第38話 邂逅
「声が小さくて聞こえないぞ無能ー。ほれ、もう一回」
「あっ……くぅっ……あり……が……とう……ございますっ……」
「ほら頑張ってー。ちゃーんと言わないと死んじゃうよー」
私は壁に
通りから差し込む光は弱く、私をいたぶる彼らの顔すらよく見えない。
かろうじて分かるのは、彼らが5人組ということだけだ。
必死に声を出そうとすると、手や足や首に巻きついたドロっとした何かが私を絞め上げる。
それを強めたり弱めたりして、彼らは私で遊んでいた。
殺す気は無いらしい……でも、だったらなんで……。
フッと首の拘束が弱まったところで、私は頭に浮かんだ疑問を口にした。
「げほっ……な、なんで……助けたんですか……?」
「ん? 俺達は無能を探してたんだ。こうやって楽しめるし、無能に何かしたところで誰からも文句を言われないからな。つーことで、今日からお前は俺達の奴隷な?」
そんな……。
酷すぎる……。
「ラッキーだったよねー。たまたま路地裏に引きずり込まれたのを見てさ。面白そうだなと思って覗いたら無能だったんだもん」
無能なら何してもいいの……?
おかしいよこんな……こんな世界!
「だな。まぁ助けてやったんだからありがたく奴隷になるよな? よっしゃ、家に連れて行こうぜ。一軒家を借りといて正解だったなフウロ」
「だろー? やっぱ俺天才だわ」
あ、やばい……このままだと連れ去られる。
そうなったら……お母さんがホルスに殺されちゃう!
「いや……お母さ……あぐっ!?」
苦しいっ……!
息が出来ない……!
「キャシーよろしく。騒がれる前にさっさと連れて行こうぜ」
「りょーかい。ちょっと時間掛かるよ。プルル、しっかり締め上げといてね」
「はーい」
お願いします……やめて下さい。
お母さんを殺さないで下さい。
なんでもします……なんでもしますから……。
「おかあ……さんを…………殺さな……いで……!」
「この子すごーい。結構絞め上げてるのにー」
「お母さん? なんの話か分からねぇが、お前に選択肢は無いよ。無能は人間じゃないんだ。俺たちのような優秀な人間に使われる物なんだよ。安心しろ……たっぷり可愛がってやるからさ」
物でもいい……。
でも、私はあんた達の物じゃない……!
私はお母さんを助ける物だ!
嫌だ……嫌……お母さん……お母さんっ!
―――――――――――――――――――
どうやらかなり長い路地裏みたいだ。
ずっと先に反対の通りからの光が見える。
それも本当に薄っすらと。
暗闇の先から、微かに話し声が聞こえ始めた。
何故だろう。
どこかで聞いたことがあるような……あまりいい印象を受けない……そんな声だ。
なんだか嫌な予感がする。
さらに近づくと、女の人の苦しそうな声が聞こえてきた。
やっぱり何かが起きている。
俺達は互いに何を言わずとも暗闇を駆け出した。
「キャシーどうだ?」
「うん、もうちょっとだよフウロ」
はっきりと声が聞こえ、俺の予感は確信へと変わった。
どうするかなんて考えている暇はない。
だって……磔にされている人が見えたから。
「おい」
俺の声に彼らの動きが止まる。
そして、表情は分からないが、ゆっくりとこちらを向いた。
「あ? なんだよ?」
……やっぱりフウロだ。
どうやら向こうは俺だと気づいていないらしい。
暗くて顔は見えていないし、どうやら俺の声も忘れているみたいだった。
暗闇で顔は分からないが、5人いることは分かる。
まさか、磔にされているのは……。
「なんでこんな酷いことをするんだ……その人がお前達に何をした?」
「別になにも。こいつ無能なんだよ。だから別にいいだろ?」
グッと拳を握る。
こいつらは……本当に……。
俺が無能かもしれないということが町で噂になり始めた頃、とどめを刺したのがこいつらだ。
まぁ、魔法を見せないようにしていたし、なるべく家から出ないようにしていたから疑われるのも当然だったのかもしれない。
いつもあまり人がいない時間帯を狙って買い物をしていたのだが、その日は偶然こいつらに出くわしてしまった。
いや、今思えば最初から見張られていたのかもしれない。
フウロに魔法を見せろと詰め寄られ、当然魔法が使えなかった俺はなんとか逃げようとしたのだが、プルルの魔法に捕まってしまった。
まぁ逃げようとした段階でもう自白しているようなものだが、当時の俺は両親が死に、魔法も使えないことで精神的にかなり追い込まれていた。
とにかく魔法は見せちゃいけないという想いだけだったと思う。
結局、奇跡を願って使った魔法は俺が無能だという決定打になったのだった。
思えばこいつらは最初から俺のことが嫌いだったのかもしれない。
正直あまり気にしない様にはしていたのだが、一緒に遊んでいる時もなんだか違和感はあった。
それに、俺が魔法を使う前からニヤニヤしていたし、俺が怯える様を見て明らかに楽しんでいた。
未だにあの歪んだ笑顔は忘れられない。
「分かったらさっさと行けよ。あ、それともお前もやるか? 特別に今日だけ楽しませてやってもいいぜ。ただし金は貰う。こいつはもう俺の奴隷だからな! あはは!」
そうか……こいつらは……。
「もういい……喋らないでくれ」
「あ? せっかく人が優しくしてやってんのにさぁ……喧嘩売ってんの?」
「もういいよ。こいつもやっちゃおー?」
「だなぁ。なんかウザそうだし」
「私の邪魔はしないでよ? これ時間掛かるんだからさ」
「なんかこいつの声イライラするわ……もういいだろフウロ」
「ああ、いいよ。誰も見てねーし。やっちまおう」
俺だということは未だに気付いていないようだ。
当然まだ魔法も使ってないし、無能だとも思っていないだろう。
つまり、こいつらにとって俺はただの通りすがりの筈だ。
自分の欲望を満たす為に邪魔だと思ったら平気で手を出す。
冒険者規約に違反しているし、そもそも人としておかしい。
こいつらは……最初から歪んでいる。
「ご主人様……」
レヴィが気を利かせて名前を呼ばないでくれたようだ。
心配そうな声で俺に寄り添ってくれた。
俺は奴らに聞こえないように小声で話す。
「大丈夫……4人は俺が相手をする。レヴィはあの人を助けてくれ。拘束はすぐ解くから、抱えたらそのままこの場を離れていい。もしはぐれたらギルドで落ち合おう」
「かしこまりました……」
「何をこそこそ……喋ってやがるっ!」
暗闇の中、風が俺の背後から流れてくる。
これは、フウロの風魔法が来る前兆。
何度も受けた俺はそれがどういう魔法なのか、もう嫌というほど分かっている。
だから、俺はあえて前に出た。
「なっ!?」
表情は分からないが、声が明らかに動揺している。
フウロのこの魔法は周りの空気を集め、風の塊にして打ち出す魔法だ。
もちろん強力な魔法なのだが、溜めが必要なことと、威力が高すぎるので自分の近くでは放てないという弱点がある。
だから、前に出ればあの魔法は撃てない。
俺は並んだ4人の内、プルルに狙いを定めた。
顔は見えなくても、背の大きさで彼女はすぐに分かる。
すると、隣にいた男がプルルを守るように立ちはだかった。
「このっ!」
声から判断してダンのようだ。彼の右手刀が振り下ろされるが、手首を掴んでそれを受け止める。
ダンの魔法は切断魔法。俺が知る限りではあるが、手刀が当たった部分を切断するという魔法だった筈だ。
故に、手刀にさえ当たらなければ問題ない。
俺は手首を思いっ切り握りしめる。
痛みに叫び声を上げながら、両手でそれをほどこうとするダンの腹に拳を叩き込んだ。
「ぐっほ!?」
ダンの身体がくの字に曲がる。
やはりこのことに気付いてよかった。これならば、加減すれば怪我をさせずに制圧できる。
ヒストリアで気づいたことは、"ナックルガードも武器になるのではないか"ということだ。
つまり、常に身に付けていれば不意打ちにも対応できるし、身体能力が上がった状態を保つことが出来る。
フウロは魔法の解除に必死でこちらに構う余裕はないようだ。
スカイはどうでもいい。何やら叫んではいたが、今あいつに出来ることはないだろう。
「こ、このー!」
ダンが地面に倒れるのと同時に、プルルが俺に向けて魔法を放つ。
プルルの魔法はゼリー魔法。魔力をゼリー状にして放つことで様々な形を作ることが出来る。
あの人を拘束しているのもゼリー魔法だろう。
結構厄介な魔法で、一度捕まるとなかなか逃げ出すことは難しい。
だが、動きが遅いのが弱点だ。
「あっ? やっ! はやっ……ぎゃっ!」
女の子を殴るのは気が引けるが……そんなことも言っていられない。
とはいえ顔や腹は殴りたくないので、肩口に手刀を入れておいた。
ちょっと強めに打ったから痛いかもしれんが、少しは人の痛みを味わった方がいいだろう。
ふと前を見ると、レヴィは既にキャシーをのしてしまっていた。
いつの間にすり抜けたんだろうか。相変わらず仕事が早いことで……。
そしてプルルが気絶したことで、磔にされていた人の拘束が解けた。
レヴィがそれをキャッチし、そのまま通りへと飛び出す。
俺もそれを追って駆け出すが……。
「逃がすかよぉっ!」
振り返ると、フウロが風魔法を放とうとしていた。
しまった……解除していたんじゃなく、押さえつけていただけか!
だが……!
「やめろっ! そこから撃ったら……!」
通りの人にまで被害が……。
「てめぇが死ねばそれでいい!!」
「アイギス!」
刹那放たれた風の砲丸をアイギスで受け止める。
能力を発動する暇は無かったが、なんとか受け止めて空へと逸らした。
しかし、風の砲丸は空中で爆発し、路地裏を形成していた両方の建物の壁をえぐる。
けたたましい音を立てながら、激しく飛び散った瓦礫が通りにいる人達に降り注いだ。
「きゃー!?」
「うわぁっ!?」
「くそっ!
道の中心で障壁を発生させ、瓦礫をすべて受け止めた。
周りを見回すが怪我をしている人はいないようだ。
それはよかったのだが、残念ながらよくないこともあった。
「お、お前は……!」
明るい町の光が、俺を照らしてしまっていた。
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