第40話 涙
「無能と……呼ばれていた?」
どういうこと……?
無能は一生無能じゃないの?
どれだけ努力しても、私はなんの成長も出来なかった。
この人はいったいどうやって……?
「全部話すよ。俺が今、どうやってここにいられるのかを」
そうして、ロードさんは話してくれた。
町の人から無能と呼ばれ、辛い日々を送ったことを。
それでも懸命に生きたことを。
いつか魔法を使いこなすと努力したことを。
でも、唯一心を寄せていた人の本性を知り、死を選んだことも。
私の目からは自然と涙が溢れていた。
私と同じ……いや、私より酷いかもしれない。
私にはお母さんがいた。
でも、ロードさんは両親を失い、辛い日々を送り、しかも唯一信頼していた人にまで裏切られた。
もしお母さんにそんなことを言われたら……間違いなく私も死を選ぶ。
私が今生きているのはお母さんがいるから。
それだけで生きているようなものだ。
「結局……俺は死を選んでしまった。でも、そのおかげでレヴィに会えたんだ。レヴィの鑑定魔法で俺の魔法が操作魔法ではなく、本当は生命魔法だということを知ることも出来たしな」
生命魔法も鑑定魔法も聞いたことはなかった。
そ、それよりも、ちょっと待って……。
「わ、私も操作魔法って……」
私がそう言った瞬間、ロードさんの顔つきが変わる。
「……君もそう言われたのか? レヴィ、彼女の魔法は……?」
「はい。彼女の本当の魔法は操作魔法ではありません。彼女の魔法は自然魔法……私も初めて知る魔法です」
「し、自然魔法……? それが私の……本当の魔法?」
「はい。これは……とんでもない魔法ですね。ロード様の生命魔法と同じく、神の力と言っても過言ではありません。確かに操作するという点は同じですが、操作する対象が違い過ぎます。あなたが操作出来るのは、物質ではなく自然そのもの。風を、雨を、雷を、雲を……あなたはそれらを自由に操れるのです」
そ、そんな力が私に……?
でも、神殿の神官様は操作魔法だって言ってた……。
それが間違っていたってこと?
「これは……発想を飛躍させる必要があるな。俺の生命魔法や……あ、今更だけど名前を聞いてなかったな」
「あ、ごめんなさい! 私はティアと言います。ロードさん、レヴィさん、助けて頂いてありがとうございました。ご挨拶が遅くなってすいません……」
「いやいや、気にしないでくれ。よし、話を戻そう。俺の魔法やティアの自然魔法は、レヴィ曰く神のそれに近いらしい。そして、俺も神殿で操作魔法だと言われたんだ。なんだか共通点が多いと思わないか?」
「確かに……」
「俺は神殿で"君の魔法は操作魔法だね。素敵な魔法だから大切にしなさい"って言われたんだ。今でも覚えてるよ。ティアは?」
「わ、私も同じようなことを言われました!」
「ロード様、これは……ただの勘違いではなさそうですね」
「ああ、俺もそう感じている。この時代に生命魔法や自然魔法という概念がないのは間違いない。でも、2人とも操作魔法だと言われ、その魔法は神のそれに近い……偶然にしてはおかしくないか? まさか神殿自体が……?」
そんな馬鹿な。
な、なにがなんなのか分からない……。
「実はねティア。俺達は……無能は作られた存在だと考えているんだ」
「作られた……存在……?」
ロードさんの話はかなり突拍子もない話だった。
1000年前には無かった無能という概念を誰かが作り、更には無能と無能じゃない人が、互いに憎しみ合う様な感情を与えたのではないかという。
でも、確かにそう感じる瞬間はあった。
私に対する対応は本当に酷かったし、私自身も何度やり返してやろうと考えたか分からない。
特に私が何かした訳でもないのに、あの屋敷では無能というだけで……。
もちろん私も無能がそういう存在だとは知っていたけど、どうしてこんな酷いことが出来るんだろうってよく考えていた。
「俺も何度拳を振り上げようとしたか数えきれないよ。でも、その度に幼馴染の顔が浮かんでね……彼女が悲しむことはしたくないって思い止まることが出来たんだ。まぁ、最後はちょっと悲しかったけどね……」
「ロードさん……私も……お母さんがいなかったらきっと手を出していたと思います。そうしたら殺されていたかもしれません。私も、お母さんも……」
「そっか……ティアにはお母さんがいるんだね。というか、まだティアの話を聞いていなかったな。今度はティアの話を聞かせてくれないか? 今ティアに何が起こっているのかを」
「はい……私は……」
私は今までのことを話した。
お父さんが病気で死んだこと、それでもお母さんと2人で楽しく暮らしていたこと、魔法が全然使えなかったことを必死に隠していたことを。
「私が15歳の年に、お母さんが病気になって……ホルスさんというお医者さんがタダで薬をくれていたんです。でも、私が魔法を得てから1年後には、お母さんが寝たきりになってしまって……内職の仕事でなんとか生活していたんです。そんなある日、私は自分が無能だと……お母さんに話しました。でも、お母さんは……お母さんはっ……病気で……苦しいのにっ……必死で私を励ましてくれてぇ! うっうっ……大丈夫だよ……大丈夫だよって……!」
涙が止まらない……。
ロードさんもレヴィさんも、真剣に私の話を聞いてくれている。
話さなきゃ……ちゃんと話さなきゃ……。
私は涙を拭い、息を整える。
「そ、その時ホルスさんが訪ねてきたんです……お母さんはこのままだと治らない、すごい大金がいるって。お、お母さんがいなっ……はぁっ……はぁっ……いなくなったら嫌だから! な、なんでもしますって言いました……! そうしたら、ホルスさんは私に自分の物になれと……言ってきたんです。優しい人だと思っていた私はすごく混乱して……ホルスさんはそんな私に追い打ちをかけるように、私のことを無能だと知っているって……! 心臓が痛くて……怖くて……怯える私に……え、選べって! 自分の物になってお母さんを救うか、無能とバラされ、お、お母さんを……見殺しにするかって! だから私はホルスさんの物に、お母さんを助ける物になりました。その後は色々……薬の実験台にされたり、は、話したく……ない様な……うっ……こともっ……!」
その時、ロードさんが私の手を握った。
急だったからびっくりしたけど、嫌な感じはしない。
むしろ、心が安らいでいくような……そんな気がした。
そしてロードさんは、赤くなった瞳で優しく私を見つめてくれていた。
レヴィさんもぎゅっと私の手を握ってくれている。
やっぱり赤い瞳で、ロードさんと変わらない表情をしてくれていた。
あったかい……まるで、お母さんみたいな……あったかい……。
あったかいよ……お母さんっ……!
「うっ……ううっ……うわああああああああああああ!」
「大丈夫……もう大丈夫だから……」
私は、ロードさんとレヴィさんに抱きついて、子供のように泣いてしまった。
―――――――――――――――――――
「ちょっと落ち着きました……もう大丈夫です……」
「うん、俺もティアと同じだったよ。誰かに話を聞いてもらうことが……嬉しくてね」
クラウンさん……あなたみたいにはなれないけれど、俺頑張りますから。
どうか、見守っていて下さい……。
それにしても、ティアのお母さんはなんで憎しみに支配されなかったんだろう。
自分の娘を信じていたからか?
自分の娘を無能じゃないと心から信じていた……だから、世界の呪縛に縛られずにティアを愛し続けた。
なんて深い愛情だろう……。
俺の両親も生きていたら……いや、今はいいか。
それよりも、ティアのお母さんのことが最優先だ。
「つまり、今もティアのお母さんはホルスの屋敷で治療を受けている訳か。因みになんて病気なんだ?」
「確か……ダウサラ症候群って……」
「聞いたことないな……レヴィはどうだ?」
「私も知りませんね……どんなご病気なんですか?」
「私もよく知らないんです。とにかく元気がないというか……ずっと怠そうにしていました。そう言えば、お父さんも同じような感じだったってお母さん言ってかも……」
お父さんもか……。
ん、なんだろう……なんか引っかかる。
「お父さんを診たお医者さんって……」
「ホルスさんです。お母さんとホルスさんは、かなり昔からの付き合いだったみたいで、かなりよくしてくれたとお母さん言ってました」
同じ症状で同じ医者か。
いやいや……考え過ぎだろう。
それよりも……。
「ホルスはなんでティアが無能だって気付いたんだろう……」
「あ、それは……私が操作魔法の練習をしているのを見られたからです。全然使えないのを見たことと、私が魔法で稼ぐのではなく、内職をしていたことで確信したみたいでした。あ……そういえばその時……もっと早く気付いていればとかなんとか言われたような……」
「ちょっと待った。ホルスが気付いたのはだいぶ後ってことか?」
「は、はい……多分……」
つまり、最初は無能だと知らなかった訳か。
しかし、もっと早く気付いていれば、か。
捉え方によっては色んな意味に聞こえるな……。
もっと早く気付いていれば優しくなんてしなかったのに、とか?
でもそれだとティアのお母さんを見殺しにするような発言と矛盾するな。
ティアのお母さんは無能と呼ばれる人ではないし、それを簡単に見殺しにするようなことは言わないだろう。
無能と呼ばれる人の家族だからってことも考えられるが……。
もしくは、早く気付いていればもっと簡単に自分の物に出来たのに……か?
最初は病気と経済的理由の両方から攻め、ティアを自分の物にしようとした。
しかし無能だと分かり、今度はそれを理由に関係を強要した……。
つまり無能とは関係なしに、最初からそれが目的だった?
だとするならば……お母さんの病気は……。
「……とにかく、ティアのお母さんを屋敷から連れ出そう」
「で、でも病気が……」
「それなら俺が……いや、俺の仲間がなんとかする」
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