第41話 侵入
深夜2時。
私はロードさん達と共に、ホルスさんの屋敷近くにいた。
当然町には
中心街にあるこの住宅地は、ニーベルグの中でもかなり裕福な人しか住むことが出来ない場所だ。
そんな場所にありながら、ホルスさんの屋敷はその中でもひと際大きい。
敷地からして他とは比べ物にならず、敷地全てが壁に囲まれ、正門には鉄格子のような大きな門が設置されていた。
世界各地から患者さんが押し寄せており、その全てに多額の治療費を請求していた。
それでも治療を受けたい人は後を絶たず、それにより巨万の富を得たのだ。
お金を稼ぐことが何よりも好きで、それと同じくらい人から褒められることが好きらしい。
例えばニーベルグでどんなに緊急を要する人がいたとしても、その人にお金がなければ絶対に診ない。
逆に権力者や、貴族、王族などの依頼にはすぐに応えることが多かった。
そのことを知ったのは、ホルスさんの物になった後のことだった。
今考えれば、そんな人がタダでお母さんを診てくれていたのがそもそもおかしい。
けど、ロードさんに言われるまでそんなことは考えもしなかった。
お母さんを助けられるのはホルスさんだけだと思っていたし、私はそれにすがることしか出来なかったから。
もし本当に、私やお母さんを最初から狙っていたのだとするのなら……。
「でかい屋敷だなぁ。ティア、お母さんのいる部屋は分かる?」
不意にロードさんに話し掛けられて少し慌てた。
自分の中の黒い気持ちを見透かされ、それを止められるように声を掛けられた気がしたから。
「え、あ、はい。分かりますけど……夜中でも警備がいますよ? どうするんですか?」
「姿を隠せば問題ない。来てくれハディス」
ロードさんが持っている手帳から黒い兜が現れた。
これが……ロードさんの魔法?
「ティア、入る前にもう一度確認だ。君の気持ちは分かる。酷いことをされてきたこともね。けど……」
やっぱりロードさんは気付いてるみたい。
でも……。
「大丈夫、分かってます。ロードさんの話を聞きましたから……それに、私はお母さんさえ助かれば後はどうでもいいんです」
もちろんやり返したい気持ちはある。
でも、お母さんが助かれば本当にそれでいいし、そもそも暴力を振るうこと自体好きじゃない。
それに、ロードさんの話を聞いたら……私もそうしたいって思ったから。
―――――――――――――――――――
私の話を聞いてもらった後、ロードさんは今からホルスさんの屋敷に侵入して、お母さんを助けてくれるって言ってくれた。
すごく嬉しくてまた涙が出てくる……。
でも、その前にどうしても聞いておきたいことがあって、私はロードさんにそれを尋ねてみた。
「あ、あの……ロードさんは……力を得た後、やり返したりしたんですか?」
私の質問に、ロードさんは少し難しい顔をした。
多分私よりやり返したい人間は多かった筈だ。
私もそれなりに嫌なことはされたけど、町中から何かをされていたわけではない。
もちろん辛かったし、ホルスさんからされたことは本当に耐えがたいことだった。
でも、ロードさんの場合は何か違う……真の孤独、と言えばいいのだろうか。
私のように明確な目標があったわけではないだろうし、日々暗闇の中でもがいていたんじゃないかと思う。
私もお母さんを救うために日々の生活に耐えていたが、それでも心が折れそうになることは多々あった。
ロードさんは多分もっと……。
「俺はさ、地下での1ヶ月で救われたんだよ。その日々が楽しすぎて、すっかり嫌なことを忘れられた。だから仕返しとかは考えてなかったな。もちろん見返してやりたいとは思ったけどね。でもそれは、暴力を振るうことじゃない……ただ単純に、分かり合えたらいいなってそう考えていた。地下から出ることになって、自分がされたことを思い出した時は憎しみが湧き上がってきたけど、異常さに気付いた後はやっぱり仕返しなんて出来ないって思った。まず、とにかく話をしたいってね。そして……それは間違っていなかったよ」
ロードさんはその後のことも教えてくれた。
自分を雇ってくれていた親方さんと最初に分かり合えたこと。
隣に住んでいた幼馴染のお母さんや、町のギルドマスター、それから町の人達……みんなと分かり合えて、みんなが無能と呼ばれる人を助けてくれるって言ってくれたと。
「俺の力なら、町の人全てを敵に回しても多分勝てただろう。でも、それをして何になるんだろうって思ったんだ。分かり合えるのなら……それが一番いい。まぁ、中には最初から歪んでいる奴もいるけど、そんな奴にはきっと天罰が下るだろうさ」
「そうですよね……うん。私もロードさんと同じようになりたいです」
「ああ、きっとそれがいい。俺達も力を貸すからさ。まずはお母さんを助けよう」
「はいっ!」
そう、お母さんさえいればそれでいい。
それだけが私の全てだから。
―――――――――――――――――――
あくまで推察に過ぎないが、ホルスは許してはいけない人間だと俺は思う。
もしそれが真実で、ティアが感情に任せてやり返してしまうと、恐らくホルスを殺してしまうだろう。
それだけは止めなければならない。
ティアのお母さんを救えても、それではティアを救えない。
だから……ホルスは俺達でなんとかする。
ティアはお母さんのことだけを考えてくれればそれでいい。
ハディスに生命を与えると、再び可愛らしい小さな黒い騎士が空中に現れた。
ぷかぷかと浮かびながら、彼は嬉しそうに腰に手を当て笑っている。
「吾輩大忙しじゃのう! にゃっはっは!」
「すまないなハディス。念の為呼ばせてもらったんだ。また力を借りたいんだが、何人まで同時に消せる?」
「複数人を消すならば吾輩がロードの頭に乗り、他の者がロードにくっつけばよい。さすれば他の者も同じ様に姿を消せる」
「なるほど……じゃあ、それでお願いしてもいいかな。この中に侵入したら頼むよ」
「うむ。因みに互いの姿も見えなくなるから気をつけよ。あと、声は出さぬようにな。術が解ける故」
「分かった。じゃあ行くかな」
「分かりました。あ、でも、まずはあの門を越えないといけないんですけど……」
「いや、正面はパスだ。お母さんの部屋に一番近い場所に案内してくれ」
「え? あ、はい……」
ティアに案内され、建物の裏手に回る。
彼女のお母さんは、屋敷の最上階である4階の端っこの部屋にいるらしい。
そして彼女は、建物の角にある窓を指さした。
「あの部屋です……あの中にお母さんが……」
ティアは急に不安げな表情になる。
恐らく近付いたことで不安な気持ちが出てきてしまったんだろう。
「大丈夫。必ず助けるから」
「は、はいっ! でも、まずはこの壁を超えないと……」
目の前には高さ5メートルほどの壁がそびえ立っている。
まぁ、これくらい大したことはない。
「ブリューナク、ソロモン」
手帳から雷神の槍と魔神の指輪を取り出す。
彼らの力があれば、壁どころかあっという間にあの窓にまで行けるし、窓の鍵も余裕で外せるだろう。
「よし、駆け上がるから2人とも掴まってくれ」
「はい、かしこまりました」
「え……? あ、ちょ、え?」
「ハディス、姿を消して、部屋の中に見張りがいないか確認してきてくれるか?」
「分かった。ちと待っておれ」
ハディスの姿が一瞬で消える。
4階にある窓を見ていると、再び姿を現したハディスが手を振っていた。
どうやら中に見張りはいないらしい。
レヴィを右腕で抱えて、背中に戸惑っているティアを背負った。
まぁ緊急事態だから。役得だけど仕方ないから。
2人にしっかり掴まるよう促すと、左腕に持ったブリューナクを握りしめ、俺は大地を蹴った。
壁を一息で超え、そのまま建物の壁を駆け上がる。
目的の窓に辿り着く直前、ソロモンの力を使い、窓を開けた。
開いた窓からそのまま侵入すると、広い部屋の真ん中にベッドが見える。
それ以外は何もない、本当に殺風景な部屋だった。
もっと医療の器具とかがあるのかと思っていたが、それらしきものは何もない。
「お母さんっ……!」
ティアがベッドに駆け寄る。
が、次の瞬間ティアはベッドの前で立ちつくしてしまった。
まさか……。
「お母さんが……いません」
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