第35話 握手

 

「そっか……やっぱりもう行くんだな」


「はい。ギルドに挨拶した後、今日町を出ます」


 ハガーさんの工房に随分長居してしまった。

 そして、この町にも。


「もうちょっとのんびりしていけばいいのに……町の人達もきっと寂しがるわ」


「ありがとうございます。でも、やらなきゃいけないことがあるんです」


「やらなきゃいけないこと?」


 そう聞かれると分かっていて、俺はそう言った。

 ハガーさん達に話すか正直ちょっと迷っていたが、やっぱり聞いて欲しいと思ったんだ。

 俺がなんと呼ばれていたか。

 そして、俺が何をしなければならないのかを。


 レヴィを見ると、彼女は俺の気持ちに気付いてくれたようで、微笑みながらこくんと頷いてくれた。

 ありがとう……レヴィ。


「ハガーさんは、無能と呼ばれる人についてどう思いますか?」


「え? なんだい突然……」


 ハガーさんは不思議そうな顔をしている。

 当然だ。でも、それを確認しなければ話は進まない。


「重要なことなんです」


「う、うーん……俺は無能に会ったことないからなぁ。まぁ……あんまりいい印象はないかな?」


「イネアさんは?」


「私もハガーと同じかなぁ。暴力を振るう無能の記事をよく見るから……確かつい最近もあったよね。だから印象はあんまりよくないよ」


 多分、この間処刑されてしまった女の子のことだ。

 何故そうなったかまで考えず、単純に"無能が他人に嫉妬して暴力を振るった"と捉える人が大半だろう。


 だがそれは当然だ。

 記事には無能と呼ばれる人がどんな境遇にあるかなど書かれてはいない。

 事情を知らないハガーさん達がそう思うのは当たり前だと思う。


 しかし、無能と呼ばれる人と関わったことがないからだろうか、そこまでの嫌悪感は感じていないように見えた。

 あくまで情報として知っている程度、といった感じか。


 もしかすると、無能と呼ばれる存在を目にした時に初めてスイッチが入るなんてことも考えられる。

 ハガーさん達も今はまだいいが、実際に無能と呼ばれる人に会えばもっと嫌悪感や憎悪が高まり、考えが変わってしまうのかもしれない。


 俺の話を聞いたらどう思うのだろうか。

 今俺は所謂いわゆる無能という存在ではない。

 だが、以前そうだったと知った時にどうなるかは今回が初めてだ。

 もちろん不安もあったが、俺はその言葉を口にした。


「俺は……無能と呼ばれていました」


「「えっ!?」」


 俺は全てを話した。

 力を勘違いされ無能として生きた3年間を。

 死を決意し、結果レヴィに救われたことも。

 力を得て見返してやろうなんて考えたが、世界の異変に気付き、最終的には故郷のみんなと分かり合えたことなども話した。


 ハガーさん達は最初驚いていたが、段々と目に涙を浮かべ、真剣に俺の話を聞いてくれていた。

 生命魔法のことも明かし、嘘をついて申し訳ないと謝ると、2人は静かに首を横に振った。


「そんなことは気にしないでくれ。そうか……そんなことが……」


「ロードくん辛かったね……よく頑張ったね……!」


 イネアさんは流れる涙を手で拭っていた。

 ハガーさんも目を赤くしている。

 そして2人はその色以外、さっきまでと変わらない眼差しで俺を見つめてくれていた。

 やっぱり……分かってくれるんだ。


「だから君は無能と呼ばれる人がいなくなるようにしたいんだね。そんな話を聞いたら……くそっ……俺は本当に情けないな……」


「私達知らなくて……ごめんねロードくん……」


「いやいや、気にしないで下さい。気付けたのは奇跡だと思うんです。無能だった俺が死を選び、レヴィに出会って力を知り、家に帰って隣のおばさんに会って、無能じゃなかったことを頑なに認めようとしなかったその異常さに気付けた……どれか一つでもズレてたら今はないと思うんです。無能と呼ばれた存在にしか気付くことの出来ない異常……だから、気付いた俺がやらないと」


 その時いきなりハガーさんは俺の手を取り、グっと強く握ってきた。


「ロードくん……もしこの町に、無能と呼ばれる人が来たら必ず守るよ。絶対に。俺達にはそれくらいしか出来ないから」


「ハガーさん……」


 俺がお願いする前に……ありがたい……。


「私も! というか、この町は私達が……」


「僕も協力するよ」


「わぁっ!? テ、テネア! いつの間に!?」


「こんにちはハガーさん。ロードくんも」


「兄さん! 突然現れないでよ!」


「え……兄妹だったんですか!?」


 名前が似ていると思ったら……ていうかよく見たら顔も似てるな……。


「言ってなかったっけ? あ、イネア。僕の右腕はロードくんのおかげで治ったんだよ」


「え!? なにそれ聞いてないけど!?」


 今分かった。

 この人あれだ……人を驚かすのが好きなんだ……。


 兄妹喧嘩はしばらく続いたが、ハガーさんが仲裁に入ってなんとか収まった。

 まぁ、ニコニコするテネアさんをイネアさんが今だに睨みつけているけどな……。


「いや実はロードくんを探していてね。宿屋に行ったら、もう部屋を出たって言われちゃってさ。それでイネアがロードくんの鎧をハガーさんが作ってるって言ってたのを思い出したんだ」


「なるほど……俺に何か用があったんですか?」


「君は二つ名持ちを倒したからね。本部に報告したら、君をAランクに昇格するようにお達しが来たんだよ。実は今強い冒険者の数が減っているんだ。だから、君のような有望株は大事にしたいみたいだね。Aランクならギルドや町からも色々サポートを受けられるようになるからさ」


「Aランク……こんなに早く……」


「今Sランク以上にいる人達は大体あっという間に高ランクになってるよ。まぁ、そこからが長いんだけどね。でも、君ならもっと上にいける筈だ。あ、話の腰を折ってすまなかったね。今の話、僕もそこの階段で聞かせてもらったよ。確かに……変えなきゃならないね。ロードくんが世界を変えるなら、僕らはまずこの町を変えよう。無能と呼ばれる人が来ても、その人が安心して暮らせるように」


「テネアさん……ありがとうございます」


「いや、気付かせてくれてありがとう。誰かを傷つける前に……本当によかったよ」



 ―――――――――――――――――――



「うわ……本当に一瞬だ……」


 俺達はテネアさんの転移魔法でギルドに移動した。

 本当に一瞬辺りが暗くなったかと思うと、あっという間にギルドの前に転移していた。

 すごく便利な魔法だ。


「素晴らしい魔法ですね。テネア様」


「はは、ありがとう。人数制限とか距離の制限も色々あるけどね。さ、手続きしちゃおう。ハガーさんとイネアはどうする?」


「俺達は先にうまやに行って馬車の支度をしておくよ。よっと……荷物はこれで全部かい?」


「すいませんハガーさん……でも本当にいいんですか?」


「いいからいいから。じゃ、また後でなロードくん、レヴィちゃん」


「ありがとうございますハガー様、イネア様」


「兄さんまで助けてもらったんだし、これくらいさせてよ。それじゃ!」


 2人と一旦別れてギルドの中に入る。

 受け付けに行くとランナさんが既に書類を用意してくれていた。


「ロードくんもう行くんだってね……あーあ、寂しくなるなぁ」


「すいません。でも、また必ず……」


「え? ロードくんもう行っちゃうの!?」


「おいまじかよ! まだ借りを返せてねーぞ!」


 ギルド内にいた冒険者の人達が次々に押し寄せる。

 みんなあの時いた人達だった。


「助けてもらったのになぁ……っていうか鎧……ハガーの野郎だな! あの野郎1人だけ抜け駆けしやがって……」


「あたしらまだなんも出来てないのにー!」


「みなさん……」


「まぁまぁ。みんなには後でやってもらうことがあるからさ。ロードくんが何より望んでいることだ。な、ロードくん」


「テネアさん……はい、お願いします」


「おっしゃ! なんでもやるぜ!」


「テネアさんちゃんと説明して下さいよ?」


「もちろんさ。ロードくん、後は任せろ。きっと君の想いに応えてみせるよ。みんなにはちゃんと説明しておくからさ」


「よろしくお願いします……!」


 俺は……出逢いに恵まれた。

 ただただ嬉しくて、感謝の念を込めて深く頭を下げる。

 それに、濡れた瞳を見られるのが照れくさかったから。



 ―――――――――――――――――――



 テネアさん達ギルドにいた面々に別れを告げ、俺達は町の入り口を目指す。

 太陽は既に真上へと移動し、今が正午なのだと教えてくれていた。

 相変わらず町には多くの人々が行き交っている。

 みんな分かってくれるだろうか。

 いや、テネアさん達を信じよう。

 きっと分かってくれる筈だ。


 うまやに着くと、既にヴァンデミオンが馬車に繋がれ、久々に会った俺達に首を縦に振って挨拶をしている。

 ハガーさんとイネアさんがばっちり準備を終わらしてくれたようだ。


「ヴァンデミオン、またお願いね」


「ブルルッ!」


「ハガーさん、イネアさん、ありがとうございました。こんな素敵な鎧も貰って……」


「もういいって……こっちこそありがとな。また会える日を楽しみにしてるよ。あと、約束は必ず守るから安心してくれ」


「ロードくんはロードくんのやることをやって。私達はこの町を変えるから!」


「はい……ありがとうございます。あ、そうだハガーさん。この剣名前がないんです。だから、是非名前を付けてくれませんか?」


 もう鉄の剣くんとは呼べない程この剣は立派になってしまった。

 作り直してくれたハガーさんに是非名付け親になってもらいたい。


「名前か……うーん……じゃあ、"鋼鉄剣イアリス"なんてどうだ?」


「鋼鉄剣イアリス……?」


「俺の鋼とロードくんの知り合いの鉄、あとヒストリアとイストを混ぜてみたんだが……どうかな?」


「なるほど……いいですね! よし、君は今日からイアリスだ。ハガーさん、いい名前をありがとうございました」


「はは、良かったよ。じゃ、ロードくん、レヴィちゃん、気をつけてな。ま、君達なら大丈夫だろうけど、旅の無事を祈っているよ」


 俺達はハガーさんと硬い握手を交わす。

 本当に、この人達に出逢えてよかった。


「ロードくん、元気でね!」


「ありがとうございます。それじゃ、行って来ます!」


 馬車に乗り、俺達はヒストリアを後にする。

 ハガーさん達は見えなくなるまでずっと俺達を見守ってくれていた。

 必ずまた戻って来よう。

 きっと、また笑って会えるだろうから。


「良かったですね……ロード様」


「ああ……けど、本番はこれからだ」


 ヒストリアには無能と呼ばれる人はいなかった。

 だからあまり抵抗なく俺の話を聞いてくれたのかもしれない。

 実際に無能と呼ばれる人がいれば……きっとこんなに上手くはいかないだろう。


 首都には多くの人がいる。

 きっとその中には、助けを求めている人がいる筈だ。


「目指すは首都ニーベルグ。そこに、きっと待っている人がいる」


「はい、ロード様。どこまでも……お供致します」


 俺達はラピス山脈の谷を進む。

 壁を超え、世界を変える。

 それが、俺達の旅だ。

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