第39話 ハディス

 

「な、なんでてめぇが……生きてやがったのか……? というかなんでここに……」


 今はフウロのことは後回しにしよう。

 とにかくあの人を助けることが先決だ。

 それに、このままやり合うと今みたいに町に被害が出るだろうし、それは避けたい。


「頼むハディス」


 手帳から黒い兜を取り出し、すぐにそれを被った。


「は!? ど、どこに行きやがった!!」


 フウロは完全に俺を見失い、辺りを必死に探している。

 俺はゆっくりと歩いてその場を離れた。

 恐らくこの町にいる限り、いずれまた会うことになるだろう。

 その時もう一度……もしかすると、それは無駄なことなのかもしれない。

 その時は……。



 ―――――――――――――――――――



「ああ、ロード様! ご、ご無事でしたか……! 心配致しておりました……」


「ごめんレヴィ……あ、通信魔石で連絡すればよかったな。すっかり忘れてたよ……」


 謝りながら頭を撫でると、安心したのかニコッとレヴィが微笑む。

 可愛い。


 ヒストリアよりさらにでかい冒険者ギルドはほとんど町の中心に位置している。

 近くにはニーベルグ城も見え、その巨大さがよく分かった。

 だが、今は景色に目を奪われている場合ではない。

 ギルドの裏手に回り、通りから見えない位置に俺達は移動した。


 レヴィが機転を利かせ、布で彼女を覆って隠してくれていたようだ。

 その布をそのまま地面に敷き、意識のない彼女を横にする。


「その人はどう? 怪我はない?」


「はい、気を失っているだけですね」


「うーん、見た目はメイドさんみたいだけど……どこかに仕えている人なのかな」


 彼女の栗色の髪は肩ほどにまで伸び、あまり手入れをしていないのかひどく傷んでいた。

 その髪に白いカチューシャを付け、白いブラウスに、黒く長いスカートを履いている。

 レヴィの服に比べるとかなり質素だが、私服とは言い難い恰好だ。


「とすると……無能であることを隠していたのでしょうか」


「いや、仕えている以上、魔法を使うことを雇い主に求められるだろう。それによく見るとかなり若いな」


「ロード様と同じくらいでしょうか? この若さでメイド、それで仮に住み込みとなると……」


「俺と同じで両親がいないのかな……まぁ後は本人に聞こう。とりあえず宿を探して身を隠すか。あと、もう少し町の中心から離れておきたいな」


 あいつらに発見されると色々と面倒だ。

 出会った所からは多少離れていたが、念には念を入れよう。


「かしこまりました。この方は私が背負っていきますね」


「ちゃんと隠した方がいいな。衛兵に見つかっても面倒だし、助っ人を呼ぶよ」


 俺はさっきまで被っていたハディスを再び呼び出す。

 この人ならうまく隠してくれるだろう。

 さっきも助かったしな。



 ―――――――――――――――――――



 ハディス 冥界の兜


 神が創った伝説の兜。

 多くの神の手に渡り、最終的には英雄ペルセウスの手に渡った。


 単純な防具としても当然優秀なのだが、被ることで姿と気配を隠すことが出来る。

 ペルセウスは正面から戦うことが困難な相手には迷わずこの能力を使い、敵の首を背後から切り落としたという。


 ただし、走ったり、声を出したりすると能力は解除される。

 また、攻撃する瞬間は姿が見えてしまうという弱点もある。


 武具ランク:【SS】

 能力ランク:【S】



 ―――――――――――――――――――



「一度レヴィに見てもらっておいて助かったよ。走ったら解除されちゃうからな」


「ええ、今後も先に見れる場合は見た方がよいかもしれませんね」


「そうだな。俺も名前だけしか知らないものがほとんどだし」


「私もほとんど知りませんよ。クラウン様が手帳を眺めているのを隣で見ることはありましたが、クラウン様はあまり伝説の武具様達を使うことがありませんでした。というより、武具自体あの方には必要なかったので。まぁ冒険者のように、モンスターの討伐を目的にしていなかったというのもありますが」


 なるほど。

 時魔法という強力な魔法があれば、確かに武器はいらないな。

 それに、クラウンさんは伝説の武具達と一緒に眠ろうとしていたし、本当はあのまま封印するつもりだったのかもしれない。

 俺を信じて預けてくれたことを絶対忘れないようにしよう。


 俺はハディスに生命魔法をかける。

 もともとあまり大きくないオープンフェイスの黒い兜が宙に浮かび、黒い光を放ち出した。

 ヘラクレス以来だからだろうか、光はかなり小さく見える。

 いやこれは……。


「小さいよね?」


「小さいですね」


 ヘラクレスのせいではなく、やっぱりいつもよりかなり小さい。

 それはせいぜい俺の頭くらいの大きさしかなかった。

 その光の中に浮かんだ兜が、段々と人の形を成していく。


 黒い鎧に黒いマント、頭には自身であるハディスを被っている。

 身長はやはり俺の頭程度だろうか、とにかく小さい。

 そんな彼が空中に浮いたまま、その黒い瞳を開いた。


「ほうほう……なかなかよい具合ではないか! アイギスの言う通りだのう。ロードよ! 褒めてつかわす!」


 おお……なるほどこういう感じか……。

 これは初めてのパターンだ。

 どうやらハディスにはアイギスが話してくれたみたいだな。

 2人ともペルセウスが所持者だったから話すことが多いのかもしれない。


「喜んでくれて良かったよ。さっきはありがとうハディス。これからもよろしく頼むよ」


「よろしくお願いしますハディス様」


「うむうむ。吾輩に任せておけば万事解決じゃ! して、その娘を隠せばよいのかの?」


 見た目は可愛い男の子といったところなのだが、話し方は随分と立派だった。

 そのギャップが可愛い。


「ああ、任せてもいいかな?」


「我が名はハディス。冥界の神が創りし兜なり! 我が力、とくと見るがよい!」


 ハディスが指をピンっと弾くと、レヴィが担いだ女の子の身体が服ごと隠れていき、全く見えなくなってしまった。


「凄いな……本当に全く見えない。ハディスは頼りになるなぁ」


「ハディス様素敵です」


「そ、そうであろう、そうであろう! 任せておけーい! にゃっはっは!」


 いい子だなぁ……なんて口が裂けても言えないけど、頼りになるのは本当だ。

 可愛いし。


「よし、じゃあ行こう」



 ――――――――――――――――――――



 ん……あれ……私……。

 ここはどこだろう……なんかふわふわする。

 あ、ベッドか……久しぶりにお布団で寝たなぁ……。


 身体を起こし周りを見るが、知らない部屋だった。

 なんで私ここにいるんだろう……何があったか思い出せない。

 お母さんは……。


「あ……」


 思い出した。

 私は売られて、助けられて……その後また……。


「お母さんっ!」


「んあっ!?」


「わぁっ!?」


 隣に誰か寝てる!?


「な、なんですか……人がせっかく気持ちよく寝て……あ、目が覚めたんですか」


「あ、あなたはいったい……?」


「ああ、そうですよね。えーっと……少々お待ち下さいませ」


 そう言うと、隣に寝ていた女の人はふらふらと部屋を出ていく。半裸で……。

 いったい誰なんだろう……すっごく綺麗な人だったけど……。

 すると、隣の部屋から「うわぁっ!?」という叫び声が聞こえてくる。

 隣の部屋が多少騒がしくなった後、ちゃんと服を着たさっきの女の人と、初めて見る男の人が部屋に入ってきた。


「大丈夫か? どこか痛いところはない?」


 すごく優しい声だった。

 それに、こんな風に優しく声を掛けられるのなんて何年ぶりだろう。


「あ、大丈夫です……あの……いったい何がどうなって……?」


「ああ、今から説明するよ。それにしても……なんか懐かしいな。あの時とは反対の立場だけど」


「そうですねロード様。私は2回目ですが……ふふ」


 どうやら男の人の名前はロードというらしい。

 あ、いやそんなことより……!


「あのっ! 今何時ですか!? 私帰らないといけないんです!」


「え? 今は夜中の1時だが……」


 まずい……どうしよう……お母さんが!

 私が戻らないことで、ホルスさんは絶対怒ってる。


「わ、私もう行かなきゃ……助けて頂きありがとうございました! このお礼は必ず致しますので!」


「まぁちょっと落ち着いて……とりあえず話をしないか? 必ず力になるからさ」


「で、でも……」


「じゃぁ手短に言うよ。君は無能じゃない」


「え……?」


 どういうこと……?

 私が無能じゃ……ない?


「実は……俺も無能と呼ばれていたんだ」

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