第36話 物

 

 3年前――――


「君の魔法は"操作魔法"だね。何かを操り、思いのままに動かせる素敵な魔法だ。大切にしなさい」


「はい! ありがとうございます!」


 操作魔法かぁ……本当は転送魔法がよかったんだけどな。

 使い手が少ない転送魔法なら、物資輸送の仕事で大儲け出来きたのに。

 そうしたら、お母さんに楽させてあげられたのになぁ。


 でもまぁ、戦闘にしか使えない魔法じゃなくてよかった。

 私は冒険者なんて怖くてなれないし、お母さんを心配させちゃうからね。

 それに、操作魔法でも仕事はあるだろうし、これで頑張ろう。

 お母さん……喜んでくれるといいなっ!



 ―――――――――――――――――――



「ただいまー!」


「おかえりなさいティア。どうだった?」


「操作魔法だったよ! 転送魔法じゃなかったけど、これでもお仕事結構あるよね?」


「あら、よかったじゃない! 操作魔法は便利な魔法だからきっとあるわ。頑張って鍛えないとね!」


「うん!」


「よかったよかった。じゃ、ご飯温めるからちょっと待ってね」


 お母さんの魔法は熱魔法。

 火魔法の一種で、物を温めることが出来る魔法だ。

 お母さんは弱い魔法で恥ずかしい、なんて言ってるけど、私はこの魔法が大好き。

 だってすっごくあったかい、優しい魔法だもん!


 私の家にはお父さんがいない。

 まだ私がちっちゃい頃に病気で死んじゃった。

 それからは、ずっとお母さんと2人暮らし。

 お母さんは、私を不自由なく生活をさせる為に一生懸命働いてくれた。


 だから、今度は私がお母さんの為に働くんだ。

 魔法をちゃんと使えるまではダメだけど……1年もしたらきっと仕事で使えるくらいになる。

 よーし! 毎日特訓だ!


「はい、今日はなんと……ティアの好きなビーフシチュー!」


「お、お母さん! お金大丈夫!?」


「そんな心配しないで! 今日はティアの誕生日なんだから! さ、食べよ?」


「お母さん……ありがとう! いただきまーす!」


 うん、やっぱり……!


「おいしい! お母さんが作ったビーフシチュー最高!」


「ふふふ、そうでしょうそうでしょう!」


 それに、お母さんの優しい魔法で温められたからかな……すっごく幸せな味。

 私はあっという間に全部食べてしまった。


「ごちそうさまでした! よーし、見ててお母さん! 初魔法いきまーす!」


「お、ティア頑張れー!」


 魔力を練り、動かしたい対象のスプーンに集中する。

 身体から魔力を流し、スプーンに向けて命令した。


「動けっ!」


 しかし、木でできたスプーンはピクリとも動かなかった。


「あれ……おかしいなぁ……?」


 その後も何度か動かそうとしたが、スプーンは微動だにしない。

 いくら初めてだからって、少しくらい動いてもおかしくないのに……。


「なんでだろう……」


「まぁまぁ、初めてはそんなもんよ。私も最初は全然ダメだったもん。でも、きっと使えるようになるから!」


「そうだよね……私頑張るから!」


「頑張れティアー!」


 大好きなお母さんの為にも頑張らなきゃ。

 すぐに使いこなして、お母さんに美味しいものをいっぱい食べさせてあげるからね!


 その時、家の扉がノックされた。

 お母さんが返事をすると、いつもの声が聞こえてくる。


「こんばんは。ホルスです」


「あ、ホルスさんだ」


 ホルスさんはニーベルグで一番のお医者さん。

 怪我は回復魔法で治るけど、病気は治せない。

 ホルスさんは薬とか手術で、多くの人達を治してきた名医さんなんだ。


 しかも、すごい回復魔法で、手術後の傷口を一切残さないのが女の人に大人気らしく、国どころか世界中から患者さんが来てるらしい。

 お母さんとは昔からの知り合いで、よくうちに来ては何かお話をしていた。


「今開けますねー」


 お母さんが扉を開けると、いつものように茶色い背広を着たホルスさんが立っていた。

 50歳らしいけど、相変わらずもっと若く見える。

 手にはお土産を持っていて、ニコッと笑ってそれを私にくれた。


「はい、お誕生日プレゼント。美味しいケーキだよ」


「わぁ! ありがとうホルスさん!」


「ホルスさんいつもすいません……」


「いいからいいから。で、どうだいあの話は」


「あ、じゃあ外で……ティア、お皿洗っておいて」


「はーい!」


 あの話ってなんだろう。

 ケーキも早く食べたいし、とにかくお皿洗わなきゃ。

 ……と思ったけど、やっぱり気になる。

 ちょっとだけ聞いてみよ。


「……かな…………では……だが?」


「ご…………やっ……お…………」


「……か…………ま……これ…………なが……」


「もう…………ひと……わた…………」


「…………めん…………いつ……また」


 うーん……全然分かんないや。

 お皿洗おっと。


 私がお皿を洗い終わる頃、丁度お母さんが帰ってきた。ホルスさんはもう帰ったみたい。

 なんだかあんまり元気がないみたいだけど……お母さん大丈夫かな……。


「お母さん……?」


「あっ!」


 私の声に驚いて、お母さんは白い袋を落とした。

 それをさっと拾うと、お母さんはいつもの笑顔に戻り、私をぎゅっと抱きしめる。


「ど、どうしたの?」


「お誕生日おめでとうティア。私のところに生まれてきてくれて……ありがとう」


「お母さん……私、お母さんの子供で幸せだよ」


「ティア……!」


 私は幸せだ。

 こんな最高のお母さんがいるんだもん。

 よーし……今度は私の魔法でお母さんを幸せにしてやるぞー!



 ―――――――――――――――――――



 それから私は必死に魔法の特訓をした。

 でも、1週間経っても私の魔法は使い物にならなかった。


 周りの子達はみんな普通に使えるみたい。

 みんなが私に魔法を見せてって言ってくるけど、すごく嫌な予感がして、私は調子が悪いと言って逃げた。

 怖くてたまらなかった。

 それ以来、魔法が使えるまで友達に会わないことにした。



 ―――――――――――――――――――



 1ヶ月経っても何も変わらない。

 お母さんは「大丈夫大丈夫」って言ってくれるけど、どんどん自信が無くなってくる。

 怖い。


 それに、最近お母さんの体調があんまりよくないみたい。

 咳き込むことが増えて、お仕事に行けない日が増えた。

 私はなるべく知り合いに会わない様に買い物に行き、周りから隠れるような生活を始めた。



 ―――――――――――――――――――



 あれから1年が経った。

 お母さんは寝たきりになってしまった。

 私は内職の仕事をなんとか貰い生計を立てている。

 魔法は相変わらず使えない。

 それを周りにバレないように、なんとかひっそりと暮らしていた。


 でも、多分噂にはなってる。

 もしかしたらもう気付かれているかもしれない。

 お母さんが病気だから家を離れたくないって理由で誤魔化してはいたけど、内職をやるより昼間魔法を使って仕事をした方が何倍も稼げる。

 病気を治したいなら尚更お金が必要なんだから、内職なんかしてないで魔法で稼げばいい。

 そんなことは誰にでも分かってしまうことだ。


 私は今日もせっせと紙で花を作る。

 1本作るごとに2ゴールド。目標は1日500本。

 ずっと無心で作るのだが、たまにふと気持ちが沈み余計なことを考えてしまう。


 私はなんで花なんか作ってるの?

 魔法が使えないから。


 なんでお金がないの?

 魔法が使えないから。


 なんで魔法が使えないの?

 それは……。


「お母さんごめんね……私……無能だ……」


 遂に言ってしまった。

 今まで絶対に言わなかったのに。

 絶対に言いたくなかったのに……!

 あ……やだ……お母さんに嫌われる。

 無能は人間じゃないって……お母さんにもきっと嫌われる……!

 どうしよう……なんで言っちゃったの?

 やだ……お母さん嫌いにならないで……!

 やだ……やだよ……やだぁっ!


「大丈夫……ティアは……無能じゃないよ……」


 お母さんは必死に声を絞り出してそう言ってくれた。


「お母さん……私のこと……嫌いにならないの?」


「なんで……? ティアは無能なんかじゃ……ないよ? ティアはちょっとお寝坊さんだからなぁ……魔法も……お寝坊さんなのかもしれないね? ふふっ」


「お、お母さん……お母さんっ!」


 私はもう涙が止まらなかった。

 お母さんだって気付いている筈なのに……。

 私が無能だって……それなのにどうして……?


「大丈夫大丈夫……ティアは大丈夫だから……ほら、泣いたら美人が台無しだよ……」


「うっうっ……ごめんなさい……無能でごめんなさいぃ……ああっ……うぐっ……!」


「大丈夫……ゴホッ……はぁ……はぁ……大丈夫大丈夫……」


 その時、家の扉がノックされる。

 私が震える声でなんとか返事をすると、いつもの声が聞こえてきた。


「こんばんは。ホルスです」


「あ、はい……」


 ホルスさんはこの1年、ずっとタダでお母さんを見てくれていた。

 お薬もくれたし、ホルスさんがいなかったら……。


 扉を開けると、ホルスさんが真剣な顔で立っていた。

 なんだかいつもと様子が違う。


「こんばんはティア。ちょっといいかな」


「は、はい……」


 お母さんに聞こえないように外で話そうということらしい。

 私は外に出て扉を閉めた。

 するとホルスさんは神妙な面持ちで静かに口を開いた。


「ティア、単刀直入に言うね。このままだと……お母さんは助からない」


 あ……。


「お母さんはね、ダウサラ症候群という難病にかかっているんだ。それを治すには莫大な費用が掛かる。今お母さんにあげている薬は、あくまで進行を抑える薬で根本的な治療にはならない。治すには珍しい薬草が大量に必要なんだ」


「わ、私に出来ることは……なんっ! なんでも……なんでもしますからっ……!」


 お母さんがいなくなったら……お母さんが……。

 だめだめだめ……。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。


「そうか。なら、私の物になりなさい」


「え……?」


 今……え……?

 ちょっとよく……。


「はぁ……もう一度言うよ? お母さんは私が治してあげよう。だから、君は私の物になれ。分かったか?」


 え、なに……どういう……。

 も、物ってなに……?


「知ってるんだよ私は……お前が無能だとな」


「あ……」


「この間偶然窓から見えたんだ。必死に物を動かそうとするお前がな。全く使えないじゃないか……この無能め」


「や、やめ……」


 言わないで……。

 心臓が痛い。

 やめて……やめて……。

 なんでいきなりこんな……。


「よくよく考えれば、操作魔法が使えるならそれで稼げばいいのに、内職してる時点でおかしいしな。全く私も馬鹿だな。もっと早く気付いていれば……で、どうする? 私はお前の母親を治す。お前は私の物になる。いいだろ? もし嫌なら仕方ない。母親は死に、お前が無能だと町中にバラしてやる。さぁ、どうする?」


 選択肢なんてなかった。

 私はどうなってもいい。

 お母さんは……お母さんだけは……。


「世間じゃ無能はうつる、なんて言うらしいが下らん噂だ。そんなことより上手く使った方が何倍も有意義だ。お前は私という、優秀な人間に使われる物となるんだ。代わりにお前の母親は救ってやる。だから……さっさと決めろ」


 そうか……無能って……物なんだ。

 私は物……お母さんを助ける……物。


「私は……あなたの……物になります……」

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