下りて来た。

 これはどうやら、"後ろを警戒して正面の見張りに気付かなかった泥棒"という設定のようだ。


「ん……うちのメイド……じゃねぇ!? 誰だお前!」


「あ、いっけねーばれちまったーにげろー」


「ま、待ちやがれ!」


 ものの見事に見張り2人を引き連れて、レヴィは風のように去っていった。

 セリフはものすんごく棒読みだったけど……まぁ結果オーライだ。

 ハディスを再びつつき、能力を解除して貰う。


「ハディスありがとな。また必ず呼ぶよ。その時までに、何か願いがあれば考えておいてくれ」


「願いかぁ……分かった。考えておくとしよう! ではなロード! ティアも気をつけてのう」


「ハディスさん……ありがとうございます」


 彼を兜に戻し、俺達は扉の前に立つ。

 この扉が防音らしく、中の音は一切聞こえてこない。

 試しに扉を押してみるが、どうやら中から鍵を掛けられているようだ。

 間違いなくこの先にホルスがいる。


「お母さん……」


 不安げなティアの背に手をやり、付けっ放しにしていたソロモンの力で彼女を落ち着かせる。

 言うならこのタイミングだな。


「ティア、ここから先は俺だけで行く」


「え、でも……!」


「この先にも見張りがいるかもしれないし、君を守りながらだと正直厳しい。だから、ティアはハディスを被って外にいてくれ。俺が必ずお母さんを助け出すから」


「……分かりました」


「後は任せろ。さ、行くんだ」


 ティアは俺から渡されたハディスを被る。

 彼女の姿が消え、少し間を置いてから俺はソロモンで鍵を開けた。



 ―――――――――――――――――――



 ロードさんが鍵を開け、扉をゆっくりと押す。

 ギッ……と軋むような音が鳴り、扉が少し開くと、中からホルスさんの怒号と……何かを叩く音が聞こえてきた。


「貴様のっ! 娘はっ! 貴様を置いてっ! 逃げたっ!!」


「ぐっ……あぐっ……いぎっ……!」


 瞬間私は走った。


「なっ! ティア!?」


 ごめんなさいロードさん……。

 でも、やっぱり……お母さんが!


「親子揃ってクズどもめ! まったく……私が目をかけてやったのにあんな男と結婚しおって……だからあの男は死んだのだ。私の心を貴様が裏切ったから……な!」


 え……?


「ぐぅっ……!? ど、どういう……?」


「馬鹿が……まだ気付かんのか? あの男は病気でも何でもない。貴様と同じように私がそうしたんだ。ダウサラ症候群なんてものはないんだよ。全ては私が調合した毒薬だ。徐々に身体の機能を失うように作ったのさ。いずれ貴様もあの男のように死ぬ」


 や、やめて……。


「え……あ……そん……」


「貴様が悪いんだ。私の心を弄び……だから殺してやったのさ! お前をこうしてやるためになぁっ!」


 やめて……!!


「ぐっ……!」


「痛いか? 貴様の行いと貴様の娘を恨むんだな……逃げたあいつが悪いんだ。私を裏切ったお前が悪いんだ。貴様の娘は必ず見つけ出してやるぞ……全ては私の物なんだよ……死ぬまでなぶって、なぶって、なぶりつくしてやる!!」


 もうやめて……!!


「あぐうっ!」


「貴様が死んでも死んだと言わなければいい。そうすれば奴は一生私の物だ。それに、そもそも貴様の娘は無能だ! どこにも居場所なんぞない!」


 嫌だ……もうこんなの嫌だ……!


「違う……ティアは無能なんかじゃ……ないっ!」


「黙れっ!」


「ぐっ! ティ、ティアはっ! 私の誇り! こんな私を……げほっげほっ……愛してくれるっ……最高の娘だからっ! 無能なんかじゃなぁいっ!!」


 お母さんっ……お母さん!!


「物の分際で……私に口答えするなあっ!!」


「やめろおおおおおおおおおおおおお!!」


「貴様っ!? 戻って……」


「ティ、ティア……? 逃げてっ……私はいい……から……」


 お、お、お母さん……き、傷っ……傷だらけ……ぐうっ……あがっ! あ、頭が痛い……!

 な、なんで……憎い。

 どうしてこんな……憎い憎い。

 私達が何をしたっていうの……憎い憎い憎い。


 もう……憎い憎い憎い……憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!


「う、うわあああああああああああああああああああああああ!!!」


 ……殺す。

 こいつだけは殺す。

 何と言われようと殺す。

 絶対にこいつだけは……ぶっ殺す!!



 ―――――――――――――――――――



「まるで風だ……!」


 ティアは無意識に魔法を発動しているのか、物凄いスピードで通路を駆け抜けていった。

 準備もあった俺は出遅れ、ティアの後を必死で追いかける。


 ようやく俺が部屋に辿り着いた時、ティアの身体からは膨大な魔力が溢れ出ていた。

 溢れだした魔力は青白い光を放ち、それが狭い室内で雷鳴を轟かせている。

 ティアはその力でホルスを殺さんと、凄まじい形相でその力を解き放とうとしていた。

 これが……自然魔法……!


「よせティア! お前は……!」


「うるさい邪魔をするな! こいつは生きてたら駄目だ! こいつは人間じゃない! こいつはぁっ……こいつこそがぁっ! ……この世に必要のない物なんだあああああああああ!!」


 くそっ! 怒りで完全に我を忘れている……!

 彼女は魔力を練り上げ、凄まじい魔力の奔流の中でその力を爆発させようとしていた。

 ホルスは腰を抜かして呆然としており、体力の限界だったのか、ティアのお母さんは気を失っているようだ。

 ティアはそのことにすら気付かず、ただただ憎悪に飲み込まれていた。


 俺はソロモンに生命魔法をかけて彼を呼び出す。

 彼の表情から、現状の理解は済んでいるのだと分かった。


「ソロモン転移出来るか!?」


「部屋にいる奴全員になっちまうが、外に出るだけなら可能だ!」


「頼む! ここであれを放ったらみんな死ぬ!」


「分かった!」


 ソロモンの指輪が光を放ち、辺りが一瞬暗くなったかと思うと、俺は屋敷の外に放り出された。

 突然のことで上手く着地出来ず地面に転がるが、すぐに身体を起こして辺りを見渡す。

 ソロモンとティアのお母さんの姿は見えないが、俺のすぐ後ろにホルスが、そして……数メートル離れた正面にティアがいた。


「そこをどけ……!」


 最悪の展開だ。

 完全に憎しみに飲まれている……。

 駄目だティア……!


「ティア……こいつを殺せばお前も……!」


「関係ない! そいつは殺さなきゃ駄目だ……絶対に殺す!」


「駄目だ……殺させない。君を人殺しにさせるわけにはいかない!」


「なんで……? お父さんも殺されて! お母さんも病気にされてもう死ぬんだよ!? 私が何をされたかあなたに分かる!? 全部奪われた! 何もかも全部!! それでもやめろって……あなたはそう言うの!?」


「た、助けてくれっ! 金ならいくらでも……」


「お前は黙ってろっ!!」


「ひっ……!」


「こいつは俺がなんとかする。ティア……こんな奴の血で君を汚したくはない! 憎しみに飲まれるな!」


「汚れてもいい……そいつだけは許さない……殺す殺す殺す殺す殺す……邪魔をするんなら……お前も殺す!!」


 ティアの身体から再び膨大な魔力が溢れ出す。

 なんでいきなりこんな力を……いや、きっとティアは元々魔力量が多いんだろう。

 怒りで暴走した力が、とめどなく溢れ出している感じだ。

 魔法に意識を委ねている……多分、どうやって操っているのかも理解していないだろう。


 その時、突然雨が降り出した。

 ついさっきまで綺麗な月夜だった筈の空は、いつの間にか雲に覆われている。

 まさか……これすらもティアの……?


「まとめて消し飛ばしてやるっ!!」


 させない……!

 なんとしても……彼女を守る!

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